■岸田首相「わが国の安全保障と国民の安全に関わる重大な問題」

[ロンドン発]岸田文雄首相は5日午前、来日中のナンシー・ペロシ米下院議長と首相公邸で朝食をとりながら会談し、「中国の弾道ミサイルが日本の排他的経済水域(EEZ)を含む近海に落下したことはわが国の安全保障及び国民の安全に関わる重大な問題であり、中国に対し、強く非難し、抗議した」ことを伝えた。

ペロシ氏が米下院議長として25年ぶりに訪台したことへの報復として、中国は4日から台湾を取り囲むようにして実弾演習を開始、計11発の弾道ミサイル「東風(DF)」を発射し、目標に正確に命中させた。うち4発が台北の上空を通過し、少なくとも5発が日本のEEZに落下したが、いずれも初めての事態だ。

米領グアムを射程に収めるDFは「グアム・キラー」とも呼ばれる。台湾有事の際、中国は米空母の接近を阻止できるとの脅しである。

米CNNによると、ペロシ氏が3日夜、台北を出発して数時間のうちに20機以上の戦闘機を台湾海峡の中央線に送り込み、4日には22機の戦闘機が台湾の防空識別圏(ADIZ)に入り中央線を越えた。同日夜には台湾・金門諸島周辺の「制限水域」を4機のドローンが3回に分けて飛行したという。

岸田氏は会談で「中国側の行動は地域及び国際社会の平和と安定に深刻な影響を与えるものであり、軍事訓練の即刻中止を求めた。台湾海峡の平和と安定を維持するため、日米で緊密に連携していく」ことを確認した。

岸田氏は、日米同盟の強化や「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けペロシ氏のリーダーシップと米下院の支援を期待していると伝えた。

■韓国大統領はペロシ氏と会談せず、日本では安倍氏国葬に反対の声

ペロシ氏は3日夜に韓国入りし、4日に韓国国会の金振杓(キム・ジンピョ)議長と会談した。しかし尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は「休暇中」を理由にペロシ氏とは会談せず、電話協議にとどめた。

「韓国の国益を総体的に考慮して決めた」(韓国政府高官)という。ペロシ訪台で「一つの中国」という核心的利益を踏みにじられ、激怒する中国に尹大統領が配慮したのは明らかだ。

ペロシ氏はアジア歴訪について記者会見で「台湾を孤立させることは許されない。台湾海峡の平和と現状維持を実現することが訪台の目的だ。岸田首相が安全保障、経済、ガバナンスの面で成功を収めていることに祝意を表した。われわれの友情について非常に前向きな会談を行った。日本は地球上で最も重要な地域におけるわれわれの最良の友人だ」と強調した。

参議院選挙の応援演説中に銃撃され亡くなった「インド太平洋の生みの親」安倍晋三元首相の国葬が9月27日に東京の日本武道館で行われる。安倍氏は「自由で開かれたインド太平洋」や日米豪印4カ国(クアッド)の礎を築いた功労者だ。アジアを中心にその死を惜しむ声が広がっている。

戦後、首相経験者の国葬が行われるのは1967年に亡くなった吉田茂氏以来、2人目だ。

安倍氏の国葬には「国民の中で評価が分かれる安倍氏の政治的立場や政治姿勢を国家として礼賛することになる」(共産党)として、共産党、れいわ新選組、社民党が反対を表明。女性団体などでつくる「国葬させない女たちの会」、日本消費者連盟、東京弁護士会が国葬に反対、日本ペンクラブは当面の延期を求めている。

■生前から国葬を辞退していたサッチャー英首相

共同通信社が7月末に実施した世論調査では、安倍氏の国葬に「反対」「どちらかといえば反対」が53%を占め、「賛成」「どちらかといえば賛成」の45%を上回った。日経新聞・テレビ東京の世論調査でも「反対」が47%で、「賛成」の43%を上回った。

「国民葬」や「内閣・自民党合同葬」ではなく、吉田氏以来の「国葬」にする理由が岸田政権から十分に説明されていないと多くの国民が感じているようだ。

故マーガレット・サッチャー英首相(在任1979~90年)の在任期間は11年208日に及び、安倍氏の通算3188日よりはるかに長い。新自由主義を掲げ、不採算な国営企業の民営化と「小さな政府」を実践したサッチャー氏の評価は今も英国内で大きく分かれる。サッチャー革命で取り残された人々の反乱が最後の一撃となり、イギリスは欧州連合(EU)を離脱した。

サッチャー氏はフォークランド紛争に勝利してイギリスの威信を取り戻し、冷戦を集結させた功労者だ。本人は国費の支出を巡って英議会が紛糾するのを嫌い、生前に国葬を辞退し、儀式葬を希望していた。イギリスで君主以外の民間人で国葬が行われたのは第二次大戦の英雄、故ウィンストン・チャーチル首相が最後である。

サッチャー氏はチャーチル氏の偉業にはとても及ばないと考え、国葬を辞退したとも言われる。突然、死が訪れた安倍氏の場合、サッチャー氏のように自分の葬儀について考える時間は与えられなかった。

安倍氏の功績はもちろん大きいが、戦後の荒廃から日本を再建した吉田氏の偉業には到底及ぶまい。そして国費の支出には国会審議が求められるのが憲政の常道と言えるだろう。

■「死せる孔明、生ける仲達を走らす」

筆者はそれでも安倍氏の国葬を支持する。「死せる孔明、生ける仲達を走らす(孔明はもう死んでいるのに、まだ生きている仲達はこわがって逃げ出した)」という三国志に由来する故事がある。

ペロシ氏の訪台で台湾海峡がこれまで以上に過熱している今だからこそ、岸田氏は安倍氏の国葬を開いて、積極的に自由主義陣営の「弔問外交」を展開すべきだ。

「自由で開かれたインド太平洋」と「クアッド」を推進した安倍氏の国葬に誰が来て、誰が来ないのか。軍事力や経済力による中国の脅しに屈しないよう、自由と民主主義、法の支配を守ろうとする国はどこなのか、台湾を孤立させないよう団結できる国はどこなのかを見極める必要がある。

1990年代の金融バブル崩壊を予見した日本ウオッチャーとして有名な元英誌エコノミスト編集長でシンクタンク、国際戦略研究所(IISS)理事長のビル・エモット氏は筆者の取材にこう答えている。

「安倍氏の遺産がウクライナ侵攻での岸田氏の驚くほど果断で首尾一貫した対応の基礎となっている。岸田氏が日本の防衛予算を北大西洋条約機構(NATO)目標の国内総生産(GDP)比2%(NATO基準で現在1.24%)に引き上げることに成功する可能性は非常に高い。それは安倍氏の仕事を実質的に継続することになると同時に、その恩恵を受けることになるだろう」

国葬を行うからには税金の無駄遣いと批判されないよう首相官邸と外務省には全力で「弔問外交」を展開してもらいたい。今回の実弾演習で明らかになったように台湾情勢は一刻の猶予も許されない。「死せる安倍晋三、生ける習近平を走らす」ことになれば国民の理解も十分に得られるはずだ。

(おわり)