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葬儀禁止、1600万人隔離、医師はホリデー返上 伊が発動したコロナ対処令の中身と市民が求めたモノとは

木村正人在英国際ジャーナリスト
サッカーのセリアAも無観客試合。誰もいない客席に向かって拍手するロナウド選手(写真:ロイター/アフロ)

伊首相「政治責任は私が負う」

[ロンドン発]新型コロナウイルスの流行で欧州最大の感染国イタリアの感染者は一気に7375人、死者366人に膨れ上がり、ジュゼッペ・コンテ首相は8日「政治責任は私が負う」として新型コロナウイルス脅威対処令を発動しました。

中国を見習ってコンテ首相はロンバルディア全州のほかベネト州、エミリア・ロマーニャ州、ピエモンテ州、マルケ州にある14地方を閉鎖。”集団隔離”の対象はこれまでの5万人から一気に人口の約4分の1に当たる1600万人に拡大しました。

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かつては世界2位の高評価を得ていたイタリアの医療制度は世界金融危機や欧州債務危機後の緊縮策で土台がきしみ始めている上、日本と同じ長寿国だけにさらに犠牲が膨らむことが懸念されます。

伊市民保護省のサイトより
伊市民保護省のサイトより

必要なモノは「良きユーモア」

ロンバルディア州の州都ミラノ在住のマリア・プチェリさん(74)はリモートワーク中のエンジニアの息子(39)と同居しています。マリアさんは「今日はいい天気だったので、息子と散歩してきた」と話します。

「もともと家で家事をしたりテレビを観たりして過ごすことが多いので、特に感染への不安はありません。ただ徹底して手洗いをこまめに行うことは心掛けています」

必要な物は何かありますかと尋ねると「良きユーモアです。友人と話すと皆コロナの話ばかりをして暗くなってしまいます。これでは気が病んで本当の病気になってしまいます。マスクや薬なんかより、良きユーモアを忘れず、笑うことが大切です」という答えが返ってきました。

「スーパーで入手できないものも特にないので、物理的に不便に感じていることはありません。しかし精神的には影響を受けています。これまで長年、一生懸命働いて時代を築いてきた高齢者の方々が犠牲になられ、とても悲しく残念に感じています」

一方、息子さんの方はリモートワークで生活習慣が変わり、友人や家族がミラノに渡航できないことに不便さを感じているようです。

イタリアでは最悪26万5000人が犠牲に

感染者7375人、死者366人から単純に計算したイタリアの致死率は5%。高齢者が多いだけにいったん感染が広がると致死率はどうしても上昇してしまうようです。米有力シンクタンク、ブルッキングス研究所による犠牲者の予測は次の通りです。

罹患率30%、致死率3%(英インペリアル・カレッジ・ロンドンによると約1%)とした最悪シナリオでは今年、イタリアの犠牲者は26万5000人にのぼる恐れがあります。致死率を1%とした場合でも8万8300人が犠牲になってしまいます。

われわれにできることは接触感染を防ぐ手洗いや人と会う時1メートルの安全(飛沫感染を防ぐ)距離を置いて罹患率を最大限減らし、医療資源を有効に使い致死率を下げることです。医療資源には限りがあるので罹患率を減らすことが新型コロナウイルス対策の鍵を握ります。

PCR検査を増やせば感染者数は必然的に増えます。PCR検査の能力に限界がある日本は感染者数が実際より少ない可能性はあるものの、中国の状況を深刻に受け止めて手洗いなどの自衛手段をとるのが早かったため、今シーズンのインフルエンザ報告数はピーク時で6割も減っています。

しかし楽観は禁物です。人混みを避けて手洗いを励行し、新型コロナウイルスにかかったらと思ったら絶対に病院や診療所には行かずに相談窓口に連絡することです。イタリアの新型コロナウイルス禍は日本にとって決して対岸の火事ではありません。

イタリアの新型コロナウイルス脅威対処令によると、100%完全に移動が禁止されるわけではなく、急を要する場合や健康上の理由があれば移動できます。しかし警察は移動する市民を職務質問することができ、コンテ首相は市民1人ひとりの自覚と「自己責任」を求めました。

コンテ首相が発表した新型コロナウイルス脅威対処令の中身は次の通りです。

第1条(北イタリアの重度感染地域について)

(1)ロンバルディア州とモデナ、パルマ、ピアチェンツァ、レッジョ・エミリア、リミニ、ペーザロ・エ・ウルビーノ、アレッサンドリア、アスティ、ノバラ、ヴェルバーノ・クジオ・オッソラ、ヴェルチェッリ、パドバ、トレビーゾ、ヴェネツィアの14地方での移動は止める。

(2)専門的な仕事や医療など個人的な理由に基づく移動は除外される。現在、家を留守にしている場合、市民は自分の家に戻ることができる。

(3)発熱(37.5度以上)または呼吸器系に症状がある人は家にいて医師に連絡することが強く勧められる。

(4)新型コロナウイルスに感染した人は全員、隔離などの検疫を受ける義務を負う。

(5)全てのイベントとスポーツの試合は当面中止される。

(6)全てのスキー場は閉鎖。

(7)全ての雇用主は可能な場合、従業員が自宅で仕事をすることを奨励する。

(8)公的または私的な集まりの余暇活動は全て中止。見本市、試合、スポーツ競技、宗教的儀式、文化的展示またはショーなど。劇場、映画館、パブ、ダンススクール、ゲームルーム、ベッティングホール(賭け事をして遊ぶ施設)、ビンゴクラブ(ビンゴゲームをする場所)、ディスコ、同様の商業活動が含まれる。

(9)葬儀も含め全ての宗教的儀式は中止される。各参加者が1メートルの安全距離を保てる特別な場合に限り、開催は認められる。

(10)小学校から大学での高度な研究まで学校という学校は全て休校。オンライン教育は医学研究や医学実習を除いて認められる。

(11)博物館やその他の文化施設の閉鎖は継続。

(12)インターネットを介して行うことができる場合を除き、すべての専門的なテストと競争は中止される。

(13)各参加者が1メートル以上の距離を保てない限り、全ての商業活動は中止される。

(14)休みとその前は、ショッピングモールは閉店。平日は訪問者が1メートルの安全距離を保てることを保証しなければならない。

(15)フィットネスセンター、文化クラブ、社交クラブ、ジム、スイミングプールおよび同様の会場は閉鎖。ただし病人が回復するために必要なセンターは例外。

(16)医療従事者のホリデーは当面返上。

(17)全てのパブ、バー、レストランは午前6時から午後6時まで営業できる。

(18)全ての教育旅行、外国都市との友好行事、修学旅行は中止。

第2条(全国レベルでの感染を制限する)

(1)バーやレストランは営業時間を制限されないが、多くの人が集まるのを制限する必要な手段をとるべきだ。安全距離(1メートル)を尊重しなければならない。

(2)学校は3月15日まで休校。可能な限り遠隔教育を奨励する必要がある。

第3条(全国レベルでの感染拡大を防止)

(1)必要に応じて旅行を制限する。

(2)政府が設定したガイドラインに基づいて判断し、医療従事者はそれぞれの状況に対処する。

(3)体温が37.5度以上の市民は家にいて医療支援を求めるべきだ。

(4)地元の団体は小さな集まりでの野外活動を促進すべきだ。

(5)新型コロナウイルスに感染した疑いが持たれる市民には以下のことが強く推奨される。

・自宅で14日間、自己隔離する。

・全ての社会的な接触を避ける。

・さらなる調査のためにいつでも連絡が取れるようにする。

・誰かが感染していると思われる場合、医療当局に連絡。

・密室で同じ部屋に滞在する場合、自然な通気を確保する。

第4条

・警察は市民がこの政令を守っているか確認する。

第5条(追加のガイドライン)

(1)第2条および第3条は必要が生じた場合に国内のどこにでも適用される。

(2)この政令で定められたことを除き、各自治体の権限はそのまま維持される。

推奨事項

・手をよく洗う

・感染者と接触した市民とは安全距離を取るべきだ。

・握手やハグは避けるべきだ。

・公共の場では常に1メートルの安全距離を保つ必要がある。

・咳やくしゃみをするときは常にティッシュを使用する。

・スポーツ活動を行うときは、ボトルやグラスを共有しない。

・消毒剤またはアルコールで常にテーブルやドアのノブなどの表面をきれいにする。

・感染した場合、または感染した市民を支援する場合にのみマスクを使用する。

(おわり)

取材協力:西川彩奈(にしかわ・あやな)

仏在住ジャーナリストで日仏プレス協会副会長。1988年、大阪生まれ。2014年よりパリを拠点に、欧州社会やインタビュー記事の執筆活動に携わる。ドバイ、ローマに在住したことがあり、中東、欧州の各都市を旅して現地社会への知見を深めている。現在は、パリ政治学院の生徒が運営する難民支援グループに所属し、欧州の難民問題に関する取材プロジェクトも行っている。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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