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天才デザイナー、アレキサンダー・マックイーンの素顔に迫るドキュメンタリー映画から読み取れるもの

清藤秀人映画ライター/コメンテーター

 服の美しさとドラマチックな演出を合体させて、近年でも類を見ない個性的で強烈な世界を構築したデザイナーがいた。2010年の2月、40歳という若さで惜しくもこの世を去ったアレキサンダー・マックイーンだ。彼の生い立ちとその素顔、そして、仕事と栄光を、残された映像と所縁の人々のコメントでコラージュした近日公開のドキュメンタリー映画『マックイーン : モードの反逆児』には、モード界を一足飛びに駆け抜けた天才の足跡が凝縮されている。

舞台を彩ったタータンチェックと鳥の羽根のアクセサリー

 マックイーンでまず思い浮かぶのは、タータンチェックのパンツスーツを格好良く着こなし、頭に鳥の羽根のアクセサリーを着けたモデルが、四角いステージを優雅にキャットウォークする"The Widows of Culloden"と題された2006年の秋冬コレクションだ。タイトルのカロデンとは、スコットランドのハイランド地方にある湿地帯で、18世紀、スコットランドvsイングランドの戦いの舞台になった場所。マックイーンは当時のハイランドに生きた女性たちのワードローブを彼ならではのエスプリでリメイクすることで、スコットランドにルーツを持つ自身の祖国愛を服に置き換えてみせた。そして、ショーのラストを飾ったのは、ホログラム映像によって映し出されたケイト・モスの姿。マックイーンが愛して止まなかったミューズを実物ではなく、まるでホラー映画のようなイリュージョンを使って舞台に立たせる演出が観客の心を掴み、拍手喝采を浴びたのだった。

映画にインスパイアされた舞台演出

 また、2004年の春夏コレクションでは、男女のモデルが延々ダンスを踊り続けるという画期的な演出をチョイス。男性が疲れ果てて床に崩れかかりそうになる女性を必死で持ち上げようとすると、薄いシフォンのドレスが女性の疲労感をリアルに表現するという仕掛けだ。普通に歩くのでも、走るのでもなく、崩れかかることがあんなにも服の存在感を強調するとは思わなかった。このいわゆる"ダンス・マラソン"というコンセプトは、ジェーン・フォンダが主演した映画『ひとりぼっちの青春』(69)にインスパイアされたもの。不況に喘ぐ1930年代のハリウッドを舞台に、賞金欲しさに集まった男女が倒れるまで踊り続けるという映画の物語を、まるごとファッション・ショーで再現したユニークな発想も、マックイーンならではだった。

 一方、2003年の秋冬コレクションのラストでは、上下二層になったランウェイの上部を吹雪が横殴りに降る中、分厚い打ち掛けを羽織ったモデルの冨永愛が、体が吹き飛ばされそうになるのを必死で堪えながら前のめりになって歩くという演出が、これまた観客の度肝を抜いた。冨永によると、マックイーンはその時、体を仰け反らすポージングをとって欲しいと指示してきたとか。モデル泣かせの凝った演出も、状況によって変化する服をダイナミックに見せたいという彼のこだわりの証。思えば、アレキサンダー・マックイーンほど舞台設定に強く固執するデザイナーはいかなった。話題のドキュメンタリーには、随所に歴代のコレクション映像が挿入される。それらはファッションに興味がある人は勿論、舞台や映画に造詣が深い人たちの心も、同時にとらえるに違いない。

伝統的な技術が投入された美しいテーラリング

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 演出以上に見事だったのが縫製技術だ。美しい襟とスカートのフレアが目に焼きつくテーラードスーツは、冷静に見ると今でいう"バイ・ナウ(すぐにでも買える)"の対象だし、ハイネックのプリーツブラウスや裾にオーストリッチが縫い込まれたドレスは、こちらもパーティウェアとしてすぐにでも買えるリアル・クローズ。数多く登場する得意のティアードドレスも含めて、精密にデザインされた服たちは、10代半ばで伝統的な英国服のテーラリングを学んだ上でデザイナー・デビューしたマックイーンの匠の技が投入された逸品の数々。若くして彼の指先には服作りの基礎が叩き込まれていたのだ。 

 だからこそ、モード界は彼の斬新な中にも基本を重んじる職人芸に注目した。1993年のデビュー後、ロンドン・コレクションを続けながら2001年にはパリ・コレクションにも参加。'96年にはブリティッシュ・デザイナー・オブ・ジ・イヤーを受賞し、同年、パリの老舗中の老舗、ジバンシィのクリエイティブ・ディレクターに就任。'01年、ジバンシィを更迭された直後、自らのブランド、アレキサンダー・マックイーンを立ち上げ、2度目のブリティッシュ・デザイナー・オブ・ジ・イヤーを受賞。'03年にはアメリカ・ファッション・デザイナーズ協会(CFDA)のインターナショナル・デザイナー・オブ・ジ・イヤーと、さらにエリザベス女王から大英帝国勲章(CBE)を授けられる。

40歳の天才を死に至らしめたものは?

 その後もシーズン毎に大胆でどこか懐かしいブリティッシュ・ファッションを発信し続けたマックイーンは、同じロンドンから巣立ったヴィヴィアン・ウエストウッドやジョン・ガリアーノ等と共に、"クール・ブリタニア"(1990年代のイギリスで巻き起こったカルチャームーブメント)の一翼を担い、さらにその表現力をアップデートさせていく、はずだった。しかし、ある日突然、彼は自ら命を絶ってしまった。理由として様々な憶測が流れたが、真相は未だ闇の中である。

 殺人的な仕事の量に疲れ果てたのか。愛する者たちとの別れが天才故の孤独を増幅させたのか。はたまた、貴重な才能を次々と浪費しつつ巨大化し続けるファッション・ビジネスの犠牲になったのか。折しも、シャネル、フェンディという仏伊2大ブランドを長年に渡って率い、命が尽きるまでデザイン画を描き続けたファッション界の帝王、カール・ラガーフェルド(享年85歳)の訃報が報じられた2019年春。デザイナーとファッション業界の関係性について、もう一度考える時が来ているのではないだろうか。

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『マックイーン : モードの反逆児』

4月5日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開

(C) Salon Galahad Ltd 2018

 

 

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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