Yahoo!ニュース

「尖閣で中国は法律戦をしかけてくる。この7年がリトマス試験紙になる」香田元司令官インタビュー(中)

木村正人在英国際ジャーナリスト
尖閣諸島周辺で警戒に当たる海上保安庁の警備船(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]「尖閣諸島(沖縄県)で次の7年、中国は法律戦をしかけてくる」「日本はファイブアイズと同じぐらいの貢献をしている」――中国をにらむバイデン米政権と日米同盟の課題について、香田洋二・元海上自衛隊自衛艦隊司令官に引き続きインタビューした。

――中国は人民解放軍の海軍と海警局と海上民兵をうまく使いながら日本の海上自衛隊と海上保安庁の隙間を狙ってくるのでしょうか

香田氏「隙間というよりも中国には法的な根拠ができています。民主主義国とは異なる自称・法治国家という立場ですから、国家機関が法律に従って業務を遂行するのは当たり前とする言い分です。つまり、中国は“尖閣諸島は自分の領土だ”と言っています」

「海警局の警備船は、相手が軍隊であろうと何であろうと、法律に従って業務(任務遂行)をしなければなりません。その際、尖閣諸島が日本領土として行動する海上保安庁の巡視船が中国海警警備船に抵抗することがあれば、業務の妨害ということでもちろん排除します。その際、武器を使うことが合法化されることになります」

「警告に従わないなら武器を使う。あるいは日本漁船が操業する場合、まず中国領海内ということで警告をする。それでも聞かない場合に武器を使うということは当然あり得るわけです。今回成立した海警法とは別に、2018年に海警局は国家海洋局から最高軍事機関の中央軍事委員会の傘下に入っています。政府機関から軍事機関に変わったのです」

「海警法では中国の管轄海域(領海や排他的経済水域=EEZ)での違法行為に対する取り締まりなどの任務や、その際の武器使用権限が明確にされました。いざというときは軍の指揮下に入ります。そのときは日本も、相手が法執行機関の海警としても、対応基準を上げなければならないでしょう。最も怖いことは、平時に中国が自国の国内法、つまり海警法を根拠に日本の領土に侵攻占拠することです」

「何を言っているか理解に苦しむと思います。侵攻占拠の意味は、海警という海上保安庁と同じ法執行機関が海警法執行という理由で尖閣諸島の占領という国家目標を達成するということです。これはある意味の中国に対してよく言われる法律戦なのです」

「その言い分は次のようなものに類する公算が大です。“尖閣諸島を占領しましたが、これは日本に対する侵略ではありません。法治国家・中国として国内法に従って淡々と国内法、つまり海警法に従った海島の管理業務を遂行しているだけです。日本の海上保安庁がこの業務遂行を妨害するようであれば、これも海警法に基づき、武器を使用して妨害を阻止し、巡視船を排除します”」

「そして”日本政府の主張する尖閣諸島の領有権は、日清戦争以来、日本が一方的に占領してきただけですから、いかなる正当性もありませんし、中国はこれを認めません。逆に、われわれ中国海警は国内法によりわが国領土に対する主権を執行しているだけです”と」

「このような認識と予測に基づく毅然(きぜん)とした対応計画を持っておかなければ、日本としてまともな対応ができず、結果として尖閣諸島を失う事態となることは、今から十分に考え準備しておく必要があるのです」

――海警の船の大きさは自衛艦より大きいというような話が出ていますね

「海警は大中小とり混ぜて多数保有しています。昨年の米国防報告書で中国海警は大型巡視船(1千トン以上)が2010年以降、約60隻から130隻以上に倍増し、世界最大の沿岸警備隊だと指摘しています。当然大きくなるとコストは高くつきますが、荒天時でも現場に長時間留まることができます。大型化と隻数が増えているということですが、その能力は両者の掛け算で効いてきます。見かけ以上に能力は高まっています」

――トランプ前政権からバイデン政権への交代で始まったこれからの10年というのは、東シナ海は最も危険になるというふうに捉えておいた方が良いのでしょうか

「台湾を取り込みたいという大目的の中の東シナ海です。もう一つは南シナ海の九段線の紛争があります。それについても中華人民共和国建国100周年の2049年までには完全解決しておきたいことは明白です。49年までにはすべての領土に関わる対外紛争は中国の望む形で解決しておきたいということです。その大きな要素が九段線であり、プラタス(東沙)諸島を含む台湾であり、尖閣諸島なのです」

「この10年は特に重要な時期になります。アメリカの出方を測るという意味です。しかも、今がバイデン政権への移行時期ということで、アメリカの政策や備えに空白が生じるかもしれません。そこで中国がどうしても知りたいことが、アメリカがどう出るか、つまりバイデン政権の台湾や南シナ海政策ということです」

「中国としても、いきなり台湾に正面衝突の形の侵攻はできません。これは日本の真珠湾攻撃と一緒で、アメリカも間髪を入れず、しかも論議なしで刀を抜く公算が極めて高いと中国は読んでいるでしょう。ということで、そのまえに米中本格衝突というリスクの少ないプラタス諸島やスカボロー諸島、南シナ海の九段線でアメリカの出方あるいは台湾の反応をみるということです」

「尖閣は別格です。海上自衛隊と海上保安庁の能力は突出しています。そして日本は尖閣諸島を死守するぞと常に海上保安庁の巡視船を展開していることは中国も理解しています。中国は口では強がっていますが、尖閣諸島に限って言えば、日本相手の力業(ちからわざ)を軽々には使えないことを理解しています」

「ということで武力や武器の使用は最後の手段として温存しておき、法律戦で尖閣諸島を取り込む根拠となるのが海警法です。手練手管というかありとあらゆる手段を使って建国100周年という大きな区切りの49年よりできるだけ早い時期に領有権問題について中国の意のままに解決をしておきたいということです。この先、特に今後10年程度の間は、そのための布石をいっぱい打ってきます」

「その前段階として21年の今年は二つの意味があります。第一は、中国にとって最大の競争相手で主敵でもあるアメリカの政権交代という非常に不安定な時期ということです。もう一つは中国共産党100周年です。21年は一つの区切りです。27年は人民解放軍創設100周年です。人民解放軍とすればアメリカをにらんだ国家目標達成の槍先になるのは自分たちです。27年までにある程度の目処はつけておきたいというのが組織としての強い思いでしょう」

「人民解放軍としては、東シナ海、九段線とスカボロー礁に絡む南シナ海および台湾をにらんだプラタス諸島、それから一番ややこしい日本に関わる尖閣諸島について27年までには何とか目処をつけたいのです。近い順から言うと今年、27年、49年という節目です。その一里塚といいますか、人民解放軍としては27年までの7年の間に何らかの目処をつけたいということです」

「まさにこの7年が大きなリトマス試験紙になる。アメリカの出方を測る、日米の動きを見る、日米豪印(QUAD)の動きをみる、あるいは北大西洋条約機構(NATO)を含めた動きをみるという意味で重要な7年間ということになるのは間違いありません」

――ジョー・バイデン大統領の当選が確実になって菅義偉首相が祝福の電話を入れると、バイデン氏の方から尖閣に日米安保条約の5条を適用するという発言が改めてありました

「アメリカと中国も現在の経済戦争で“完全手切れ”とせずに、パイプの太い細いはありますが、経済関係や安全保障関係など、いろいろな関わりを維持しています。また、日本はアメリカの同盟国ですけれども、わが国もアメリカとは違う日中関係があります」

「その中で、日本の一番の心配はやはり安全保障の問題としての尖閣諸島だということをアメリカはよく理解しています。尖閣諸島について頻繁にアメリカに言う必要はないのでしょうが、アメリカの政権交代や国務長官等の訪日の機会を捉えて『今までの政権と変わりません』ということをリアファームしてショーアップしたいのだと考えます」

――バイデン政権が日本の安倍晋三前首相が主導してきた「自由で開かれたインド太平洋」というキャッチフレーズを「安全と繁栄」に言い換えましたね

「これは、まだ国務省、国防総省のポリティカルアポインティーも決まっていない段階の話です。おそらくバイデン政権移行チームのスタッフレベルでいろいろ考えたことでしょう。同じ言葉を使わなかったという意味で、日本は注視するのは当然ですが、この発言用語の違いで今まで日米が打ち立ててきた、俗人的に言えばトランプ大統領と安倍首相が築き上げてきた成果の“ちゃぶ台返し”と捉える必要はありません。そう捉えるのは誤りだと思います」

「中国にとってはどちらの用語にしても嫌なはず。バイデン政権も発足しましたし、国務省も国防総省もバイデン大統領の意向を受けて機能し始めるはずです。まさにこれから、あの用語の意味は何なのか、あるいは日米がどのように考え方を整理し整合させるのかということについて、両国できちんと話し合い、確認すれば良いと思います」

「一部のバイデン大統領の対中政策に不安を持つ人たちの心配が、この“用語の言い換え”を相当に気にする結果となったのかもしれません。あるいは逆で、日本の左翼の親中派の人たちが、アメリカと日本は食い違っているぞ、それ見たことかということで取り上げたという可能性もあります」

「しかし実利的にはさほど大きな差はありません。まあニュアンスの差は相当あるということも理解できますが、少なくともこれは“ちゃぶ台返し”ではないのです。日米の考え方の整合について、今から機能し始めるバイデン政権と日本の菅政権間でしっかりやっていくことは重要です」

――日本には6千以上の島嶼があります。それらが持つ中国に対する戦略上の意味というのはどう考えておいたら良いのでしょう

「中国は経済力も伸びていますし、英コンサルタントの一つは28年までにアメリカを追い越すと言っています。一つの見方でしょうけれども。海空軍力もどんどん伸ばしているわけです。しかし中国にもアキレス腱があります。中国は包囲を嫌いますが、地理的にすでに包囲されています。ベトナムからカンボジア、タイを経てマレー半島、シンガポール、マレーシア島嶼部、ブルネイ、インドネシアそしてフィリピンを挟んで台湾、日本でしょう」

「中国は実はいくら海軍を強くしようと空軍を強くしようと、その外で活動するためには必ずここのどこかの海峡を通らなければなりません。これらの国は中国のコントロール下にない独立国です。そこにある海峡の通峡、特に有事の通峡は簡単なようで実は非常に難しい問題です」

「平時には、皮肉ですが、中国がよく破る航行の自由原則に基づいて、中国も自由に航海できます。中国はアメリカの航行の自由原則に対して強く反対し、非常に強く怒りますが、自分はその恩恵を受けているわけです。しかし危機から有事になるとそれらの海峡は自由に航行できなくなります」

「そういう意味で日本を起点にした、東シナ海と南シナ海を取り囲む列島線の意味は大きいのです。中国は台湾を取り込む際に生起する中台武力紛争において、台湾の増援に駆け付けるアメリカ軍と大きな間合いをとった遠めの海域で戦おうとすれば、中国海空軍はいま述べた海峡を通らなければ外に出られません。こればかりはいかに強大な中国でもどうしようもない天然地形なのです。要するに、中国は国際法に反してサンゴ礁を埋め立てることはできても、島の位置は変えられないのです」

「これはアメリカと日本、特に自衛隊にとって、自らの能力をはるかに高くカバーをする神様の贈り物に等しいものなのです。この意義があるからこそ台湾もフィリピンもものすごく重要になるのです。ですから、これは南シナ海の内側の問題でなく、もちろんそれも重要ですが、南シナ海を取り囲む島嶼列島の価値なのです。そして、この価値の有効利用という意味での日米豪印の協力の重要性が生じるのです」

「中国としては、そこは非常に嫌ですし、単に中国がどこかの島を取るとか取らないとかの話ではなく、自分たちのコントロールが及ばない海峡という問題があるのです。そうはいっても南シナ海は“力づく”で押し通すこともできるかもしれませんが、東シナ海については日本相手だけに中国も手が出しにくいのです。この島嶼列島線の要となる台湾は、この意味で非常に重要なのです」

「中国はそのリスクを理解するからこそ、フィリピンからシンガポール、マレーシア、タイ、インドネシアに対しては、ASEAN(東南アジア諸国連合)の独立国として尊重しながら、密かに影響力を強めようとしています。しかし最近の中国の独善的な行動は、かえってそれらの警戒心を強める結果となり、中国の狙いとは反対に中国から遠ざかっています」

――中国のワクチン外交についてはどう思われますか

「おそらく中国は自国製のワクチンを安く提供していると思います。しかしあくまで一時的なことです。国家の大戦略を考えるときにそれがどうなるかということです。一過性の効果はもちろんあるでしょう。ワクチンよりも深くて太いドイツとの経済関係がよほど長続きしています。アンゲラ・メルケル独首相は民主主義国の中では人権に厳しく、中国とは価値観が異なりますが、やはり経済的な結び付きが非常に強いという意味で、独中関係の永続性があるのです」

「ワクチン外交は一過性のものとは言え、われわれの注意は必要です。しかしワクチンの安全性はどうなのか。西側標準でやっているのか。アメリカやイギリスのワクチンと競争するために検査のある部分をショートカットすることにより安全性を認めていることはないのか。これらについて情報公開しない国の実情は分かりません。やはりそこの不安は残っています」

――ドイツが英空母打撃群のNATOとしての東方遠征に加わるというお話がありましたが、ドイツ国内に政治的な路線対立があったのでしょうか

「一番の問題は無警戒に中国との経済関係を強化すること、あるいはしてきたことの怖さです。例えばドイツだけしか持ってない技術の会社を買収しようとしたり、人工衛星を作っている会社を買収しようとしたりして大きな問題になりました。中国の14億人市場でフォルクスワーゲンの車は売れています。ベンツやアウディ、トヨタのレクサスのような高級車はどんどん売れています。つまり市場価値はけた外れに大きいのです」

「ドイツは今まで中国はそういうあくどいことをしない国だと思っていたら、特にここ5年ぐらい相当独善的な色、挑戦的な色が濃くなってきたと感じているはずです。経済力で自信をつけた中国も、小さなことは気にせずにどんどん買収などを強引にやりだしたのです。そこでドイツにも危機感と不安感が出てきたのだと思います」

「中国ではとにかくやたら売れるし市場価値もある。しかし、これは気をつけないと、ということで、アメリカやイギリスと同じ立ち位置に下がりました。メルケル首相も今の中国は自分の想像していた中国と違うぞということで、最近は少し態度を変えて、違うやり方を始めたようです」

「中国はこの5年間で目立ってきた軍事力と経済力の成長に比例するように凶暴性を増してきました。その結果、それまで中国に近かった国を遠ざけ、中国の孤立が深まっています。経済成長と軍事成長に反比例して孤立が深まっているのが現状です」

――ファイブアイズ(英米系の電子スパイ同盟)プラスということで日本、韓国、インドという声が出ているようですけれども、日本はどういう形で参加していくのでしょう

「ボリス・ジョンソン英首相は前向きなことを言われていますが、やはりアメリカやオーストラリアの現場の声を聞く範囲では、ボリス発言は筋論としては理解できるものの実行できますかという疑問に収斂(しゅうれん)します。例えば三沢基地にあった米軍の情報収集を日本に任せるということですが、あれは第二次大戦直後の技術で作ったシステムですので、今の通信とかデジタル技術の世界ではもう不要になって他のもので代替できるということです。その理由で、アメリカは日本に譲らず廃棄しています」

「ファイブアイズに入った暁にはファイブアイズの国と同じ行動ができなければなりません。それは日本の憲法の制約上、すべての行動ができることはありません。それから秘密保護の体制が日本ははるかに甘い。国会には秘密委員会もない。筋論としてジョンソン首相の言うことは正しいし、日本でもある人たちが非常に熱望していますが、現実的にはまだまだ道は遠いと私は思います」

「もっと重要なのは実は日本はファイブアイズと同じぐらいの情報貢献を自由世界にしています。地理的にロシアや中国に近い分だけ情報面ではファイブアイズの国ができない貢献をしているということです。ファイブアイズがすべてではありません。それは日本人が知らないだけで、日本の情報機関、そこにスパイはいませんが、地理的に近いがゆえに収集できる多くの質の高い情報があるのです」

「今の時代、衛星もありますし、24時間365日座って情報収集している人たちの情報は、昔ほどたくさんはないかもしれないものの、価値として高く、貴重な情報はかなりあると言われています。それで日米、日英、日本とファイブアイズの国やNATOをしっかりと接着するという貢献をしていることを理解する必要があります」

「要するにファイブアイズに加わるというのは形式的なことです。それより、もっと重要な貢献を日本ができるし、しているのです。その能力を向上したうえで、日本の貢献をさらに強調すれば日本の存在価値は高まるという理解が必要になると思います。詳しくは言えませんが、そういう専門家や組織が日本にもいるということです」

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事