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どうなるトヨタのハイブリッド車「英・緑の産業革命」10年後にガソリン・ディーゼル車の新車販売禁止 

木村正人在英国際ジャーナリスト
英国の「グリーン産業革命」でトヨタ自動車のハイブリッド車はどうなる(写真:ロイター/アフロ)

2040年販売禁止を10年前倒し

[ロンドン発]地球温暖化対策で「2050年排出ゼロ」を掲げるボリス・ジョンソン英首相は「グリーン産業革命」を策定、2030年以降、ガソリン車とディーゼル車の新車販売を禁止する方針を打ち出しました。イギリスに進出するトヨタ自動車が主力にするハイブリッド車の新車販売も2035年には禁止されます。

英政府はこれまで2040年の販売禁止を目標にしてきましたが、5~10年前倒しにしました。輸送はイギリスの排出量の約3分の1を占めるため、今回の前倒しは大きなインパクトを持っています。フランスとスペインは2040年、アイルランドとオランダは2030年、ノルウェーは2025年を目標に掲げています。

欧州連合(EU)からの「合意なき離脱」を唱えるジョンソン首相はロンドン市長時代、市営レンタル自転車(通称ボリスバイク)を設置した環境派です。市内に750カ所以上の自転車置き場を設け、1万1500台を運用。30分間の利用料金は2ポンド(276円)。年間の会員料金90ポンド(約1万2400円)。

初年度の2010年は218万回利用され、昨年は約4.7倍の1017万回にまで伸びました。

今年の第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)はスコットランドで開かれる予定でしたが、新型コロナウイルスの大流行で1年延期。ホスト国として「2050年排出ゼロ」を主導するため、最大25万人の雇用を支える「グリーン産業革命」に120億ポンド(約1兆6600億円)の予算を組みました。

しかし新たに追加されたのは40億ポンド(約5500億円)だけです。

側近のEU強硬離脱派ドミニク・カミングズ首席顧問とリー・ケイン首相官邸広報部長を更迭したジョンソン首相は「グリーン産業革命」をぶち上げることで最大野党・労働党に逆転を許した支持率の回復を目論んでいるのでしょう。とりあえず「グリーン産業革命」の10ポイントを見ておきましょう。

(1)洋上風力

すべての家庭に電力を供給するのに洋上風力を利用。2030年までに洋上風力の発電量を4倍にして40ギガワットにして最大6万人の雇用をサポートする。

(2)水素

2030年までに5ギガワットの低炭素の水素製造能力をつくる。この10年で暖房をすべて水素でまかなう最初の町を開発する。最大5億ポンド(約690億円)。

(3)原子力

クリーンエネルギー源として原子力を推進。1万人の雇用を支えられる次世代の小型原子炉を開発する。5億2500万ポンド(約725億円)。

(4)電気自動車(EV)

2030年までにガソリン車とディーゼル車の新車販売を禁止(これまでの計画を10年前倒し)。ハイブリッド車は2035年に新車販売禁止。国家インフラを変革してEVをより適切に支援。イギリスはG7(先進7カ国)の中で道路輸送を脱炭素化する最初の国になる。

・充電ポイントなどインフラ整備に13億ポンド(約1800億円)

・ゼロ・超低排出ガス車を購入する人への助成金5億8200万ポンド(約800億円)

・EV用バッテリーの開発・大量生産のために今後4年間で約5億ポンド(約690億円)

(5)公共交通機関、サイクリング、ウォーキング

サイクリングとウォーキングをより魅力的にし、排出ゼロの公共交通機関に投資する。

(6)排出ゼロの飛行機と船の研究プロジェクトを支援

2千万ポンド(約27億6千万円)。

(7)住宅と公共の建物

建物をより環境に優しく、より暖かく、よりエネルギー効率の高いものにする。2030年までに5万人の雇用を創出。2028年までに毎年60万台のヒートポンプを設置。10億ポンド(約1380億円)。

(8)二酸化炭素回収・貯留

有害な排出物を大気から回収して貯蔵。2030年までに10メガトンの二酸化炭素を除去。総額10億ポンド(約1380億円)。

(9)自然

自然環境の保護と回復。毎年3万ヘクタールの植樹。数千人の雇用の創出と維持。

(10)イノベーションと金融

グリーン計画に必要な技術を開発し、ロンドン市をグリーン金融のグローバルセンターにする。

生産台数が激減する英自動車業界

現在イギリスのEVは全体の1%未満のため、これから膨大な投資が必要となります。

イギリスの自動車生産台数はEU離脱が決定する前は年間200万台を目指していました。しかし中国での販売減少、ドイツの自動車メーカー・フォルクスワーゲン(VW)のデータ改ざん事件でディーゼル車の売れ行きが激減、EU離脱の不確実性、コロナ危機がそこに拍車をかけ、94万8317台にまで落ち込んでいます。

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英自動車製造販売者協会(SMMT)マイク・ホーズ最高経営責任者は筆者の取材に「道路輸送の脱炭素化における政府の野心を共有し、実現に取り組んでいる。メーカーは排出ゼロ車への移行のため数十億ドルを投資してきた」とのコメントを出しました。

「政府がハイブリッド移行技術の重要性を受け入れ、購入インセンティブへの追加支出を約束したことをうれしく思う。EV生産への投資も同様に歓迎される。私たちはイギリスでの生産を望んでいる。業界および市場として競争力を維持するためにはこれは必要なものの始まりにすぎない」

「消費者がこれらの新しいテクノロジーを購入できること、モビリティのニーズに応えられること、特に重要なのは燃料を補給するのと同じぐらい簡単に充電できることにかかっている。この計画は社会全体に利益をもたらし、英自動車産業の生産と雇用を保護する迅速な移行が求められる」

夢見るのは得意でもNASAを構築するのは苦手な英首相

イギリスの自動車産業に詳しい英バーミンガム大学のデービッド・ベイリー教授は筆者の取材にこう答えました。

「プラグインハイブリッド(PHEV)について政府がこれまで何回、3ポイントターンを行ったかを考えると、2035年にすべて新車販売が禁止されるのか一部であるか現時点では明確ではない。当初の2040年新車販売禁止方針ではPHEVは含まれていなかったが、あとで含まれた」

「2030年ガソリン車・ディーゼル車の新車販売禁止は達成するのが難しい目標だが、現在、政府の政策はバラバラだ。政府の一部はEVへの移行を奨励してきたが、財務省はEVへの補助金を時期尚早に削減した。2020年は欧州でのEV採用ゼロ年だ」

「EVの初期コストは依然として高いままだ。バッテリーのコストは2023~2034年ごろに転換点が訪れる可能性がある。イギリスは超高速充電インフラ整備で遅れをとっており、ノルウェーから税控除などの支援策を学ぶ必要がある。ノルウェーの新車販売の約50%はここ数カ月、EVだ」

「イギリスで大規模かつ安価なバッテリーを製造するためギガファクトリーを設置することが急務だ。イギリス最大のバッテリー工場はサンダーランドにある2ギガワット時の工場施設だが、欧州大陸の主要センターの製造能力は2026年までに年間130ギガワット時に達する」

「ドイツにはバッテリー生産のための10億ユーロ(約1200億円)の支援プログラムがあり、ポーランドとハンガリーはバッテリー生産のための税控除を提供する経済特区を設置した。イギリスも同様のことを考える必要がある。しかしジョンソン首相はムーンショット(壮大な挑戦)を夢見るのは得意だが、米航空宇宙局(NASA)を構築するのは苦手のようだ」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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