Yahoo!ニュース

「ホワイトハウスを不動産取引にした男」前駐米英国大使はトランプ政権をどう見たか

木村正人在英国際ジャーナリスト
トランプ大統領を支持するジョージア州議会議員(写真:ロイター/アフロ)

回想録のタイトルは『コラテラル・ダメージ』

[ロンドン発]昨年7月、ドナルド・トランプ米大統領について「スキャンダルまみれ。クラッシュして炎上する恐れがある」「政権は無能で安全ではない」と本国に打電した外交公電が漏洩し、辞任に追い込まれたキム・ダロック前駐米英国大使の回想録が今月17日に出版されます。

タイトルは『コラテラル・ダメージ(巻き添え被害、同士討ち):トランプ時代のイギリス、アメリカ、欧州』。その要旨が英高級日曜紙サンデー・タイムズに2ページ見開きで掲載されました。11月に迫った米大統領選で苦戦が続くトランプ大統領には新たな打撃になります。

昨年7月に漏れた外交公電には「トランプ政権が正常化するとも、機能を取り戻すとも、予測可能になるとも、内部対立が収まるとも、外交的で適切になるとも全く信じていない」「トランプ氏は『危険なロシア人』の恩恵を受けている」と辛辣な言葉が並べられていました。

トランプ大統領は「ダロック大使はアメリカでは好かれていないし、良くも思われていない。われわれはもう彼のことを相手にしない」と怒りを爆発させたのに対し、ボリス・ジョンソン英首相(当時は保守党党首選候補)が擁護しなかったため、ダロック大使は即座に辞任しました。

「トランプは共和党の敵対的買収に成功した」

回想録でもトランプ大統領は滅多斬(めったぎ)りにされています。ポイントをみておきましょう。

・ドナルド・トランプのような大統領は近現代史には見当たらないし、金輪際現れないかもしれない。

・トランプ大統領と彼のチームは共和党の敵対的買収に成功した。しかし上級スタッフの中に政府で務めた経験のある人物は1人もいなかった。

・彼らは経験不足を心配するどころか喜んでいた。どのようにすべきかという経験者のアドバイスを非常に疑った。彼らは誰を雇うかさえ知らなかった。

・政治任命されるスタッフは約4000人で、そのうち約1200人は上院の承認が必要。忠誠心が優先された。誰も彼が勝つとは思っていなかった頃からトランプ氏を支持していた少数の共和党員が要職についたが、多くのポストは埋められなかった。

・就任後わずか2年半の間に、3人目の国家安全保障担当大統領補佐官、3人目の首席補佐官、5人目のホワイトハウス広報部長、3人目のホワイトハウス報道官、および4人目の国土安全保障長官が就任。一部のポストは「代行」が長期にわたって務めた。国防長官、国土安全保障長官および司法長官のような役職でさえも。

「トランプ政権はクモの巣状」

・通常官僚制はピラミッド型だが、トランプ政権はクモの巣状。トランプ氏が中心にいて高官が直接報告する。彼はトランプ流のフラットマネジメントでホワイトハウスを運営したかった。

・2017年1月にテリーザ・メイ首相(当時)が訪米した時、アメリカ側は誰も記録していなかった。アメリカ側の全員が特別または上級アドバイザーのように見えた。おそらく議事録は隣の部屋でつくられていた。

・首脳会談でトランプ氏は整然と作業するより会話を望んだ。より自由でエピソードが豊富なほど良かった。不動産取引では売買する物件は目に見えるが、政府の仕事は目には見えないことを理解していないようだった。

・マイケル・フリン国家安全保障問題担当大統領補佐官とスティーブン・バノン首席戦略官(いずれも当時)以外は特別に要請されない限り発言しなかった。

「グローバリストとナショナリストの戦争」

・グローバリストとナショナリストの間で“ホワイトハウス戦争”が勃発していた。本質的にはニューヨークの民主党員であるジャレッド・クシュナー氏(娘のイバンカさんの夫)とオルタナ右翼の担い手バノン氏の意見が一致することはほとんどなかったに違いない。

・クシュナー氏には決定的な利点があった。バノン氏と違って、クシュナー氏は家族であり解雇できない。ホワイトハウスは2つの陣営に分かれ、戦争を繰り広げた。そして全てが漏洩した。相手陣営を後ろから刺すブリーフィングは非常に豊富だった。

・バノン氏はトランプ氏が米大統領選に勝ったことでフランスの「国民戦線(現国民連合)」、「ドイツのための選択肢」といったポピュリストがいかに欧州の主要政党を打ち負かすかについて語った。グローバリストとの戦争をどう戦うのか尋ねると「私はナイフで戦える。グローバリストにそれができるか」と答えた。

・毎日のブリーフィングの代わりの1つがトランプ氏のツイート。直接、即時、フィルターなしが彼の好み。トランプ氏は批判者に対する攻撃兵器としてもツイッターを利用した。

・トランプ氏のツイートには2つのモードがある。ホワイトハウスでの執務時間中、スタッフが回りにいた時、彼と政府が何をしていたかについてツイートする傾向があった。しかし夜遅く、または朝の早い時間に彼が独りでいた時のツイートは純粋に生のトランプ氏。彼のツイートの量と口調から彼がどれほど怒っているのかを測定することができた。

早起きのトランプ大統領にナゾの「執務時間」

・トランプ氏は正式な会議の日程でいっぱいになることを望んでいなかった。

・スケジュールが埋められた計約500時間のうちトランプ氏が会議に費やしたのは77時間。旅行に51時間。イベントに38時間。昼食が39時間。「執務時間」と呼ばれる時間が297時間。

・トランプ氏は早起きだった。午前6時前に起床したが、通常、午前11時前に大統領執務室に到着することはなかった。朝はニュースチャンネルを見て新聞を読み、ホワイトハウスのスタッフだけでなく議会のメンバー、メディア、ビジネス、芸能界、ゴルフの友達に電話をかけた。

・「執務時間」は「隠された会議」に使用された。2018年の中間選挙の翌日、トランプ氏は首席補佐官と30分の会議を1回行っただけで、「執務時間」は7時間に及んだ。

「トランプ氏は毎日白紙から始めた」

・ロンドンへの報告ではこれまでとは非常に異なるトランプ大統領のホワイトハウスを伝えようとした。トランプ氏が出演した人気視聴者参加番組「アプレンティス(実習生)」のように毎週起きる解雇、「ゲーム・オブ・スローンズ」のような封建制度、メディアとの戦争、永続的な予測不可能性。

・重大な決定が下される前に従来のレベルのやり取りや協議を期待すべきではないことをロンドンに警告した。トランプ氏はいったん立場を決めたら、すぐにそれを求めた。

・これによってイギリスの首相は米大統領に電話をかけることがより重要になった。トランプ氏が何を考えているのか、決心する前に彼をつかまえることが重要だった。

・トランプ氏は毎日白紙から始めた。サイコロを転がし、どこに落ちるかを確認し、予期せぬ結果に対処する。

・私の経験では外交政策の決定は通常、最も悪くないオプションを選択することだった。

・しかしトランプ氏のアプローチは「私の本能はこうだ。何が起こるかやってみよう」というものだ。土地を買って建物を売却し、サイコロを振ってみる。

・私がワシントンを離れた時、トランプ氏はまだ大統領で、みんなから尊敬されていたわけではないが、再選する見通しはあった。

(筆者)日本の安倍晋三首相は4年前、トランプ氏の当選が決まったとたん、トランプタワーを訪れて懇談し、個人的な人間関係を築きました。ゴルフ会談も多く行い、トランプ大統領と打ち解けたのは大成功でした。トランプ大統領が現在の形勢を大逆転して再選したら次の首相は誰になっても相当大変でしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事