Yahoo!ニュース

「この6年が危ない」日米首脳会談 菅首相は台湾問題で踏み込め 尖閣狙う中国の「法律戦」

木村正人在英国際ジャーナリスト
日米首脳会談で共同声明に台湾問題を盛り込みたいバイデン米大統領(写真:ロイター/アフロ)

日米2+2は「台湾海峡の平和と安定の重要性を確認」

[ロンドン発]ジョー・バイデン米大統領は16日、米ワシントンで菅義偉首相と会談し、対中政策やコロナ対策、温暖化対策、北朝鮮の核・ミサイル問題で連携を図ることを確認する見通しです。米中の緊張が高まる中、台湾問題に関して菅首相がどこまで踏み込めるのか、注目されます。

3月の日米安全保障協議委員会(2+2)で両国の4閣僚は「台湾海峡の平和と安定の重要性」を確認しました。コロナ感染が抑えられない中、今年夏に東京五輪・パラリンピックを控える菅首相は中国との無用の摩擦を避けるため、2+2と同じ文言で日米同盟の結束を表明するのではないでしょうか。

米英両国や欧州連合(EU)は、新疆ウイグル自治区の少数民族に対するジェノサイド(民族浄化)に関して同自治区の公安トップや新疆生産建設兵団公安局に渡航禁止や資産凍結の制裁を発動しました。これに対して菅政権は「深刻な懸念」を示すにとどまっています。中国を刺激したくないからです。

中国は福島原発事故の処理水を国の基準を下回る濃度に薄めて海へ放出する方針を菅政権が決めたことや新疆ウイグル自治区問題での日系企業の対応を巡り、すでにネチズンを使って菅政権に揺さぶりをかけています。五輪開催や処理水放水について日本国内の左派も反発を強めています。

日米首脳会談で菅首相が「台湾」に言及すると中国国内の日系企業への圧力が強まり、五輪開催や処理水放水、通商問題を巡る揺さぶりが激化するのは必至です。バイデン政権が日米共同声明で「台湾」問題に言及したい考えなのは、中国が越えてはならない一線を越えてくるのを警戒しているからでしょう。

米インド太平洋軍司令官「これからの6年、脅威は明白だ」

米インド太平洋軍のフィリップ・デービッドソン司令官は3月、上院軍事委員会で「中国は2050年までにアメリカに取って代わるという野心を加速させている。中国はその野心に近づいている。台湾はその一つであることは明らかだ。この10年、実際にはこれからの6年、脅威は明白だ」と警鐘を鳴らしました。

4月12日、中国は25機の戦闘機、核を搭載できる爆撃機など計25機を台湾の防空識別圏(ADIZ)に侵入させました。25機は「過去最多」だそうです。これを受け、米民主党のクリス・ドッド前上院議員、リチャード・アーミテージ、ジェームズ・スタインバーグ各元国務副長官が14日、台湾入りしました。

菅首相は、バイデン大統領が就任後、対面で会談した最初の外国首脳になりました。東アジアには北大西洋条約機構(NATO)のような集団防衛の枠組みがないため、アメリカは日本や韓国、台湾とそれぞれ2国間の相互防衛条約を結んでいます。その中でも日本が一番重要だということです。

バイデン大統領は「自由で開かれたインド太平洋」と日米豪印4カ国(クアッド)の要となる日本、そして韓国との連携を確認する方針です。

出所)海上保安庁
出所)海上保安庁

中国海警法が今年2月から施行されましたが、管轄海域や武器使用権があいまいで軍事的な衝突の引き金になりかねないリスクをはらんでいます。中国海警局の船舶による沖縄県・尖閣諸島の接続水域への入域は毎月延べ100隻前後で推移しています。

「人民解放軍は27年の創設100周年までに尖閣の目処をつけたい」

香田洋二・元海上自衛隊自衛艦隊司令官は今年1月、筆者のインタビューに次のような見方を示しました。

「注意を要するのは中国が実効支配する南シナ海のスカボロー礁、それと台湾が実効支配するプラタス(東沙)諸島、もう一つは台湾の金門・馬祖です。金門・馬祖は中国本土と数キロしか離れておらず、飲料水も本土からもらっています。大きなところはスカボロー礁と台湾領のプラタス諸島です」

尖閣諸島については「中国は日本相手に力業は使えないことを理解しています。武力や武器の使用は最後の手段として温存しておき、法律戦で取り込む根拠となるのが海警法です。人民解放軍は2027年の創設100周年までに尖閣諸島について何とか目処をつけたいと考えています」と分析しました。

今年3月、茂木敏充外相、岸信夫防衛相、アメリカのアントニー・ブリンケン国務長官、ロイド・オースティン国防長官が出席して日米安全保障協議委員会(日米「2+2」)が開催されました。4閣僚は台湾海峡の平和と安定の重要性を強調し、香港と新疆ウイグル自治区の人権状況について深刻な懸念を共有しました。

1969年11月、米ワシントンで首脳会談を行った佐藤栄作首相とリチャード・ニクソン大統領(いずれも当時)は共同声明の中で台湾についてこう言及しています。

「大統領は、アメリカの中華民国に対する条約上の(相互防衛)義務に言及し、アメリカはこれを遵守するものであると述べた。総理大臣は、台湾地域における平和と安全の維持も日本の安全にとってきわめて重要な要素であると述べた」

この時、両首脳は1972年中に沖縄の復帰を達成するよう協議を促進することで合意しています。ヘンリー・キッシンジャー国家安全保障問題担当大統領補佐官(同)による1971年の極秘訪中より1年7カ月以上も前で、中国との国交が正常化して以降、日米首脳会談の文書で台湾に言及したことはありません。

バイデン米政権は競争と選択的な協力を強調

米ブルッキングス研究所のミレヤ・ソリス東アジア政策研究センター所長は「バイデン政権は中国との全面的な競争を拒否し、代わりに厳しい競争と選択的な協力を強調している。日本の政策立案者にも好ましい枠組みだ。日米同盟とクアッドを、地域とそれを超えた公共財として活用するのは重要だ」と話しています。

「インド太平洋における日米の緊密な連携は明白だが、ギャップも明らかで慎重な管理が必要だ。日本政府は、香港と新疆ウイグル自治区の人権弾圧を非難するが、制裁は差し控えている。中国に対抗することに前のめりになりすぎて、数年前に始まった中国との関係修復が台無しにならないか懸念する声も日本にはある」

中国共産党機関紙の国際紙、環球時報は「台湾は第一列島線の中心に位置する。中国本土と台湾が再統一されれば、中国の国防最前線は数百キロ前進し、第一列島線が存在しなくなることを意味する。これにより地域の地政学的パターンが変化する」と分析しています。

台湾には半導体生産が集中しています。第一列島線という地政学にとどまらず、半導体のサプライチェーンという経済安全保障からも、香港のように台湾を失うわけにはいきません。台湾を再統一すれば、中国は太平洋に進出する突破口を開くことになります。そうなると日本の安全保障はさらに脅かされます。

菅首相には、目先の中国の揺さぶりや圧力を恐れず、バイデン大統領と水も漏らさぬ結束を固める覚悟が求められています。中国とアメリカを天秤にかけたとたん、民主党の鳩山由紀夫元首相と同じ無残な運命を菅政権も日本もたどることになるでしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事