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銃声なき破壊行動 北朝鮮のサイバー攻撃の背後には「偵察総局」

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

「サイバー攻撃に何百億もかかる軍備は必要ない。一人の天才ハッカーさえいれば可能だ」(IT事情に詳しい関係者)

昨年末、金正恩氏を題材にしたコメディ映画「ザ・インタビュー」の公開中止騒動が、ついにホワイトハウスまで巻き込んだ騒ぎとなったのは記憶に新しい。

米国FBIは「サイバー攻撃」を北朝鮮の犯行だと断定し、オバマ米大統領は北朝鮮に「相応の対応をとる」と警告し、テロ支援国家の再指定まで検討しはじめた。

ソニーに対する現段階ではFBIの調査結果を鵜呑みにできないとのことだが、北朝鮮と韓国の間で、既にサイバー戦争は起こっていた。

韓国に仕掛けられた三度のサイバー攻撃

ネット大国である韓国社会は、裏返せばそれだけネット依存度が高く、サイバー攻撃の格好のターゲットとなりやすい。韓国は過去に三度、社会的な混乱が生じさせるサイバー攻撃を受けている。

「7.7DDoS大乱(2007年)」「3.4DDoS攻撃(2011年)」「農協ハッキング事件(2011年)」がそれだ。このうち「農協ハッキング事件」では、電算システムがダウンする障害が発生。窓口からATM、携帯電話サービスなど全ての取引が不可能になり、実社会的に甚大な被害を及ぼした。

「7.7DDoS大乱」と「3.4DDos攻撃」は「あまりにも初歩的過ぎる」との指摘があったため、当初は北朝鮮の犯行と断定するには慎重な意見もあった。しかし、農協ハッキング事件を調べた韓国政府は、いずれのサイバー攻撃も類似点が多いことから、北朝鮮による犯行としている。(関連記事)

今回のソニーへのハッキングが北朝鮮によるものという可能性がぬぐえないのは、こういった過去の事例があることと、北朝鮮がサイバー攻撃を起こす十分な能力を保有していると見られているからだ。

さらに北朝鮮のサイバー攻撃の恐ろしさは、ノーガードで「攻撃戦」をしかけてくることだ。冒頭の関係者は語る。

「ネットワーク社会ではまず攻撃を受けたことを前提にセキュリティに力点を置く。ところがITのインフラが発達していない北朝鮮では、セキュリティを気にせず攻撃だけに集中できる。ノーガードで『攻撃戦』だけを仕掛ける能力を持っているという意味では非常に厄介だ」

コンピューター将棋大会で好成績を収めた北朝鮮チーム

13年前、世界コンピューター将棋選手権に参加した北朝鮮チームの奮闘を取り上げたドキュメンタリー番組を見たことがある。

チームの名称は北朝鮮のIT技術を開発する国営機関である「KCC(朝鮮コンピューターセンター:Korea Computer Center)」。いわば国家の威信を賭けて日本のコンピューター将棋に殴り込みをかけたというわけだ。朝鮮半島にも将棋はあるが、日本の将棋とはルールが違う。

「北朝鮮に日本の将棋がわかるわけもないし、勝てるわけもない」

そんな下馬評をよそに、KCCは3位入賞を果たす。番組では北朝鮮プログラマーに焦点を当てていたが、勝利への執念と将棋という異国のゲームに真摯に向き合う姿勢には純粋に好感を持った。同時に「北朝鮮のコンピューター技術侮りがたし」との印象を視聴者に与えただろう。

KCCはその後の大会にも参加して最高位は2位。大会を通じて評価を得たのか、北朝鮮が開発した将棋プログラムは、KCCというエンジンでソフト化もされている。もちろん外貨稼ぎを視野に入れた開発だったと思われるが、北朝鮮が古くからIT分野に力を入れていたことがうかがえる。

侮れない北朝鮮のIT技術者、とりわけハッキング部隊「サイバー戦士たち」はどのように育成されているのだろうか。

サイバー戦士たちを司る謎の「偵察総局」

サイバー戦士たちは、金日成総合大学、金一軍事大学、金策工業総合大学、平壌コンピューター技術大学、モランボン大学(などの卒業生から選抜される。専門的な超エリート教育を通じて、部隊に入隊後も、優秀な人材は中国軍のサイバー戦教育機関などに積極的に留学させられる。

「121局」と言われるサイバー部隊を指揮するのは謎の軍事工作機関「偵察総局」だ。韓国国情院が公表した北朝鮮の内部文書「南朝鮮の電算網を掌握せよ」は偵察総局によって作成されている。 また、中国で偵察総局に抱き込まれ北朝鮮が開発したコンピューター・ウイルスが組み込まれたゲームプログラムを韓国内に流通させた容疑で韓国人男性が逮捕されている。

サイバー戦のみならず様々な工作活動に関与している偵察総局は、各国の軍事関係者が最も警戒する機関である。本来は、人民武力部傘下であった「偵察局」に、日本人拉致や浸透工作員で知られる「労働党作戦部」、そして対外情報を収集する「35号室」が吸収される形で設置された。正確な規模や能力に関しては未知数な部分も多いが、「軍事、諜報、テロ、全ての能力を兼ね備えた世界最大規模の軍事工作機関」(自衛隊関係者)という指摘もある。

いまのところ、日本がターゲットになりそうな話は聞こえてこない。しかし、この間「人権決議案」などをめぐって日本を口撃している北朝鮮がいつサイバー攻撃戦の牙をむいてくるかは不透明だ。韓国のハッキング、米ソニー・ピクチャーズのハッキング。いずれも「対岸の火事」ではない。「今そこにある危機」なのだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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