どうやって払うの? 歴史の清算は高くつく 英奴隷貿易35兆円、米奴隷制は1285兆円也

ロンドンの「Black Lives Matter」運動(6月6日、筆者撮影)

「奴隷貿易は受け入れ難いイギリスの歴史」

[ロンドン発]米白人警官による黒人暴行死事件に端を発した黒人差別撤廃運動「Black Lives Matter(BLM、黒人の命は大切だ)」が欧州に飛び火し、原因をつくった奴隷貿易(大西洋三角貿易)やそれに続く植民地支配の清算を迫っています。

奴隷貿易の責任を償うとしたら、その額は一体どれぐらいになるのでしょう。「レイシスト(差別主義者)」という非難や破壊行為から逃れるためか、BLMに対して伝統的な金融機関や法律事務所が謝罪や遺憾の意を表明する例が相次ぎました。

過去の総裁や理事計27人が奴隷貿易に関わった英中央銀行、イングランド銀行は記念像や肖像画の展示を見直すとして、次のような声明を出しました。

「18、19世紀の奴隷貿易が受け入れ難いイギリスの歴史であることは明らかだ。イングランド銀行が直接、奴隷貿易に関与することはなかったものの、過去の総裁や理事が言い訳できないつながりを持っていたことを認識しており、それらを謝罪する」

世界的な保険市場ロイズも「18、19世紀の奴隷貿易でロイズが果たした役割は残念。イギリスと弊社の歴史のぞっとするような恥ずべき期間だ。私どもはこの期間に起きた弁解しようがない不正行為を非難する」とマイノリティーの包摂的プログラムに取り組む考えを表明しました。

エリザベス英女王の代理人も務める伝統的な法律事務所ファラーも「19世紀の前半に奴隷制廃止に伴う補償申請の助言を行った。現在の事務所の価値や文化とは正反対に位置する私たちの祖先の行いを悔いる」と遺憾の意を表明しました。

さらに英4大銀行のロイヤル・バンク・オブ・スコットランド(RBS)、ロイズ・バンキング・グループ、バークレイズ、HSBCは差別撤廃と、マイノリティーの従業員や地域貢献を増やすことを公に誓いました。しかし「謝罪」は「補償」を伴うのが国際社会の常識です。

1807年に奴隷貿易廃止法を制定したイギリス

奴隷貿易(大西洋三角貿易)は17~19世紀、雑貨や銃などの工業製品がアフリカに輸出され、黒人奴隷(黒い荷物)が大西洋を越えて西インド諸島や北米大陸に運ばれました。黒人奴隷が生産した綿花や砂糖(白い荷物)は欧州に送られました。

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スウェーデン・ヨーテボリ大学のクラス・ロンバック教授の論文によると、三角貿易と植民地のプランテーション、関連産業を合わせた国内総生産(GDP)への貢献度は1701年の3.1%から1800年には10.8%に達しています。

1200万人の黒人奴隷が輸送され、300万人が死亡したとされています。1776年、アメリカの独立宣言でこの一角が崩れ、自由貿易や人道主義の高まりとともにイギリスは1807年、世界に先駆けて奴隷貿易廃止法を制定します。

1833年には奴隷制も廃止され、イギリス政府は奴隷約80万人分の損失を補償するため、永久債を発行して財源を捻出します。英政府が償還し終えたのは2015年のことだそうです。

ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの奴隷所有者データベースによると、補償金は当時の金額で総額2000万ポンド、現在の価値に換算すると170億ポンド(約2兆2500億円)。4万7000人の奴隷所有者に配分されました。

英紙フィナンシャル・タイムズの特集記事「検証:奴隷貿易『イギリスは返済する負債がある』」によると、この2000万ポンドの半分でも不動産に投資されていたら1500億ポンド(約19兆8800億円)の価値になっている可能性があるそうです。

また奴隷約80万人の市場価値は2000万ポンドではなく、実は5000万ポンドで、当時のイギリスのGDPの12%。現在、GDPの12%は2640億ポンド(約35兆円)に当たります。

ちなみに奴隷貿易はスティーブン・スピルバーグ監督の名作である米映画『アミスタッド』(1997年公開)で描かれました。

1862年の奴隷解放宣言でアメリカでは400万人が解放されました。それに対して補償するとなると10兆~12兆ドル(約1070兆~1285兆円)にのぼるという米シンクタンク、ルーズベルト研究所の試算もあります。

「謝罪だけでは十分ではない」

トリニダード・トバゴの西インド諸島大学に拠点を置くカリブ研究協会は「制度化された人種差別、白人至上主義、警察の残虐行為とジョージ・フロイドさんら米国および世界中の黒人犠牲者を生んだ体系的な社会的不正を糾弾する」と表明しています。

カリブ諸国12カ国は「謝罪だけでは十分ではない」と何らかの形の補償を求めています。西インド諸島大学の副学長でカリブ共同体補償委員会委員長のヒラリー・ベックルズ教授は2014年に英下院でこう証言しています。

「イギリスの奴隷船は180年にわたって550万人の黒人奴隷をアフリカからカリブ海に運んできた。奴隷制が廃止された時、残っていたのはわずか80万人だった」

「奴隷制と虐殺の邪悪なシステムが確立されたのはこの英下院だ。この下院は法律を可決し、財政政策を取りまとめ現在、修正を必要とする有害な遺産と永続的な苦しみを生み出すという罪を犯した」

「下院はまた奴隷制からの解放と植民地主義からの独立を実現した。私たちが今期待しているのは、補償のための法律が制定されることだ。過去のひどい過ちが是正され、これらの歴史的犯罪の恥と罪悪感から人類が最終的にそして真に解放されると信じている」

ベックルズ教授によると、奴隷約80万人分の価値は約4700万ポンドで支払われた補償金約2000万ポンドとの差額である約2700万ポンドは解放された元奴隷による「実習」、要はタダ働きで支払われたそうです。

ベックルズ教授は例えば次のような形の補償を求めています。

(1)大英帝国最大の奴隷植民地だったジャマイカは1962年の独立時には80%が非識字者。イギリスはジャマイカの教育と人材育成に投資を。

(2)大英帝国最初の奴隷社会であるバルバドスでは砂糖と塩の摂取率が高く、糖尿病と高血圧が蔓延している。イギリスはバルバドスの教育と健康に責任を負っている。

これらはもちろんイギリスの植民地だった他のカリブ諸国にも当てはまります。

ベックルズ教授は今回、ロイター通信に「謝罪だけでは十分ではない。私たちは街角の物乞いのように何かを求めているのではない。金銭は二の次だが、道徳的義務から解放されるためにはカリブ諸国の発展のために市場経済で貢献することが求められる」と訴えています。

奴隷制だけでなく過去の植民地支配も裁かれ、補償が求められるとなると、韓国との間で旧日本軍従軍慰安婦問題、元徴用工問題を抱える日本にとっても対岸の火事で済まされなくなってしまいます。

【イギリスで標的にされた歴史上の人物】

・奴隷貿易で財を築き、学校や病院、教会に寄付したイギリス商人エドワード・コルストン(1636~1721年)の銅像が引き倒され、ブリストル港に放り込まれる

・第二次大戦を勝利に導いた英首相ウィンストン・チャーチルの像も「人種差別主義者」と落書きされ、第一次大戦の犠牲者を追悼した記念碑セノタフに掲げられた英国旗ユニオンジャックが燃やされそうになる

・英オックスフォード大学オリオル・カレッジが、南アフリカのダイヤモンド採掘で富を得て現地の首相となり、占領地に自分の名を冠し、「アフリカのナポレオン」と呼ばれたセシル・ローズ(1853~1902年)の彫像を取り除くことを決定

ビル・クリントン元米大統領やスーザン・ライス元米国家安全保障担当大統領補佐官も利用したローズ奨学制度はあまりにも有名。アフリカからの留学生も数多く奨学金を受けている

・ロンドンのタワーハムレッツ区は奴隷商人だったロバート・ミリガン(1746~1809年)像を撤去

・イースト・ロンドン大学は奴隷貿易に関わった篤志家ジョン・キャス(1661~1718年)像を撤去

(おわり)