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NFL現役最高齢選手の3度のミスで優勝候補チームが開幕戦で惜敗

三尾圭スポーツフォトジャーナリスト
開幕戦で3度のキックに失敗したコルツのアダム・ビナティエリ(三尾圭撮影)

 記念すべきリーグ創設100年目のシーズンを迎えたNFL。

 9月5日(日本時間6日)には、NFL(厳密にはNFLの前身のアメリカン・プロフェッショナル・フットボール・アソシエーション、APFA)が発足した1920年にリーグへ加盟したシカゴ・ベアーズが、翌21年にリーグへ加盟して以来、伝統のライバル関係を築いているグリーンベイ・パッカーズをホームに迎えて、記念すべきNFL100年目の幕が開けた。

 そして、『NFLの日』である日曜日、8日(日本時間9日)には全米13都市で開幕戦が行われた。

 ロサンゼルスではNFL現役最高齢の選手が犯した3度のミスにより、優勝候補チームが延長の末に惜敗した。

 NFL現役最高齢の選手と言えば、ニューイングランド・ペイトリオッツのクオーターバック(QB)で42歳のトム・ブレイディを思い浮べるかもしれないが、実はブレイディよりも年上の選手がNFLには2人もいる。

 その2人共が選手寿命の長いキッカー(K)で、アトランタ・ファルコンズのマット・ブライアントが44歳、そしてインディアナポリス・コルツのアダム・ビナティエリは46歳で、レギュラーシーズン終了間際の12月28日に47歳になる。

シーズン終了間際の12月28日に47歳の誕生日を迎えるコルツのアダム・ビナティエリ(三尾圭撮影)
シーズン終了間際の12月28日に47歳の誕生日を迎えるコルツのアダム・ビナティエリ(三尾圭撮影)

 NFLで24年目のシーズンを迎えるビナティエリと20年目のブレイディには共通項が多い。

 2人ともに将来の殿堂入りが約束されたも同然の「生ける伝説」だが、プロ入り時の評価は高くなく、ペイトリオッツにNFL入りのチャンスを与えられた。

 ブレイディが2000年のドラフト6巡目、全体199位でペイトリオッツから指名を受けたのは有名な話だが、ビナティエリはドラフトに漏れた選手だった。無名なサウスダコタ州立大学で4年間プレーしたビナティエリは、大学卒業後にNFLへ入れずにNFLヨーロッパの前身であるワールドリーグ・オブ・アメリカンフットボールのトライアウトに合格して1年間プレー。そこでの活躍が認められて、1996年にはペイトリオッツのトレーニング・キャンプに招待され、ロースター入りを勝ち取った。

 ブレイディは歴代最多のスーパーボウルを6度制しているが、最初の3回はビナティエリと一緒に勝ち取ったものだった。ビナティエリはインディアナポリス・コルツ移籍後もスーパーボウルに1度勝っており、合計4度の優勝は選手としては歴代3位タイで、キッカーとしては最多。

 ビナティエリのNFL通算2603得点は歴代ナンバー1で、プレーオフでの通算238得点も歴代最多を誇る得点マシーン。ブレイディがNFL史上最高のQBならば、NFL史上最高のKはビナティエリで間違いがない。

どんなときでも最善の準備を怠らない姿勢が、ビナティエリを史上最高のキッカーに成長させた(三尾圭撮影)
どんなときでも最善の準備を怠らない姿勢が、ビナティエリを史上最高のキッカーに成長させた(三尾圭撮影)

 そのビナティエリがチャージャーズとの開幕戦で、らしくない姿を露呈させてしまった。

 1Qには同点を狙ったポイント・アフター・タッチダウン(PAT)のキックをミス。

 2015年シーズンから、それまでの2ヤード地点から15ヤード地点まで下げられたPATだが、それでも33ヤードのキック(15ヤード+ゴールラインからゴールポストまでの10ヤード+スクリメージラインからキックを蹴る場所までの8ヤード)はNFLのキッカーならば決めて当然の距離。2015年以降のPAT成功率は95%である。

 ビナティエリは2015年から昨季までの4シーズンで合計150回のPATを蹴って142回成功。成功率は94.7%だった。

 決めて当然のPATを外したが、これは悪夢の始まりでしかなかった。

 

 6-17と11点差を追う2Q終了間際には敵陣36ヤード地点から46ヤードのフィールドゴール(FG)にトライ。過去5シーズンのビナティエリは40から49ヤード間のフィールドゴールを41回蹴って36回成功の成功率87.8%を記録している。ビナティエリにとっては難しくないはずのキックをまたしても失敗。

 3Qに44ヤードのキックを決めて9-17にしたが、3Q終盤には簡単な29ヤードのFGにも失敗。ビナティエリの長いNFLキャリアで、29ヤード以下のFGは210回中204回成功、成功率97.1%と「絶対」に等しいキックのはずだった。

 コルツは4Q半ばに自軍6ヤード地点まで攻められたが、ここでマリック・フッカーがチャージャーズQB、フィリップ・リバースのパスをインターセプト。このビッグプレーで流れを引き寄せたコルツは、80ヤードのドライブで2点差に迫ると、2ポイントプレーを成功させて土壇場で同点に追いついた。

 試合は延長に入り、チャージャーズのランニングバック(RB)、オースティン・エックラーがサヨナラのタッチダウン・ランを決めて、チャージャーズが開幕戦を制した。

延長戦で決勝のタッチダウンを決めたチャージャーズのオースティン・エックラー(三尾圭撮影)
延長戦で決勝のタッチダウンを決めたチャージャーズのオースティン・エックラー(三尾圭撮影)

 

 ビナティエリが外したキック3本のうち、1本でも決めていればコルツが勝っていた可能性が高かっただけに、ベテランKにとっては悔やんでも悔やみきれない24年目の開幕戦となった。

 シーズン前には所属するAFC南地区の地区優勝大本命と言われていたコルツだが、開幕直前にエースQBのアンドリュー・ラックが突然の引退を発表して、コルツを優勝争いから推す声はかなり減った。

 大黒柱のラックを欠いたコルツが勝ち進むにはビナティエリの活躍が必要不可欠だが、最悪のスタートを切った46歳のベテランを見限るのはまだ早い。

 「アイスマン」の異名を持つビナティエリは、これまでに何度も谷底から這い上がってきた不屈の精神の持ち主だ。

 2016年にスーパーボウル50回大会を記念してNHKが制作して、乃木坂46のメンバーだった斎藤ちはる(現、テレビ朝日アナウンサー)が司会を務めた特番『NFLスーパーボウル50周年記念特集「いま語ろう!伝説の名場面」』では、「スーパーボウルで伝説になったキッカー」として特集されたビナティエリ。

 その番組のインタビューの中でビナティエリは、「いつも誰よりも先にフィールドに出て、時間をかけて準備する。1つ、1つ、決めたことをこなしながら集中力を高めていく。だから、どんな場面でも落ち着いていられる」と語ったが、この日のハーフタイムにも誰よりも早くフィールドに戻ってきて黙々とキックの練習をしていた。

ハーフタイム中にキックの練習をするコルツのアダム・ビナティエリ(三尾圭撮影)
ハーフタイム中にキックの練習をするコルツのアダム・ビナティエリ(三尾圭撮影)

 2004年の第38回スーパーボウルでは1Qに31ヤードのFGを失敗して先制のチャンスを逃すと、2Qには36ヤードのFGを相手選手にブロックされてしまう。大舞台のスーパーボウルで2本連続でFGを失敗したビナティエリだったが、29-29と同点の4Q残り9秒で41ヤードのFGを決めてペイトリオッツに優勝をもたらした。

 キックの失敗に屈することのない強靭な精神こそがビナティエリの長所。今年の開幕戦では挽回のチャンスは巡ってこなかったが、長いシーズンの間には、ビナティエリの蹴りで勝負が決まるシーンが何度も訪れるだろう。

 46歳の大ベテランKがここからどう復調していくのか。始まったばかりのNFL100年目のシーズンは、そんなところに注目するのもよいだろう。

何度も苦しみの底から這い上がってきた強靭な精神力を持つビナティエリの視線は、有終の美を飾ることだけに注がれている(三尾圭撮影)
何度も苦しみの底から這い上がってきた強靭な精神力を持つビナティエリの視線は、有終の美を飾ることだけに注がれている(三尾圭撮影)
スポーツフォトジャーナリスト

東京都港区六本木出身。写真家と記者の二刀流として、オリンピック、NFLスーパーボウル、NFLプロボウル、NBAファイナル、NBAオールスター、MLBワールドシリーズ、MLBオールスター、NHLスタンリーカップ・ファイナル、NHLオールスター、WBC決勝戦、UFC、ストライクフォース、WWEレッスルマニア、全米オープンゴルフ、全米競泳などを取材。全米中を飛び回り、MLBは全30球団本拠地制覇、NBAは29球団、NFLも24球団の本拠地を訪れた。Sportsshooter、全米野球写真家協会、全米バスケットボール記者協会、全米スポーツメディア協会会員、米国大手写真通信社契約フォトグラファー。

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