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「中印衝突に続く引火点は東シナ海の尖閣だ」習近平の戦狼外交で緊張高まるアジア

木村正人在英国際ジャーナリスト
中国製品や習近平国家主席の写真を燃やすインド国民(ニューデリー)(写真:ロイター/アフロ)

失地回復狙う?習近平

[ロンドン発]新型コロナウイルス・パンデミックや米白人警官による黒人暴行死事件に世間の注目が集まる中で、南シナ海、中印国境の係争地、香港国家安全維持法の導入で緊張が高まっています。

今年1月の台湾総統選で「私たちはすでに独立国家」と唱える現職・民主進歩党(民進党)の蔡英文総統が圧勝、中国湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルスの流行拡大を防げなかった中国の習近平国家主席は失地回復を図ろうとしているのかもしれません。

それとも体制の引き締めか、あるいは新型コロナウイルスの混乱に乗じて新たな既成事実を作ろうとしているのでしょうか。2014~16年に駐中国インド大使を務めたインドの中国研究所、アショーカ・カンタ所長は筆者に「点をつなげて考えることが重要だ」と指摘しました。

カンタ所長は「1988~2013年にかけて中印両国間で結ばれた合意は崩れ去った。中印関係は転換点に達した。中国の戦狼外交には警戒が必要だ」と語ります。

アメリカ、欧州、インドで新型コロナウイルスによる混乱が続く中、中国はN95マスクなど感染防護具のサプライチェーンで不可欠な役割を担う一方、ドナルド・トランプ米大統領の迷走でアメリカの衰退がより顕著になっています。

地域ごとに緊張を見ていきましょう。

【東シナ海・尖閣諸島】

出所)海上保安庁
出所)海上保安庁

海上保安庁によると、今年に入ってから中国公船の尖閣諸島領海侵入はだいたい月8隻のペース、接続水域への入域は月90隻台から5月には114隻まで増えました。

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昨年度の緊急発進回数は947回。対領空侵犯措置を始めた1958年以来、史上3番目の多さ。中国機の割合は7割強です。中国機に対する緊急発進は今年度4月の64回から5月には36回へと減っています。習氏国賓来日の年内実施は見送られたものの、対日配慮が働いたのでしょうか。

【南シナ海】

中国人民解放軍は4月以降、台湾周辺で演習を行い、空母「遼寧」を日本や台湾近海へ派遣。8月には、南シナ海で台湾が実効支配する東沙諸島の奪還をシミュレートとした大規模な上陸演習を中国最南端の海南島沖で実施すると報じられています。

これに対して米軍は原子力空母ロナルド・レーガン、セオドア・ルーズベルト、ニミッツの3隻を太平洋地域に同時展開し、中国人民解放軍の動きを牽制しています。太平洋への3隻派遣は北朝鮮情勢が緊迫した2017年11月以来。

米中双方は南シナ海で対潜哨戒活動を強化しています。台湾も東沙諸島に離島防衛を担う海軍陸戦隊を展開するなど、南シナ海の緊張は高まっています。

【中印国境の係争地】

インド北部ラダックの中印国境の係争地で5月上旬からインド軍と中国人民解放軍の小競り合いが続いていましたが、6月15日、ついに双方が衝突、インド側に20人、中国側に43人の死者が出ました。係争地での紛争で死者が出るのは1975年以来のことです。

中印国境の実効支配線は1914年、イギリス、中華民国(当時)、チベットによる会議で英代表ヘンリー・マクマホンが示した「マクマホン・ライン」がもとになっています。

1950年に中国人民解放軍がチベットに進駐。4年後に結ばれた中印協定の「平和5原則(領土保全と主権の相互不干渉・相互不侵略・内政不干渉・平等互恵・平和的共存)」に基づきインドはイギリスから引き継いだチベットにおける権益を放棄します。

チベット消滅後の中印国境についてインド側は「マクマホン・ライン」を暗黙の前提にしていました。しかし1959年のダライ・ラマ14世のインド亡命の後、中国は「マクマホン・ラインは非合法」と主張し始めます。

中国側が越境を繰り返し、1962年に中印戦争が勃発。中国はラダック地方の一部アクサイチンを実効支配します。1975年の紛争でインド兵4人が死亡した後、死者は出ていませんでしたが、2017年には中国側の道路建設を巡って双方の軍がにらみ合います。

習氏もインドのナレンドラ・モディ首相も両国の経済関係を強化してきましたが、両首脳とも強硬なナショナリスト。領土問題で妥協する気配は微塵もないものの、緊張をエスカレートさせるメリットがないことも十分承知しているはずです。

【香港国家安全維持法】

中国全国人民代表大会(全人代、国会に相当)常務委員会は6月20日、「香港国家安全維持法案」の概要を公表。骨子は次の通りです。

・国家分裂罪、国家政権転覆罪、テロ活動罪、外国勢力と結託して国家安全を害する罪を規定

・中国政府は香港に「国家安全維持公署」を新設

・香港行政長官が裁判官を選び、国家安全に関わる犯罪を審理させる

・香港政府が「国家安全維持委員会」を設立

中国共産党は香港の内堀を埋め、香港返還後50年の2047年まで守るとイギリス政府や国際社会に約束していた「一国二制度」「高度な自治」を事実上、終わらせようとしています。

「インド太平洋」の対抗軸を

今年11月には米大統領選が行われるため、習氏にはアメリカの出方を探る狙いもあるのでしょう。中国の経済成長は今年、マイナス2.4%、新型コロナウイルスの第二波に襲われた場合、マイナス3.7%と経済協力開発機構(OECD)は予測しています。

経済には期待できないため「領土保全と主権」問題で一歩も引かない強硬姿勢を示すことで中国共産党支配の正当性を国内に示そうとしているのかもしれません。

米CNNは中印国境紛争の次にアジアの引火点になる可能性があるのは「尖閣」だと指摘しています。

「コロナ後」、衝突や摩擦を恐れない習氏の戦狼外交がさらに強硬になるのに備えて、日本は日米同盟と環太平洋経済連携協定(TPP11)を軸にアメリカ、オーストラリア、インドと「インド太平洋」の対抗軸を構築していくのが喫緊の課題になりそうです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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