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毎日同じ服が個性的で合理的!?映画『フリー・ガイ』から学べるコロナ時代の装い方

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
『フリー・ガイ」の主人公、ガイはいつもだいたいこんな格好

現在公開中の『フリー・ガイ』はゲームの世界を舞台にしたバーチャル・アクションだ。でも、実在する人気ゲームの映画化ではない。架空のオンライン・ゲーム”フリー・シティ”に住むモブ(背景)キャラのガイが、ある日、主人公になろうと決意するところから一気に話が転がっていく。毎日同じ時間に家を出て、同じ時間に銀行強盗に遭遇し、犯人の言いなりになって床にうつ伏せになり、事件が収束するのを待つだけだったガイが、”ひと仕事”を終えて帰路につく途中、ゲームプレーヤーのアバターであるモトロフ・ガールに一目惚れ。こうして、恋したことで俄然、自我に目覚めたガイは、”フリー・シティ”のルールを無視してモブキャラを返上。平和の使者として立ち上がることになる。

主戦場であるゲームの世界では人工知能AI(ガイたち)とアバター(モトロフガールたち)が躍動し、他方、現実の世界ではプレーヤー、プログラマー、そして、ゲーム会社のオーナー等が”フリー・シティ”を巡る生々しい攻防を展開する。この、現実と非現実がゲームを介して一つになるというプロットに劇的な新鮮味があるわけではない。この映画の最大の魅力は、脇役、それも、現実には存在しないキャラクターが堂々と主役を張るところ。

数少ないパターン2はやっぱりライトブルーのロングT
数少ないパターン2はやっぱりライトブルーのロングT

注目すべきはガイの服装だ。毎朝同じ時間に目覚めて出勤するまでの彼のルーティンの中には、ワードローブとして大量にストックされている同じ服の中から、いつものひと揃いを選ぶという爆笑シーケンスがある。モブキャラに服のバラエティは必要ないし、そもそも同じコーデなのだから迷う必要もないのだが、一応、選ぶふりをしているところが笑える。そんなガイのお決まりの服装は、ライトブルーのボンバー・ジャケットと、ライトブルーのボタンダウンの半袖シャツ(胸元には”GUY”と書かれた名札が縫い付けてある)と、ベージュ地に青いストライプが斜めに入ったレジメンタルタイ(&ゴールドのタイピン)と、ベージュのチノという無難な組み合わせ。これにプラスされるのが首元に3つのボタンが縦に並んだ、同じくライトブルーのロングTシャツだ。一見、まるで個性のないガイのワードローブが、やがて、彼のシグネチャールックとして輝き始める。お世辞にも個性的とは言い難いアイテムの数々が、逆にガイのトレードマークとして認知され、劇中のゲームプレーヤーたちを、そして、劇場の観客たちの目を楽しませることになるのだ。

ニューヨーク・プレミアでのご夫妻はこんな感じで
ニューヨーク・プレミアでのご夫妻はこんな感じで写真:REX/アフロ

これは、没個性を演出するのなら中途半端ではなく徹底的にやった方がいいというアドバイスに基づき、主演のライアン・レイノルズが熟考の末に考案したもの。アドバイザーはレイノルズの妻で俳優のブレイク・ライヴリーだった。彼女は『ハロウィンで誰かがモブキャラに変装するとしたら、それはどんな服か考えてみたら?』と、ガイの服選びに苦慮していた夫に提案。こうして誕生したのが、オール・ライトブルーのジャケット&シャツという、いかにも存在感のないコーデ、もしくはコスプレだったという次第だ。

勿論、これには、若干ボディコンシャスにサイジングされた服を見栄え良くする、ライアン・レイノルズの鍛錬された筋肉質のボディが不可欠だったことは言うまでもない。ライトブルーの上半身にベージュのチノというカラーリングが、レイノルズのイノセントで透明感がある個性にもマッチしている。誰よりも彼のことを理解しているライヴリーの狙いは正しかったというわけだ。ちなみに、『フリー・ガイ』のプレミアに妻を同伴したレイノルズは、イタリアのハイブランド、ブルネロ・クチネリのコーデュロイのスーツの下にチェックのシャツという、これも恐らくガイを意識したに違いない、ライアン・レイノルズらしい一見没個性だがよく見ると品のいいシグネチャールックで登場。レッドカーペットでは全身スパンコールのライヴリーとは対照的な装いにメディアの注目が集まった。

さて、ガイのように実生活でも年中同じ服で通しているビジネスマンはいるはずだ。メリットとしては、毎日服を変える煩わしさから解放され、まるで制服のように同じ服を着ることで逆に自分の個性をアピールできる、等が挙げられるだろうか。ビジネスマンの服に関するこの傾向は”ノームコア(ノーマルとハードコアを合わせた造語)”と呼ばれて2014年頃を境に浸透し始めたと言われる。色やデザインと決別し、同じ色、同じ素材の服を何着も持って着替えるスタイルのことだ。人から『また、同じ服?』と尋ねられた時に、『いや、同じだけど違う服』と答える。なんともスタイリッシュな受け答えではないか!?

生前のスティーヴ・ジョブズ@2002年・東京にて
生前のスティーヴ・ジョブズ@2002年・東京にて写真:Fujifotos/アフロ

世の中に”ノームコア”のセレブはたくさんいる。例えば、バラク・オバマ元アメリカ大統領は、服選びの時間を削減するためにいつもブルーかグレーをスーツで通し、Facebookの創業者兼CEOのマーク・ザッカーバーグもオバマ元大統領と同じ理由で年中グレーのTシャツだけ。人気デザイナーで建築家の佐藤オオキの場合は、『普段の生活は可能な限りルーティン化したい』という理由から、常時黒いスーツ&白いシャツに徹している。”ノームコア”の権化は、今は亡きAppleの共同設立者の1人、スティーヴ・ジョブズだ。ジョブズが亡くなるまでの10年以上を、リーバイスの501とイッセイミヤケの紺色のタートルネックで過ごしたのは、自分だけの制服を作りたかったという本人の意思によるものだったと言われる。時間削減とルーティンの徹底。”ノームコア”にはこの2つの要素がありそうだが、総じて言えることは、”シンプル・イズ・ベスト”というファッションの分野では長く定説とされてきた価値観だ。まして、長く続くコロナ禍をサバイバルするためには、迷わず手を通せる動きやすい服こそが理にかなっているのかもしれない。

ヒット中の映画『フリー・ガイ』から学べる”ノームコア”のススメ。これはゲーム映画であると同時に、自分のワードローブを見直すきっかけにもなりそうだ。

『フリー・ガイ』

全国公開中

配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

(C) 2021 20th Century Studios. All Rights Reserved.

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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