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中国封じ込めは日本の菅首相を中心に回り始めた 日米同盟を補強する「ヨシ・スコモ」の日豪関係

木村正人在英国際ジャーナリスト
肘タッチする菅義偉首相と来日したオーストラリアのスコット・モリソン首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

「ヨシ、私のことをスコモと呼んで」

[ロンドン発]「ヨシ、私のことをスコモと呼んで」――菅義偉首相は17日、来日中のオーストラリアのスコット・モリソン首相と首相官邸で会談し、安全保障・防衛協力や経済の分野で協力関係を強化する日豪首脳共同声明に署名しました。菅首相が就任後、最初に電話会談した首脳もモリソン首相でした。

菅首相は記者発表で「自由、民主主義、人権、法の支配など基本的価値と戦略的利益を共有する『特別な戦略的パートナー』の日豪は『自由で開かれたインド太平洋』の実現に向け取り組んでいく。地域の平和と安定に貢献する意思と能力を有する日豪の安全保障、防衛協力の重要性が高まっている」と強調しました。

その上で自衛隊とオーストラリア軍の共同運用と演習を円滑にする「日豪円滑化協定」締結で大枠合意したことを明らかにしました。10月の日豪防衛相会談では自衛隊が他国の艦艇などを守る「武器等防護」の対象に豪軍も加える方向で調整を始めることを確認しています。

経済分野では東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の早期発効に向け日豪で緊密に連携して主導的な役割を果たし、環太平洋経済連携協定(TPP11)拡大に向け引き続き協力していくことを確認しました。中国の横暴を抑えるためには小人が無数の糸で巨人ガリバーを縛り付けたように協力の輪を広げていく必要があります。

アメリカと中国の間で揺れたオーストラリア

オーストラリアの外交・安全保障政策の柱は対米同盟の太平洋安全保障(ANZUS)条約で、アングロサクソン電子スパイ同盟「ファイブアイズ」にも加わっています。その一方で、中国の奇跡的な経済成長とともに中国との通商関係や交流を深めてきました。

豪統計局の2019~20年データをもとに鉄鉱石など資源国オーストラリアの対中貿易を見てみました。輸出では中国が何と4割近くを占めています。

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輸入でも携帯電話など通信・音響機器、パソコン、洗濯機、ドライヤーなど中国は27%を占めています。

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そして対中貿易は下のグラフのように増えています。

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ジョン・ハワード政権(1996~2007年)が終わったあと、オーストラリアの外交方針は米中の間で揺れ動きます。中国共産党の狙いは言うまでもなく米豪分断。しかし中国の意に反してチベット自治区や新疆ウイグル自治区の人権問題、南シナ海の海洋進出を巡り中国とオーストラリアの距離は開き始めます。

最近のオーストラリアの対中政策を見ておきましょう。バラク・オバマ政権(2009~17年)が「アジア回帰政策」に舵を切ってからオーストラリアの対中外交もアメリカと足並みをそろえるようになりました。

最近のオーストリアと中国の間の出来事

2017年5月、オーストラリア保安諜報機関(ASIO)が外国(中国との名指しは避ける)の諜報活動と干渉は前代未聞の規模に達していると警告

17年6月、豪国営放送局ABCが、中国共産党がオーストラリア社会に浸透し、国論を誘導しようとしているとのドキュメンタリーを放送

17年12月、政府機密の漏洩や重要インフラの破壊、脅迫や強要、外国勢力による民主主義への干渉を防ぐ一連の外国干渉規制法案を議会に提出

18年4月、豪海軍の艦艇が南シナ海で中国海軍艦艇に接近される

18年5月、豪産ワインの中国での通関遅れる

18年8月、豪政府が次世代通信規格5Gネットワーク参入に関し中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)とZTEを世界で初めて排除

19年1月、中国当局が中国系オーストラリア人作家、楊恒均(ヤン・ヘンジュン)氏をスパイ容疑で拘束

19年2月、中国・大連港が豪産石炭輸入を停止

19年3月、中国のスパイグループが100万豪ドルを提供して5月のオーストラリア連邦議会選に高級車ディーラーの中国系男性を立候補させようとしていた疑惑が発覚。男性は遺体で見つかる

20年4月、豪政府が新型コロナウイルスの発生源の調査求める。中国は激怒

20年5月、中国が「検疫上の理由」で豪産食肉の輸入を停止。豪産大麦の価格が不当に安いとして80.5%の追加関税

20年8月、中国が豪産ワインの反ダンピング(不当廉売)調査

20年9月、中国警察当局の事情聴取を受けたオーストラリア人ジャーナリスト2人が帰国

20年10月、中国が豪産綿花の利用中止求める

「オープンな世界経済を構築する」という言葉の現実

中国共産党はチベット自治区や新疆ウイグル自治区、香港、台湾、南シナ海や東シナ海の主権や領土保全など「核心的利益」を守るためには武力行使も辞さない姿勢を鮮明にしています。その一方で、貿易や投資などあらゆる手段を使って揺さぶりをかけ、中国共産党の主張が世界中に広まるように誘導しています。

中国の習近平国家主席は上海での中国国際輸入博覧会で「一国主義や保護貿易主義が国際秩序と国際ルールを損なうことを許してはならない。世界貿易機関(WTO)を基盤とする多国間貿易システムを保護し、グローバル経済ガバナンスのルールを改善し、オープンな世界経済を構築する必要がある」と訴えました。

しかし中国当局は豪産ワイン、ロブスター、砂糖、石炭、木材、大麦、銅の輸入を巡り、オーストラリア政府に揺さぶりをかけ、心理戦に持ち込んでいます。輸入を停止するのかしないのか不確実な状況を意識的に作り出し、相手国を精神的に追い込んでいくのです。

中国はオーストラリアと自由貿易協定(FTA)を結んでいるにもかかわらず、豪産ワインが適正価格を下回って販売されているというダンピングの証拠が見つかれば202.7%の“懲罰関税”を課すと脅しています。中豪関係の悪化で、中国の対オーストラリア投資も急激に冷え込んでいます。

英紙ガーディアンによると、2016年のピーク時にオーストラリアへの中国の投資は158億豪ドルにのぼりました。しかし18年には48億豪ドル、19年には25億豪ドル(対前年比47%減)にまで落ち込んでいます。中国の投資もオーストラリアへの報復として使われた格好です。

こうした中国の横暴を許さないためにも、菅首相はオーストラリアとの連携を強め、米大統領選で当選した民主党のジョー・バイデン前副大統領を巻き込んで日米同盟を深化させていかなければなりません。巨人・中国を動けなくするクモの巣の中心にいるのは紛れもなく日本なのです。

オーストラリアは新型コロナウイルス・パンデミックで渡航を厳しく制限しており、モリソン首相も帰国後14日間は隔離されます。それにもかかわらず来日したのは「自由で開かれたインド太平洋」ではなく「インド太平洋地域の安全と繁栄」という言葉を使うバイデン氏への不安もあるのでしょう。

アメリカを巻き込むためには日米豪印4カ国のうち日豪の連携を確かめる必要があったようです。

【QUAD】

安倍晋三前首相が第1次政権下の2007年に提唱した日米豪印4カ国の「安全保障ダイヤモンド」は今や「QUAD(4カ国)」と呼ばれるまでになった。10月6日に2回目の日米豪印外相会合が開かれ、年1回の定例化が決まる。イギリスが加わる可能性も。

【TPP11(環太平洋経済連携協定)】

オーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、日本、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、シンガポール、ベトナム。欧州連合(EU)を離脱するイギリスが加盟に意欲を見せ、アメリカが政権交代で復帰する可能性も。

【ファイブアイズ】

アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドのアングロサクソン5カ国による電子スパイ同盟。日本、韓国、インドとの情報協力を強化する案が浮上。

【T12】

技術的に進んだ民主主義国家連合。イギリス、フランス、ドイツ、カナダ、韓国、オーストラリア、インド、スウェーデン、フィンランド、イスラエル、アメリカ、日本。例えば5G対策で共通の立場を考え出すフォーラムになる。

【D10】

G7にインド、オーストラリア、韓国を加える。貿易や投資を武器化した中国の横暴に対応。

(おわり)

参考:「『炭鉱のカナリア』オーストラリアの対中対応」福嶋輝彦・防衛大学校教授著

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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