今、われわれは、大坂なおみの言葉の意味と重みを一つひとつかみしめるべきなのだ

大坂は自らの行動により世界の注目が集まる中で、決勝に進出した(写真/神 仁司)

「NBAの一連の行動を見て、その時、私も声を上げる必要があると感じました」

 大坂なおみが、開口一番で一体何を語ってくれるのか、今回ほど待ち遠しく思えたことはなかった。

 第4シードの大坂(WTAランキング10位、以下同)は、USオープンの前哨戦(ウエスタン&サザンオープン)準決勝で、第15シードのエリズ・マルテン(22位、ベルギー)を6-1、7-6(5)で下して、同大会で初の決勝進出を果たした。決勝に進出したことはもちろん大変価値あることなのだが、大坂には別にもっと評価すべきことがあった。

 周知されているとおり、大坂は、準々決勝の会見が終わった後に、自身のツィッターに以下のことを表明した。

「私は、アスリートである前に黒人女性です。今は私のテニスを見てもらうよりも、一人の黒人女性としてすぐに対処しなければならない、より重要な問題があるように感じます。私がプレーしないことで、何か劇的なことが起こるとは思いません。でも、もし白人が多数を占めるスポーツの中で会話が始まれば、正しい方向に進む一歩になるのではないでしょうか。警察の手による黒人惨殺が続くのを見ていると、率直に言って吐き気がします。数日おきに新しいハッシュタグが出現することに疲れ切っているし、何度もこういう同じ会話が繰り返されることに心からうんざりしています。このようなことをいつまで続ければいいのか。いつ終わるのか、もうたくさんです」

 大坂の表明は、8月23日にアメリカ・ウィスコンシン州で起きた、警官による黒人男性銃撃事件を受けての言動であった。アメリカに今もはびこる黒人人種差別への怒りと抗議の意味が込められていた。抗議活動はアメリカのスポーツ界にも波及して、プロバスケットボールNBAでは、ウィスコンシン州ミルウォーキーに本拠地があるバックスが試合のボイコットを表明し、メジャーリーグ野球でも3試合が中止となった。

 大坂の表明を受けて、女子WTA、男子ATP、USTA(アメリカテニス協会)が共同で声明を発表し、USオープン前哨戦を一時中断し、8月27日に準決勝を行わないこととして、以下の共同声明を発表した。

「スポーツとしてのテニスは、アメリカで再び浮き彫りになった人種的不平等や社会的不公平に対して、一致団結したスタンスを取ります。USTA、ATPツアー、WTAは、8月27日(木)のウエスタン&サザンオープンでのプレーを一時中断することによって、この瞬間を重く受け止めることにいたりました」

 大坂の勇気ある言動が、ついに大きな組織をも動かした形になったのだ。

「WTAもATPも何か行動を起こしたかったのではないかと見ています。今回のような何か選手からのプッシュが必要だったんじゃないかしら。今回の彼らの対処は素晴らしいし、社会問題を変えるための門戸が開かれたように思います」

 こう語った大坂は、実は27日にプレーをするつもりはないと言っただけで、大会棄権を意図していたのではないことを吐露した。準決勝前夜は、ストレスで神経過敏になってよく眠れなかったという。22歳の1人の女性が世界へ向けてメッセージを送るためにアクションをおこしただけでなく、大会棄権騒動も起きて混乱していたのだから無理もなかったが、それでも28日の準決勝に勝利して決勝へ進出してみせた。

 

 これまでも大坂は、新型コロナウィルスのパンデミック(世界的大流行)によって3月から7月まで、ワールドプロテニスツアーが中断になっていた時に、自身のツィッターやインスタグラムでさまざまな情報を発信していた。

 5月にアメリカ・ミネソタ州で警官による米黒人男性暴行死亡事件をきっかけにした人種差別反対の動きが起こり、“Black Lives Matter”のスローガンが掲げられた時にも、「何も言わないのは賛成しているのと同じ」と語りながらSNS上で持論を展開した。スポーツ選手は政治に関わるなという反論が読者側から起こると、大坂はさまざまな意見に耳を傾けながらも、自分の意見をしっかり主張して戦った。

 現在は、アメリカ・ロサンゼルスに住む大坂だが、3歳で大阪からニューヨークに移住し、8歳の時にフロリダのフォートローダーデールに引っ越してテニスの練習に励んだ。ハイチ系アメリカ人の父親と日本人の母親の間に誕生した大坂は、長年アメリカに住む中で、おそらく人種差別を受けた経験があるのではないだろうか。

 日本という島国に住んでいると、アメリカの日常に存在する黒人人種差別がいかに根の深いものなのか、しかも歴史的に深く根付いているいかにやっかいなものなのか、完全に理解するのは難しい。身をもって体験したものでなければわからないこともたくさんあるだろう。

 インターネットが普及している現代において、黒人人種差別が、日本人にとっては対岸の火事とまでは言わないものの、体感としては、アメリカに住む大坂と、温度差のようなものが決定的に存在しているように見受けられる。日本では残念なことに、顔も名前も見えないことを利用して、大坂のSNSに悪意のあるコメントを無神経に書き込む輩が存在することからも、やはり多くの日本人が人種差別を理解していないのだと痛感させられる。

 スポーツに政治的なことを持ち込むべきではない。だが、政治的にではなく人道的な立場から、スポーツ選手が社会に向かってメッセージを発信するのは何ら問題ない。

 今や大坂は、世界的なプロテニスプレーヤーでありアスリートであると同時に、世界的に大きな影響をおよぼすインフルエンサーでもある。もはやテニスだけにとどまらない、ひとりの人間としての大坂の発信力には目を見張るものがある。かつてこれほどまでに世界へ影響を与える日本人プロテニスプレーヤーがいただろうか――。

 大坂自身は、「勇気あることだなんて感じていないわ。自分がすべきことをしようとしただけです」と、謙虚に話したものの、やはり彼女の発言と行動は勇気あるものだったと思える。少なくとも彼女の発言によって、アメリカでの黒人人種差別の現状への“気づき”を改めて日本人にもたらしてくれたことは評価すべきだし感謝もしたい。

 まずは、大坂が発信することをきちんと受け止めるべきだ。もちろんさまざまな受け取り方があっていいと思うし、いろいろな意見があっていいと思う。

 そして、これが一時的なムーブメントに留まるべきでないことを、多くの人々が理解していくはずで、今後も継続的に向き合っていくべき問題として捉えられていったらいいのではないか。日本人だって人種差別の標的にいつだってなり得るのだから……。

 大坂の言動から学び共感できるのであれば、誰もがそれぞれの意見を交わし合い、人種差別が撤廃されるまで向き合い、差別のない世界へ近づくための一歩を踏み出せるはずだ。そうなれば大坂は本懐を遂げたことになるのだろう。もちろん相当時間を要することであり、21世紀の宿題ともいえるような世代を超越する長い道のりになるかもしれない。

 大坂は、「私が言葉を残したことによって、人々が話し合ってくれるのが理想です」と、いつものように静かで穏やかな口調で語るが、今、われわれは、大坂なおみの言葉の意味と重みを一つひとつかみしめるべきなのだ。

 決勝で大坂は、ビクトリア・アザレンカ(59位、ベラルーシ)と対戦する。対戦成績は、大坂の2勝1敗だが、お互いハードコートを得意にしているだけに好試合が期待される。

「私は良いスポットにいると思います。(準決勝前の)今朝の練習で思ったのですが、すごくいいプレーができているな、と。もちろん試合は緊張もするし、他にもいろいろなことがあって、練習とは全然違いますが私は間違いなく、今とても良いプレーをしています。(前哨戦の)決勝に向けて自分は良い状態にあると思うし、USオープンでもそうあってくれればと望んでいます。もちろん何が起こるかわからないけどね。でも、今の『私』は本当にフィットしていて、痛めつけられても大丈夫なほどメンタルも充実しています」

 再び大坂の戦いに世界中からの注目が集まることになる。

P.S.

私は、大坂さんの人種差別への抗議活動を人道的に100%支持します。