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遅すぎたパンデミック宣言とC・ロナウドの自己隔離、そして中国はイタリアに人工呼吸器1000台輸出へ

木村正人在英国際ジャーナリスト
クリスティアーノ・ロナウド選手もチームメートの感染で自己隔離に(写真:ロイター/アフロ)

「まだパンデミックは制御できる」

[ロンドン発]中国から世界に広がった新型コロナウイルスについて、世界保健機関(WHO)のテドロス・アダノム事務局長は3月11日、ようやくパンデミック(世界的な大流行)宣言を行いました。

伊セリアAのユヴェントスで選手の感染が分かり、法律に基づきクリスティアーノ・ロナウド選手も自己隔離に入ります。セリアAは新型コロナウイルスの流行で全試合が4月3日まで中止されています。遅すぎたパンデミック宣言をテドロス事務局長の記者会見から見ていきましょう。

「WHOは新型コロナウイルスの流行レベルの深刻さ、重症度、不作為を深く懸念しており、症例数、死亡数、影響を受ける国はさらに増えるとみています。従って新型コロナウイルス感染症はパンデミックに当たると判断しました」

「コロナウイルスによる初のパンデミックです。まだ全ての国にパンデミックの行方をコントロールできるチャンスは残されています。私たちは落ち着いて適切な行動をとり、世界中の市民を守りましょう。それは可能なことです。これはみんなで取り組む課題です」

「パンデミックという言葉は軽くまた軽率に使う言葉ではありません。間違って使われると理由のない恐怖感を引き起こします。必要のない苦しみや死につながるかもしれません。パンデミック宣言でWHOのしていること、各国がしなければならないことが変わるわけではありません」

避けられたPワード

テドロス事務局長はどうしてPワード(パンデミック)を使うことにそんなに慎重だったのでしょう。過去の例を見てみると、パンデミックに該当するケースがそんなにないことが分かります。パンデミックの3要件は(1)ヒト・ヒト感染(2)致死性(3)世界的な流行です。

WHOと英インペリアル・カレッジ・ロンドンの資料をもとに筆者作成
WHOと英インペリアル・カレッジ・ロンドンの資料をもとに筆者作成

WHOのパンデミック宣言は、それぞれの国が事前に定めておいた行動計画を実行に移す号砲になる可能性があります。科学雑誌ニュー・サイエンティストによると、新型インフルエンザでは対策費がかさんだという批判があったため、今回はWHOが慎重になったという背景もあるようです。

新興感染症への対応は(1)封じ込め(2)遅延(3)緩和の3フェーズに分けられます。封じ込められるのは未知のウイルスの感染力が弱い場合に限られます。新型コロナウイルスは患者1人から2.6人に感染するため、封じ込めには中国の都市隔離のような極端な措置が求められます。

テドロス事務局長は3フェーズの組み合わせが必要との立場で、パンデミック宣言によって封じ込めが破綻して遅延・緩和のフェーズに移ったという印象を与えるのを避けたかったのかもしれません。しかし果たしてそれだけでしょうか。気になるのは中国への忖度(そんたく)です。

中国のニューノーマル

毎日報告される新しい感染者が20~30人、死者も20人前後にまで激減した中国は「新しい日常(ニューノーマル)」に戻りつつあります。これに対して先進7カ国(G7)のメンバーで欧州連合(EU)第3の大国であるイタリアでは感染が指数関数的に増え、医療崩壊に瀕しています。

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これではさすがのクリロナもサッカーどころではありません。UEFAチャンピオンズリーグでも一部で無観客試合が行われ、今後の試合開催が危ぶまれています。

WHOが新型コロナウイルスの流行で初の緊急委員会を開いた1月22日に緊急事態宣言をしておけば「疫学的大惨事」と国際的な批判を浴びたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の集団感染は確実に回避できていたでしょう。

パンデミック宣言を前倒ししておけばイタリアは肺炎の重症・重篤患者に使う人工呼吸器が足りずに827人もの死者を出す医療危機を回避できていたかもしれません。英米の専門家は未知のウイルスの脅威を過小評価するよりも過大評価したことで後世に批判されたいと語っています。

中国の「偽りの夜明け」

ロバート・オブライエン米国家安全保障問題担当大統領補佐官は11日、保守系シンクタンク、ヘリテージ財団でこう述べました。

「どんなに最善の対策を講じたとしても武漢市の集団感染では隠蔽(いんぺい)があった。関係した医師は黙らされたか、隔離されたという中国の人たちの報告がある。おかげで国際社会は新型コロナウイルス対策に2カ月費やすことになるだろう」

中国の感染者は8万921人、死者は3161人。しかし中国の生活は1月23日の1100万都市の武漢市封鎖以来、ようやく日常を取り戻し始めています。武漢市の新型コロナウイルス患者専用の臨時病院も閉鎖されました。

習近平国家主席は3月10日、新型コロナウイルスのエピセンター(発生源)である武漢市をアウトブレイクのあと初めて訪れ「湖北省と武漢市の流行は基本的に抑えられた」「状況は安定化され、湖北省と武漢市で感染拡大の流れを変えられた」と宣言しました。

1月28日、中国の習近平氏とWHOのテドロス事務局長が北京で会談

1月30日、WHOが緊急事態宣言

3月10日、習近平氏が武漢市を訪れ、鎮圧宣言

3月11日、WHOがパンデミック宣言

これを見て何も感じない人はいないのではないでしょうか。

米外交誌フォーリン・ポリシーによると、新型コロナウイルスの発生源は中国ではないというプロパガンダが先週から強化されているそうです。外国人ジャーナリストは中国の外交官からウイルスは中国国外から持ち込まれたと主張する電子メールを受け取ったそうです。

中国は医療崩壊に瀕するイタリアに200万枚以上のマスクと1000台の人工呼吸器などの医療機器を寄付するのではなく輸出します。手始めにハイテクマスク10万枚、防護服2万着、5万人分のPCR検査キットを送る準備をしています。

中国に比べて支援の動きが遅い欧州連合(EU)をイタリア政府は批判しています。これを”転んでもタダでは起きない新型コロナ商法”、いや”新型コロナ外交”と呼べば良いのでしょうか。

中国の顔認識ソフト会社はマスクをしていても顔を認識できる技術を獲得したと主張するなど、市民監視と共産党支配はこれまで以上に強化されています。

新型コロナウイルスの流行は人口の5~6割が免疫を獲得するまで終息しないとみられています。習近平氏が大規模な都市封鎖と移動制限を解除すれば新型コロナウイルスは息を吹き返す恐れがあります。中国の鎮圧宣言は「偽りの夜明け」に過ぎません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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