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#コロナとどう暮らす】英国編 不要不急の買い物OKで商店街に列 電車やバスでマスクは義務化

小林恭子ジャーナリスト
大型衣料品チェーン「Primark」前で列をなす人々(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナウイルスの感染拡大を阻止するため、英国に外出禁止令が出たのは、3月23日だった。いわゆる「ロックダウン」態勢となり、人々は極力「ソーシャル・ディスタンシング」(他者と距離を置くこと)を守るように言われた。

 ソーシャル・ディスタンシングはまだ続いているが、次第にその条件が緩和され、今月15日からは不要不急の買い物が可能となった。大型小売店などが営業を再開し、多くの人が商店街に繰り出した。

 筆者は、ロックダウン以降の長い間、歩いていける距離のエリアにとどまってきた。家族や親しい近所の世帯の中に、70代半ば以降の高齢者、新型コロナウイルスに感染すれば重大な病気に発展するかもしれない持病がある人、小さな子供たちがおり、自分が外に出ることでウイルスを持って帰る事態を避けたかった。

 しかし、次第にロックダウンが解除され、同居する家族だけではなく、最大6人までという条件が付くが、戸外で互いに2メートルの距離を置けば歓談してもよいことになった。小学校も一部再開された。いよいよ、多くの小売店がほぼオープンすることになり(ただし、レストランやカフェ内での飲食はまだできない)、ようやく本格的に外出することを決めた。

公共の交通機関の利用ではマスクなどが義務化

 15日からは、公共の交通機関の利用では「顔を覆うこと」(マスクを着用するか、あるいはスカーフなどで顔を覆うこと)が義務化された。

 最寄りの駅に行くと、顔を覆うイラストがついた看板が置かれていた。さっそく、日本で買っていたマスクをつける。駅員もマスクをしていた。

 改札口に入る前に、殺菌ジェルをつけて手を消毒するようになっていた。

顔を覆うことが義務であることを伝える看板(撮影筆者)
顔を覆うことが義務であることを伝える看板(撮影筆者)

 プラットフォームには、新ルール適用を実現させるための支援スタッフが立っていた。

 やってきた電車に、こわごわと乗った。筆者が乗った車両にいたのは筆者だけで、車内はガラガラだった。

車内はガラガラだった(撮影筆者)
車内はガラガラだった(撮影筆者)

 

 途中の駅から乗ってきた2人組のうち、一人はマスクを顎までおろしていたが、中に入るなり、慌てて口まで伸ばした。

 主要駅の1つウオータールー駅で、いったん降りる。いつもはごった返す構内は非常に空いている。午前11時半ごろである。

 駅構内には、3か所、無料のマスクと殺菌ジェルが置かれたデスクがあった。

 地下鉄の駅に入るまでにも、顔を覆うよう呼び掛ける看板広告があちこちにあった。

 地下鉄で筆者が向かったのは、英議事堂があるウェストミンスターだった。

 

 ウェストミンスター駅もガラガラで、今までに見たことがない光景だった。

ウェストミンスター駅の地下鉄のプラットフォーム(撮影筆者)
ウェストミンスター駅の地下鉄のプラットフォーム(撮影筆者)

反人種差別主義デモで、銅像に攻撃

 ウェストミンスターに来たのには、理由があった。5月25日、米国ミネアポリスで、白人警官が黒人男性ジョージ・フロイドさんを窒息死させる痛ましい事件があり、世界中で反人種差別を訴えるデモが発生した。

 英国内各地でもデモが行われたが、英国の「奴隷貿易」や植民地化を行った歴史が反人種差別運動のターゲットとなり、関連した銅像が一部のデモ参加者の攻撃対象となってしまった。貿易の拠点の1つだったブリストルでは、「奴隷商人」と言われるエドワード・コルストンの銅像が倒され、海に投げ入れられた(数日後、引き揚げられた)。

奴隷貿易:17世紀から19世紀、英国はロンドン、リバプール、ブリストルから工業製品を積んだ船をアフリカ大陸に運び、現地住民を奴隷としてアメリカ大陸や西インド諸島に連れてゆき、こうした人々が労働力として生産された物品を積んで自国に戻る三角貿易を行った。英国国立公文書館によると、1640年から奴隷貿易廃止法案可決の1807年までに英国は310万人のアフリカ住民を奴隷として移動させた。このうち、目的地まで到達した奴隷は270万人だった。ほかの資料によると、密集した船に乗せられ、病気にかかって亡くなったといわれている。

 【反人種差別デモ】 倒され、落書きされ… 標的になった各地の像(BBCニュース、6月12日付)

 また、議会のちょうど真向かいにあるパーラメント広場にあるウィンストン・チャーチル(第2次世界大戦時の首相)の銅像にも攻撃がかけられた。「人種差別主義者」という言葉がスプレーで銅像に書かれた。これ以上の損害を防ぐため、英当局はチャーチル像を金属製の板で覆ったという。今、どんな形になっているかをこの目で見てみたかった。

 ウェストミンスター駅を出て、パーラメント広場に行ってみた。10ほどの銅像があり、その4つが金属の板で囲まれていた。広場の一角に、ひときわ大きな四角のオブジェがあった。これがチャーチル像の今の姿だ。

右端がチャーチル像。金属板で覆われている(撮影筆者)
右端がチャーチル像。金属板で覆われている(撮影筆者)

 隣にある、デービッド・ロイド・ジョージ元首相の銅像は無事だった。

ミリセント・フォーセット像(撮影筆者)
ミリセント・フォーセット像(撮影筆者)

 広場の後方、真ん中にあるのは女性参政権全国組合協会の会長で、参政権実現を平和的な活動で進めたミリセント・フォーセットの銅像。これも無事で、そのままだった。

 現在、いくつもの銅像が撤去の対象になる可能性があり、国民的議論が発生しているところだ。

小売店の前には長い列

 いくつかの大型小売店をのぞいてみた。

ジョン・ルイスの前に並ぶ人々(撮影筆者)
ジョン・ルイスの前に並ぶ人々(撮影筆者)

 中流階級(英国では、「真ん中より上」の知的階級としてのイメージがある)がよく行くのが、ジョン・ルイスという百貨店だ。価格設定は平均より少々上だ。店舗の前をぐるりと客が並んで列を作っている。数人ずつ中に入り、買い物の前に殺菌ジェルで手を消毒するようになっていた。

 より価格設定が低く、中流の「中」に属する人々(中流階級の中でも真ん中あたりのイメージ)が行くマークス&スペンサーに入る時にも、やはり並ぶ必要があった。ジェルかスプレーで手を殺菌してから入るのは、同じだ。

 最後に、低価格の衣料品が買える「Primark」に向かった。ここでも長い列ができていた。少し待って中に入り、スプレーで手を殺菌。後ろにいた10代後半の少女二人が、筆者を追い越していく。「本当に、ここに来たかったのよ!」と叫びながら。

 だいぶ足が疲れてきたので、バスで家に帰ることにした。

 バスに乗るにも、マスク着用は必須だ。前のドアから入っていくと、透明なシールドで隔てられた運転席に座る運転手が立ち上がった。「そこからじゃない!」。バスの中央のドアから入ろうとする男性の乗客に呼びかけていた。すでに乗車していた男性は、「どうもすみません、悪かった」と答えて、いったん降り、今度は前のドアから入ろうとした。

 運転手は、「マスクは?」とこの男性に聞いた。

 「忘れちゃったよ。明日からは、必ずするからさ」と男性。

 運転手はあきらめたようだった。

 その後、バスの運転中、「乗車の際は必ず、常時マスクをしてください」という録音されたアナウンスを数度、流した。

 次の停留所で、マスクをしていないのに乗車しようとした男性がいた。「マスクは?」運転手には乗車を拒否する権利がある。

 男性は「ないです」。運転手の表情を見て、「だめだ」と思ったのか、あっさりと乗車を止めた。

 バスが発車する。

 この一連の会話を聞きながら、バスに揺られた。運転手は何と大変な仕事だろう、と思いながら。バスの運転手でコロナに感染し、亡くなった人もいる。危険と隣り合わせの仕事である。

 自宅に近い停留所でバスから降りるために出口まで歩くと、二人並んで座っている女性の姿が目に入った。そのうちの一人がマスクをしていなかった。運転手が「常時マスクをしてください」というアナウンスを繰り返し流したのは、この女性に向けてだったのかもしれない。

 バスの中には、「乗客は10人まで」という表示もあった。

 少しずつ、英国は通常に戻りつつあるが、その速度は決して早くない。

感染死者数は4万1736人

 15日、政府が発表した最新の数字によると、新型コロナウイルスによる死者は4万1736人(前日からは38人増)。感染者数は29万6985人。検査数は686万6481人である(ちなみに、英国の人口は日本の約半分)。

最新の新型コロナウイルスによる死者数と感染者数(政府発表資料)
最新の新型コロナウイルスによる死者数と感染者数(政府発表資料)

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 Yahoo News Japan では、「私たちはコロナとどう暮らす」というテーマで、さまざまなアンケートを行っている。ご参考に。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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