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ヘンリー公爵の回想録、キンドルストアで1位 人気は史上最低の26%に マスコミからの自由より注目望む

木村正人在英国際ジャーナリスト
発売されたヘンリー公爵の回想録『スペア』(写真:REX/アフロ)

■購入者「本人の話を聞きたい」

英王室を離脱したヘンリー公爵=王位継承順位5位=の回想録『スペア』が10日午前零時、ロンドンの主要駅売店などで一斉に発売された。アマゾン英国キンドルストアでは早くもベストセラーの1位に躍り出た。英ニュース専門テレビ局スカイニューズは「本人の話を聞きたい」「ヘンリー公爵は信じられないほど勇気がある」という購入者の声を伝えた。

英世論調査会社ユーガブが今月5~6日に実施した調査によると、ヘンリー公爵を好意的に見ている英国人はわずか26%(前回、昨年12月前半の調査から7ポイント減)で、2011年に調査を開始して以来、最低水準を記録した。64%(同5ポイント増)がヘンリー公爵に対して否定的な見方をしていた。

王族がこうした回想録を出すのは、離婚歴のある米国人女性と結婚するため王位を捨てたエドワード8世が1951年に発表した『王の物語』以来。ヘンリー公爵に対して好意的な見方をする傾向があった英国人の若者ですら、好意的、否定的な見方がそれぞれ41%と真っ二つに分かれた。前回12月の調査では好意的49%、否定的29%と20ポイントの差がついていた。

■ウィリアム皇太子もイメージダウン

チャールズ国王の好感度は63%から60%、キャサリン皇太子妃は72%から69%と大きくは変わらなかった。しかし『スペア』の中でヘンリー公爵の標的にされたウィリアム皇太子の好感度は2月の77%から69%に8ポイントも減る一方、否定的な見方をする人は15%から20%に増えた。

順風満帆だった英王室の震源地となったメーガン夫人に対する好意的な見方は25%から23%に、否定的な見方も64%から65%へとほぼ横ばいだった。王室に対して肯定的な見方をしている人も『スペア』騒動のあおりで60%から54%に低下、否定的な見方をしている人は30%から35%に増えた。

君主制は国民の信認を失えば、革命や廃位によって消滅する運命にある。自由民主主義国家の君主制は民主主義が成熟にするにつれ、儀礼化が必然的に進んでくる。儀礼化した王室と国民を結んでいるのが王室担当記者を中心とした英メディアなのだが、ヘンリー公爵が『スペア』の中で最も敵視しているのがそのメディアなのだ。

■「メディアが自分の母を殺した」

英高級紙タイムズの書評担当ジェームズ・マリオット記者は「『スペア』にテーマがあるとすれば、それは彼がいかにメディアを嫌っているかということだ。ハリー(ヘンリー公爵の愛称)は、メディアが自分の母(ダイアナ元皇太子妃)を殺したと思っている。パパラッチは母を死ぬまで追いかけ、死にゆく母、決して逃れられない母を撮り続けた」と書く。

無邪気で無防備だったヘンリー公爵自身も裸でビリヤードをしているところや、ナチスの制服を着ている隠し撮り写真を英メディアにすっぱ抜かれ、バツの悪い思いをしてきた。車に追跡装置をつけられ、恋人がヘンリー公爵のもとを去って行った。アフガニスタンに従軍した際は居場所がリークされたこともある。

マリオット記者は「悲劇的な皮肉は21世紀の王族であることが広報活動であるということだ。現代の君主制は、いやこれまで存在したすべての君主制は国民の同意が不可欠だ。今日、それは報道機関を必要とすることを意味する。もし私たちが認めなければ共和制への移行を支持する人が多くなる」と指摘する。

■「王室の生活はパラノイアによって定義されている」

「ハリーは王室の生活はパラノイアによって定義されていると書いている。世間への恐れ、未来への恐れ。国民がこう言うかも知れないという恐怖。ポーズをとり、リボンを切り、人前に出て、延々とインタビューされ、写真に撮られ、調べられ、解剖される、そんなゲームのようなやり方をハリーは軽蔑している」(マリオット記者)

しかしヘンリー公爵とメーガン夫人の主張には大きな矛盾がある。「タブロイド」と呼ばれる英大衆紙にプライバシーを侵害されたと批判しながら、自分たちだけでなく、他の王族のプライバシーを暴露しているのは誰なのか。メディアからの自由を訴えながら、メディアに注目されることを望んでいるのはヘンリー公爵とメーガン夫人の2人なのだ。

回想録のタイトルが物語っているように、これは王位継承者の予備として生きることを運命づけられた「スペア」の葛藤、悲哀、フラストレーションである。エリザベス女王とマーガレット王女、チャールズ国王とアンドルー王子。「スペア」の悲劇は繰り返されてきた。「スペア」として生きることを拒否したヘンリー公爵と王室の和解は一段と難しくなった。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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