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メーガン妃とヘンリー王子の暴露本『自由を探して』の衝撃 英王室は人種差別的なのか

木村正人在英国際ジャーナリスト
今年の英連邦記念日。ウェストミンスター寺院に会した王族の表情が意味深長だ(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

8月に出版される『自由を探して』

[ロンドン発]英王室のヘンリー公爵=王位継承順位6位=とメーガン夫人の出会いから王室離脱までを描いた暴露本『自由を探して ヘンリー王子とメーガン妃』(8月11日出版)の内容が英紙タイムズとサンデー・タイムズで紹介され、衝撃を広げています。

著者のキャロリン・ドゥランド氏とオミッド・スコビー氏はヘンリー公爵とメーガン夫人からのオフレコを含めインタビューを完全に否定しています。しかし著者の2人は明らかに“メーガン派”で、本のネタ元はヘンリー公爵とメーガン夫人だというのがもっぱらの見方です。

というのも、これまでに英大衆紙で報じられたヘンリー公爵、メーガン夫人と英王室の不協和音について、ヘンリー侯爵とメーガン夫人の目にどう映っていたのかを暴露本は記しているからです。これで2人と英王室の間に残っていたかすかなつながりも完全に断たれてしまいました。

『自由を探して』で新たに明らかにされたポイントを見ておきましょう。

(1)ウィリアム王子とヘンリー公爵の不仲の原因

ウィリアム王子がヘンリー公爵に対し、交際を始めたメーガン・マークルさんについて「この女の子を理解するために必要なだけ時間をかけて」と忠告し、ヘンリー公爵は彼女への欲望で理性を失っていると非難した。

ヘンリー公爵は「この女の子」という表現は軽蔑的だと感じた。ヘンリー公爵は10年の軍隊生活でアクセント、学歴、民族、階級、職業で拙速に判断しないことを身につけていた。ヘンリー公爵はウィリアム王子を違う世界に住む人間と感じるようになり、気取り屋と呼ぶようになる。

(2)キャサリン妃とメーガン夫人の不仲

メーガン夫人は「キャサリン妃と共有する(王室に嫁ぐという)ユニークな立場の上に絆を持てなかったことに失望した」。花嫁介添人を務めたシャーロット王女の衣装合わせでキャサリン妃はメーガン夫人と言い合いになり、涙を流したと報じられたことにメーガン夫人は激怒した。

昨年7月の親善ポロ試合でキャサリン妃はメーガン夫人とほとんど言葉を交わさなかった。2人の間には「誠意はあったが、遠い関係」だった。今年3月、ウェストミンスター寺院で営まれた英連邦の追悼行事ではキャサリン妃はメーガン夫人とほとんど目を合わせなかった。

2人の関係は「最初に出会った時の礼儀正しさから進むのに苦労した」という。

しかし“キャサリン派”の友人は英紙デーリー・メールで「ウィリアム王子とキャサリン妃はアメリカの女優を王室に受け入れるために、できる限りのことはした」という反論を展開している。

ウィリアム王子とキャサリン妃は当時、婚約者だったメーガン夫人を英イングランド西部ノーフォークの住まいに呼んで、キャサリン妃の手作りの菜食料理を振る舞った。2018年の結婚式前にはメーガン夫人の友人や花嫁介添人らをパーティーに招いている。

熱心なテニスファンのキャサリン妃は2年連続でメーガン夫人をウィンブルドンのロイヤルボックスに誘ったそうだ。

(3)メーガン人気に対する王室の反発

君主制を世界の新たな高みへと押し上げる王室の「灰色のスーツを着た男たち」はヘンリー公爵とメーガン夫人の人気を抑えることに熱心で、2人は「後部座席に座る」ことを強いられた。王室のエスタブリッシュメントは2人の人気が「王室を食い尽くす可能性がある」ことを恐れた。

昨年4月、ヘンリー侯爵とメーガン夫人がケンジントン宮殿からウィンザーのフロッグモア・コテージに引っ越し、インスタグラムに「サセックス・ロイヤル」のアカウントを立ち上げた時、バッキンガム宮殿の傘の下で活動するよう求められ、「大きな失望」を感じた。

「2人の人気が高まるにつれ、なぜ王室内部で2人のことを考えてくれないのかを理解するヘンリー公爵とメーガン夫人の困難も膨らんでいった。2人は王室の原動力だった」

「2人が信頼できるのは王室内にほんの一握りしかいなかった。2人の友人は王室の保守派を“毒蛇”と呼び、公爵と夫人のチームは保守派から“きしむ第3の車輪”と呼ばれた」

(4)メーガン夫人は「波風を立てる運命にあった」

メーガン夫人は白人の父とアフリカ系の母を持つアメリカ人として英王室の一員になるのは困難だった。著者のスコビー氏は「波風を立てる運命にあった」と王室内の人種差別的な態度をほのめかしている。「自分たちと同じ世界観を共有できる人たちだけがそこにいたと言えるだろう」

男性が毎朝の5時にスタッフに指示をだすと称賛されるのに、アメリカ人女性のメーガン夫人が同じことをすると問題になる。

メーガン夫人は王室スタッフの対応が「性差別的で偏見がある」と感じた。「非白人の成功した女性としてあまりに多くを要求する」というレッテルをはられ、「ビッチ」扱いされた。メーガン夫人は「難しい公爵夫人」ではなく単に「異なる公爵夫人」に過ぎなかったのに。

著者たちは「人種差別はイギリスとアメリカで異なる形をとる。イギリスにおける人種差別の主要なテーマは、誰が正当なイギリス人であるかという問題に集中する。王室のスタッフは“私はあなたがそのように話すのを決して期待していない”と常に口にする」と指摘する。

(5)「スリム化された王室」の波紋

昨年のクリスマス演説で、エリザベス女王の脇に置かれた家族の写真立てにヘンリー公爵、メーガン夫人と第一子のアーチーちゃんの姿が見当たらなかったことが波紋を広げる。

チャールズ皇太子はヘンリー公爵に「スリム化された王室」計画にかかわらず、ヘンリー公爵とメーガン夫人に「王室の未来の大部分」であることを伝える。

エリザベス女王もヘンリー王子とメーガン夫人はいつでも戻って来られるとメッセージを送っている。しかし、著者のスコビー氏は「2人に戻ってきたい場所はあるのだろうか。2人は新しい章に関して全て自分たちのために計画するつもりだと思う」と語っている。

米ハリウッド流の「自由」を英王室に期待するのは無理では

メーガン夫人は「自由と平等の国」アメリカのハリウッドでキャリアを積み上げてきた女性です。母親はアフリカ系で、奴隷貿易で巨万の富を築いた白人帝国主義の象徴とも言える英王室にメーガン夫人が嫁ぐこと自体にそもそも無理があったのは明らかです。

メーガン夫人の主張をイギリス社会が素直に受け入れられないのは、自分の正当性を強調するために、父親とその家族だけでなく、自分の意に沿わない記事を書く英大衆紙、ウィリアム王子とキャサリン妃をはじめ、英王室と周囲を次々と悪者に仕立て上げる傾向が強く感じられるからです。

米白人警官による黒人暴行死事件に端を発した黒人差別撤廃運動「Black Lives Matter(黒人の命は大切だ)」がアメリカだけでなく欧州に飛び火し、原因をつくった奴隷貿易やそれに続く植民地支配の清算を白人世界に迫っています。それだけに暴露本が持つ衝撃は計り知れません。

ヘンリー公爵は今月初めに行われたダイアナ賞のセレモニーで「私の妻は最近、私たちの世代と私たちの前の世代は過去の過ちを正すのに十分なことをしていないと言った。申し訳なく思う。あなたがそれにふさわしい場所に世界が到達できなかったのは残念だ」と話しました。

「制度的人種差別は私たちの社会には存在する場所はないが、それでも伝染していく。全ての人にとってより良い世界を作るために無意識の偏見は非難されることなく認められるべきだ」ともヘンリー公爵は指摘しました。

奴隷貿易とそれに関連して得られたイギリスの富は現在の貨幣価値に換算すると約2640億ポンド(約35兆円)とも言われています。

ヘンリー公爵とメーガン夫人は、どんどん問題を大きくしています。ハリウッド流の商業主義は英王室の伝統と相容れなかっただけなのに、王室はメーガン夫人というとんでもない爆弾を抱え込んでしまいました。

王室は「白人の特権」以外の何物でもありません。かと言って、イギリスから王室がなくなると、イギリスではなくなってしまうのもまた事実です。エリザベス女王が高齢になり、英王室はこれまでにない試練を迎えているのは間違いありません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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