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映画よりむしろ監督がオシャレ。服を背景に合わせるウェス・アンダーソンの美意識を解説

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
ミラノで行われた『フレンチ・ディスパッチ~』のフォトコールで。(写真:REX/アフロ)

先週金曜日から公開中のウェス・アンダーソン監督の最新作『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』は、作品のテーマカラーであるミントグリーンを筆頭に、スモーキーなパステルカラー(時々モノクロ)で映画全体が統一された、映画で描くカルチャー雑誌みたいな設えになっている。勿論、監督が大好きな品のいいヴィンテージ・ファッション(特にメンズスーツの類い)が、馴染みのデザイナー、ミレーナ・カノネロによってリメイクされている点も必見だ。さてここでは、シネフィルたちが愛してやまないアートワークの達人、ウェス・アンダーソンが、映画の中だけでなく、監督本人が着るリアルクローズに於いても、実はずっと昔から格別なこだわりと、トレンドを発信し続けてきたことについて書きたいと思う。そうすればきっと、多くの人々にとってアンダーソン作品がより身近に感じられるはずだからだ。

映画で先取りしたスポーツウェアのタウン化

まずは、過去作から後にヒットしたアイテムを幾つか紹介しよう。『ザ・ロイヤル・テネンバウムス』(‘01年)では死期が近い父親の呼びかけで再び集うことになる子供たちが着る、リアルクローズに落とし込んだスポーツウェアが話題になった。息子が愛用するアディダスの赤いジャンプスーツ、娘が着るラコステのストライプスーツ(ついでに言うとバッグはエルメスのバーキン)等々は、今ではタウンウェアとして当たり前に定着している。さすがに、テニスのヘアバンドを常時頭に巻くというアイディアは定着とまではいかなかったが、アディダスの3本ラインや胸元にワニのマークが縫い付けられたポロやワンピースは、誰もが一度は手に入れ、ワードローブに組み込んだことがあるのではないだろうか。

『ザ・ロイヤル・テネンバウムス』
『ザ・ロイヤル・テネンバウムス』写真:Splash/AFLO

映画のために作られたヴィトンやアディダスの特注品

他にも、『ライフ・アクアティック』(‘04年)でビル・マーレイ扮する海洋学者のスティーヴ・ズィスーと彼の仲間たちが頭に乗っけていた赤いニット帽は、船上のマリンルックだけでなくスーツに合わせても全然OKだと言うことを人々に教えてくれたし、『ダージリン急行』(‘07年)のために当時ルイ・ヴィトンのクリエイティブ・ディレクターだったマーク・ジェイコブスが手がけた、表側に動物や椰子の木が彫り込まれたスーツケースやショルダーバッグ類は、ユーザーと言うよりブランドに対してモノグラム以外の展開があることを示唆したのではないか、と思われるほどだ。ついでに言うと、『ライフ・アクアティック』に登場するアディダスのサンバも、映画のための特注品。単に市場に出回っているバッグやスニーカーには満足せず、より映画の世界観にマッチした品々をカスタムメイドさせる映画監督なんて、ウェス・アンダーソン以外には思いつかない。

監督と映画のキャラを結ぶコーデュロイ・スーツ

そんな監督のこだわり、と言うか、本人の嗜好が最も顕著なのがスーツ類だ。特にツイードとコーデュロイのスーツに関してはこだわりが半端ない。『ファンタスティックMr.FOX』(‘09年)ではストップモーション・アニメのキャラクター、Mr.FOXにダブルブレストのコーデュロイ・スーツを着せて観客の目を釘づけにしてしまった。Mr.FOXのスーツは物語の背景になる大地の色に合わせて、ブラウン、オレンジ、イエローに統一されていて、そこには服は背景と連動すべきだという監督の病的なくらい徹底した美意識がはっきり見て取れた。実は、コーデュロイやツイードのスーツはウェス・アンダーソン自身が公私ともに長年愛用してきた必須アイテム。アンダーソン作品ではキャラクターが監督みたいだ、とはよく言われることで、実際、Mr.FOXと監督はどちらも丈が短めのズボンをトレードマークにしているし、監督自身も、『Mr.FOXが着ているコーデュロイのスーツは僕が年に200日間愛用しているスーツの同じ物』とメディアにリークしたこともあるほどだ。そして、昨秋ロンドンのロイヤル・アルバートホールで行われた『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(‘21年)のプレミアに、ダニエル・クレイグがピンクのコーデュロイ・ジャケットを羽織って登場して以来、今やハリウッドのメンズの間でコーデュロイが大流行りなことを考えると、本人が意識するしないにかかわらず、トレンドセッターとしてのウェス・アンダーソンの先取り感は否が応でも無視できなくなるのだ。

アルバート・ホールでのダニエル・クレイグ。
アルバート・ホールでのダニエル・クレイグ。写真:REX/アフロ

服を背景に合わせる!監督の譲れない美意識の歴史

さて、さらにここでは、アンダーソンがいかに服にこだわり、映画と自分自身を服によっていかに連動させ、映画でやっているのと同じ方法で、服と自分がいる場所の背景をいかにマッチさせてきたか?という、信じがたいコーディネイトの歴史を振り返ってみたいと思う。まず、撮影現場でのアンダーソンだ。2010年にローマで行われた『ファンタスティックMr.FOX』のフォトコールでは、撮影現場でも着ていたキャメルのコーデュロイ・スーツと、写真には写ってないが長く愛用しているクラークスのワラビーズを履いて登場した監督。

ローマで。
ローマで。写真:Shutterstock/アフロ

以来、コーディロイはずっと公式な場でも愛用していて、昨年11月にミラノで行われた『フレンチ・ディスパッチ~』のフォトコールでは背景の色に合わせてうぐいす色のスーツの下にイエローのベストを合わせて、また、同じく昨年10月にパリで開催されたスクリーニングでは、背景とタイトルの色にマッチしたワインカラーのコーデュロイ・スーツで登壇したアンダーソン。さらに、2014年2月にニューヨークで行われた『グランド・ブダペスト・ホテル』('14年)のプレミアでは、後ろに配置されたホテルの模型の色に合わせてパープルのコーデュロイを選択。主演のレイフ・ファインズが同じカラーのチョイスだったのは監督の指示だったに違いない。2018年の3月にニューヨークで行われた『犬ヶ島』('18年)のレセプションでも、タイトル文字の色に合わせてダークブラウンのスーツを着た監督の姿があった。ここまで来ると怖いくらいだ。

ニューヨークではパープルで。
ニューヨークではパープルで。写真:ロイター/アフロ

パリではワインカラーで。
パリではワインカラーで。写真:REX/アフロ

ミラノではうぐいす色で。
ミラノではうぐいす色で。写真:REX/アフロ

ニューヨークではダークブラウンで。
ニューヨークではダークブラウンで。写真:Shutterstock/アフロ

コーデュロイ以外にも、ツイードのスーツ、セーター、トレンチコート等を映画の背景に合わせてコーディネイトしているアンダーソンだが、リゾート・アイテムにも当然こだわりがある。

『ダージリン急行』のセットで
『ダージリン急行』のセットで写真:Shutterstock/アフロ

昨年7月のカンヌ国際映画祭では、『フレンチ・ディスパッチ~』で初めて"ウェス組"に参加したティモシー・シャラメとリナ・クードリを両脇に抱え、ここでも若い2人に合わせてシアサッカーのスーツにニットタイ、白いペニーローファーで完璧なリゾート紳士に変身してカメラマンの前に現れた監督。シャツがピンクなのはやっぱり2人と打ち合わせ済みだったのだろうか。

カンヌではピンクだった
カンヌではピンクだった写真:REX/アフロ

映画から監督のスタイルが透けて見え、実際に監督自身も映画に連動した服をチョイスする。こんなことができるのは映画界広しと言えど今やウェス・アンダーソンだけだと思う。因みに、映画公開前夜に東京・六本木で開催された『フレンチ・ディスパッチ~』のファンイベントにパリの自宅からオンライン参加したアンダーソンは、勿論、部屋の色に合わせたピンクのシャツで登場。背景に見える白いドアの位置と天井の配分がこれまた絶妙で、彼はプライベートでも一切譲歩しない美意識の中で暮らしていることが分かって、改めてそのこだわりの凄さに感服した次第である。

ファンイベントにパリの自宅から参加したアンダーソンはほっぺもピンクだった
ファンイベントにパリの自宅から参加したアンダーソンはほっぺもピンクだった

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』

1月28日(金)より公開中

(C) 2021 20th Century Studios. All.Rights Reserved.

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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