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『ブレット・トレイン』でブラッド・ピットの衣装が独特な理由

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
3年ぶりの来日で冴え渡る笑顔(写真:REX/アフロ)

今週、3年ぶりの来日を果たして日本中に旋風を巻き起こしているブラッド・ピット。トム・クルーズと並んで”最後のハリウッドスター”と呼ばれる彼が、来日の目的でもある最新作『ブレット・トレイン』のために選んだ衣装が、なんとも実に独特なのだ。すでに公開されている写真を見ても分かる通り、世界各国でのキャンペーンではカラフルなジャンプスーツ(それもダボダボ)や、時にはスカート&ハイカットブーツでポージングしているピットに衝撃を受けたファンは多いと思う。実は、それらのファッションはスタイリストの力を借りず、本人が厳選に厳選を重ねてチョイスした逸品であることをご存知だろうか。彼のこだわりは、『ブレット・トレイン』で演じる殺し屋、レディバグの衣装選びの過程でも大いに発揮されていた。そこで、すでに俳優としての最終段階に入ったと言われる最後のスターの、知られざるファッショニスタぶりにフォーカスしてみたいと思う。

このTシャツの汚れにも相当なこだわりが。@『ブレット・トレイン』
このTシャツの汚れにも相当なこだわりが。@『ブレット・トレイン』

まずは、劇中でのワードローブだ。と言っても、レディバグはワークウェアにインスパイアされたというPコートとモスグリーンのファスナー付きジャケット、ルーズなパンツで登場し、列車内での殺し合いがエスカレートするのに伴い、ジャケットの下からボロボロのTシャツと首元で揺れるアクセサリーが露わになるという、ワン・セットアップのみで押し通す。だがそれらは、製作段階からピットが衣装デザイナーのサラ・エヴリン・ブラム(『ワイルドスピード/スーパーコンボ』ほか)、そして監督のデヴィッド・リーチとミーティングを重ねた結果、生み出された物だ。

列車内ファイトシーン@『ブレット・トレイン』
列車内ファイトシーン@『ブレット・トレイン』

例えば、レディバグが穿くパンツの長さとバギー具合は、単に楽ちんだからでも、オーバーサイズを意図したからでもなく、ワークウェアの伝統を精密に再現したいというピットの意向を受けて、ブラムと彼女の衣装チームが仕上げたカスタムメイド。また、ジャケットの採寸に立ち会ったピットは、生地選び、襟の形、ウォッシュアウトした後の風合い、等々、様々な検討を重ねていったという。ジャケットの素材はワークウェアによく使用されるコットンツイルで、ピットが最初に思い描いた”引退して波止場で釣りをしている男”というイメージに沿うよう、ダメージが加えられ、微妙なグリーンになるまで何度も染め上げられた。

最近、本人もハマっているバケットハット@US OPEN 2021
最近、本人もハマっているバケットハット@US OPEN 2021写真:Splash/アフロ

もうここまで来るとマニアのレベルだ。ピットのこだわりはまだ続く。アメリカ、シンシナティ出身のアメカジブランド、”Wittmore x Velva Sheen”の白いTシャツには、『イングロリアス・バスターズ』で知られるプロダクト・デザイナー、デヴィッド・ショイネマンと彼のチームがデザインしたロゴがプリントされていて、格闘の最中に付く血の手形は、ピットが監督の手を取って血糊を付け、それをTシャツの上に付けたもの。『ブラッドにはエイジングに対する芸術的な目線がある』とは監督のコメントだ。

『ブレット・トレイン』は全編がネオンカラーに彩られた極彩色ムービーだが、見る人が見れば、主演のブラッド・ピットが着るコスチュームには派手な背景とは裏腹な通のこだわりが感じられる。そこが見どころだ。小物はどうか。レディバグが被るバケットハットもピットのアイディアで、本人が昨年の全米オープンテニス観戦時にも愛用していたアイテム。映画用にはブラムが何点かのバケットハットをミックスしたカスタムメイドが使用されている。また、メガネはサッカーのネイマールがアンバサダーを務めるイタリアのブランド、POLICEのもので、レトロなロートップのスニーカーはALL SAINTS、ブレスレット、リング、ネックレスはピットの私物だ。結果的に、撮影時には実物のレプリカが使用されているが、服、小物、全てからキャラクターの日常とバックグラウンドが読み取れるのは、一重に、こだわりの人、ブラッド・ピットのおかげだったと言える。因みに、ワン・セットアップと言っても撮影用に制作されたのは、Tシャツが計20枚、パンツが計14本、ジャケットが計12枚だった。

衝撃のスカート@ベルリン
衝撃のスカート@ベルリン写真:REX/アフロ

そして、キャンペーンに場を転じると、ピットは自らがファンだというニューヨークに拠点を置く独立系デザイナー、バーンズ・ニコラス・モットと共に、旅先によって異なる、押し並べてカラフルでルーズなセットアップを考案。それらは、例えば、ベルリンで登場した衝撃的なブラウンのリネンジャケット&スカート、ピンクのボタン、ゴールドのペンダント、脛のタトゥ&ハイカットブーツに始まり、パリでのカンタロープカラーのシングルブレスト・リネンブレザー&ドローストリングパンツ、バーンオレンジのトップス、グリーンブルーのアンサンブル、ロンドンではハンターグリーン、ブラウン、チョコレートベルベットのスーツ、L.A.ではグラスグリーンのリネンスーツにティールのポロシャツ、イエローとマロンのアディダス×グッチのコラボ・スニーカー、という、モットが得意とするリネンをフィーチャーした服ばかり。それらを着たピットはレッドカーペット上で時々飛び跳ねたりして、お決まりのスーツから解放された喜びを全身で表現しているかのようだった。

フォトコールで@パリ
フォトコールで@パリ写真:REX/アフロ

フォトコールで@ロンドン
フォトコールで@ロンドン写真:REX/アフロ

アディダス&グッチ@L.A.
アディダス&グッチ@L.A.写真:REX/アフロ

厄除け祈願@高野山東京別院
厄除け祈願@高野山東京別院

来日キャンペーンでも、会見では同じモットによるルーズフィットのスーツにアディダス、高野山東京別院で開催された厄除けイベントでは、サーモンピンクの上下にピンクのTシャツ、白のスニーカーという、このシリーズを踏襲したコーデでファンサービスに徹したピット。前記のように、現時点での自分を”俳優として最後の学期”と捉えるピットは、だからこそ、自分の仕事を見直したり、新しいルックスに挑戦してみたいと語っている。今回のキャンペーンでファンキーなカスタムウェアを着て飛び跳ねているのは、そんなピットの切実な心境の表れと取れば、映画の見方も、彼に対する目線も、少し違って来るのではないだろうか。

『ブレット・トレイン』

9月1日(木) 全国の映画館で公開

オフィシャルサイト

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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