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米民主党の副大統領候補カマラ・ハリスは十分に黒人なのか アメリカを縛る黒い「血の一滴」の呪い

木村正人在英国際ジャーナリスト
米民主党の副大統領候補カマラ・ハリス氏(写真:ロイター/アフロ)

ミシェル夫人「トランプは不適格な大統領だ」

[ロンドン発]11月に迫る米大統領選を前に、民主党候補のジョー・バイデン前副大統領が副大統領候補に選んだカマラ・ハリス上院議員(55)=カリフォルニア州選出。女性で、しかも「黒人」の副大統領が誕生すればアメリカ史上初になることから旋風を巻き起こしています。

新型コロナウイルスの被害がアメリカで収まらない中、17日、民主党の全国党大会が全米をオンラインで結ぶ形で始まりました。ミシェル・オバマ前大統領夫人は「ドナルド・トランプは私たちの国にとって不適格な大統領だ」と厳しく批判しました。

「彼は自分の任務を果たす十分過ぎる時間があったのに、困難から抜け出せないのは明らかだ。彼は私たちにとって必要な人物ではない。単純にそれだけだ」。実はバイデン氏は副大統領候補として先にミシェル夫人に秋波を送りましたが、一蹴されたようです。

白人警官による黒人暴行死事件に端を発した差別撤廃運動「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切だ)」も世界中に衝撃を広げました。

インド出身の母とジャマイカ出身の父を持つハリス氏を多くの米メディアは「黒人」と表現します。彼女の“黒人度”がこれまでに何度もメディアの俎上に乗せられました。

米ニューヨークで1年2カ月、イギリスのロンドンで13年1カ月暮らしてきた筆者の感覚ではハリス氏は「ミックスト・レイス(混血)」。やたら「黒人」と肌の色が強調されることには違和感を覚えます。イギリスにはインド系移民が多いこともあります。

黒い「血の一滴」ルール

アメリカではドナルド・トランプ大統領が当選した2016年の米大統領選以降、人種や民族に強烈なスポットライトが当てられるようになり、「ブラック」という肌の色が先鋭的な対立軸になりました。

南北戦争を経て1865年に合衆国憲法修正第13条が成立、400万人の黒人奴隷が解放されたあとも、南部の州ではジム・クロウ法で人種隔離政策がとられました。過酷な歴史が刻まれた「黒い血」が一滴でも流れていればアメリカでは「黒人」に分類されてきた暗い歴史があります。

これが「血の一滴ルール」です。外見は白人でも祖先に黒人奴隷がいれば「黒人」でした。1970年のルイジアナ州法では32分の1でも黒人の血が流れていれば「有色(黒人)」と定められていました。つまり5代さかのぼって黒人の祖先が1人でもいれば「黒人」というわけです。

アメリカの国勢調査では1960年まで自分で自分の人種を選ぶことはできませんでした。しかし2000年から自分のアイデンティティーを示す人種を複数選ぶことができるようになりました。2020年から白人や黒人を選んだ人は、さらに細かく自分のルーツを選べるようになっています。

にもかかわらずメディアは、トランプ大統領が漂わせる白人男性至上主義の体臭と、それに対抗する形で出てきた「ブラック・ライブズ・マター」のようなブラック・ムーブメントの中で、多様なアイデンティティーを白と黒に二分してしまう傾向が強まってしまったのです。

ハリス氏の黒人支持率はウォーレン氏を下回っていた

民主党の副大統領候補になったハリス氏は、人種・性別・年齢でもバイデン氏やトランプ大統領とは真逆のアイデンティティーを持っています。

しかしこれまでの民主党予備選におけるハリス氏の黒人支持率は意外にもふるいませんでした。サウス・カロライナ州の民主党予備選について昨年11月、クイニピアック大学が実施した世論調査で黒人の支持率は次の通りでした。

バイデン氏 44%

バーニー・サンダース上院議員 10%

エリザベス・ウォーレン上院議員 8%

ハリス氏(黒人) 6%

コリー・ブッカー上院議員(黒人) 2%

米データインテリジェンス会社モーニング・コンサルトが同年10月下旬に行った世論調査で「おそらく投票に行く」と答えた黒人有権者の各候補者に対する支持率は下の表のようになりました。

モーニング・コンサルトのデータをもとに筆者作成
モーニング・コンサルトのデータをもとに筆者作成

「黒人」候補者のハリス、ブッカー両氏の支持率は白人高齢者のバイデン、サンダース両氏に遠く及ばず、ウォーレン氏も下回っています。若い「黒人」ミレニアル世代がサンダース氏を支持しているのに対し、それ以外は圧倒的にバイデン氏支持です。

これを理由にインド系の母を持つハリス氏が十分に黒人でないからだとあげつらう人がいます。インド系なら「優秀で働き者」と評価され、黒人ほど苦労せずにキャリアの階段をのぼれただろというわけです。

これに対してハリス氏は全米屈指の名門黒人大学ハワード大学やオークランドで黒人文化にどっぷり浸かって育ったと自らの“黒人度”をアピールしなければなりませんでした。

しかし黒人候補者が必ずしも黒人票を集められるとは限りません。バイデン氏が黒人の支持を集めることができたのはトランプ大統領を倒せる確率が最も高い候補者だからです。アメリカ初の黒人大統領バラク・オバマ氏の下で8年間、副大統領を務めたことへの信頼もあります。

モーニング・コンサルトと政治メディア、ポリティコの世論調査によると、ハリス氏の副大統領候補指名について、黒人有権者の81%が自信を持っており、79%が興奮していると回答。心配していると答えたのはわずか19%でした。

ハリス氏はバイデン氏の副大統領候補として黒人有権者の信任を得たようです。

ウッズの「カブリナジアン」は馬鹿げているのか

米国勢調査局の予測では、アメリカの人口は2016年の3億2310万人から2060年には4億450万人に増加する一方で、白人の人口割合は77%から68%にまで下がります(非ヒスパニック系白人では61%から44%にダウン)。

1997年、プロゴルファーのタイガー・ウッズ選手が自分は黒人ではなく、白人、黒人、インド人、アジア人を詰め込んだ「カブリナジアン」で人種全体を代表していると話したことで馬鹿にされたことがあります。

米シンクタンク、ピュー研究所によると、アメリカ成人の6.9%が「ミックスト・レイス」で、2060年にはその人口は3倍になると予測されています。にもかかわらず、多くのアメリカ人やメディアは一つのチェックボックスで「ミックスト・レイス」の人種をふるいにかけ続けたいようです。

オバマ前大統領も欧州系の白人の母とケニア出身の父の間に生まれた「ミックスト・レイス」でした。11月の大統領選を機に「黒い血の一滴」の呪いを解き放つアメリカのチャレンジが始まることを心から願っています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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