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ダイヤモンド・プリンセス感染者285人に 破綻した感染予防 安倍政権に米国民は守れない

木村正人在英国際ジャーナリスト
横浜港で検閲を受けるクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス(写真:ロイター/アフロ)

「第二の武漢」化したクルーズ船

[ロンドン発]在日米大使館は15日午後、新型コロナウイルス感染防止の検疫のため横浜港に停泊するクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の米国人乗客約400人全員にチャーター機でアメリカに帰国させると電子メールで伝えました。

「病気の感染を封じ込め、コントロールするために熱心に働いてくれたクルーズ船と日本政府に深く感謝する」とする一方で、「関係する米国民の健康と安全を守るのがわれわれの任務だ」と述べています。アメリカに帰国後、米軍基地でさらに14日間の隔離措置がとられます。

在日米大使館はメールの中で「私たちの規則と慣行の下で米国民に対する政府の責任を果たすとともに日本の医療システムの負担を減らすため、米国政府は米国民が下船して米国に戻り、さらなるモニターを受けることを勧告する」と伝えています。

「ダイヤモンド・プリンセス」は1月20日に横浜港を出港。25日に香港で下船した男性の感染が確認されたため、2月3日から感染症の国内侵入を防止するため検疫法に基づき検疫を実施。感染予防を徹底した5日から14日間、船内に留め置く方針でした。

感染者は増え続け、乗員乗客3711人のうち延べ930人が検査を受け、計285人の感染が確認されました。隔離はさらに14日間、14日間と延長される懸念が膨らみ、今月13日に80歳以上の高齢者や持病のある人から優先的に下船させる方針を打ち出していました。

「日本のデータは船上の人の高いリスクを示唆」

米疾病対策センター(CDC)は「新型コロナウイルスのため一般の米国民がさらされているリスクを小さい」とする一方で、今回の措置は「病気の潜在的な広がりを制限するために私たちが制定した慎重な方針と一致する」と説明しています。

「日本のデータは船上の人々の高いリスクを示唆しているため、その安全を守るのが最優先事項」と説明。米CDCのロバート・レッドフィールド所長は米CNNに対して「われわれは今、積極的な封じ込めモードに入っている」と話しています。

「新型コロナウイルスはおそらく、このシーズン、年をまたいでも私たちの周りにいるだろう。最終的にわれわれの足元に及び、コミュニティーレベルの感染に直面することになる」「このステージでガードを下げるより、過剰なほどガードを固めて非難される方が良い」

アメリカでは今月2日から入国前14日以内に香港とマカオを除く中国での滞在歴がある外国人の入国は禁止されています。さらに中国から帰国させた800人以上の米国民が感染していないかどうかを確かめるため14日間隔離して経過を観察しています。

米CDCは不明な情報がたくさんあるとして1月6日に中国に支援を申し出ていましたが、いまだに返事がないそうです。中国は世界保健機関(WHO)のスタッフは受け入れています。

「及ばざるより過ぎたると糾弾される方がマシ」

「新型コロナウイルスがイギリス全土に広がれば40万人が死亡する恐れがあるというのは決して馬鹿げた数字ではない」「及ばざるより過ぎたると糾弾される方がずっと好ましい」

中国を中心に爆発的に広がる新型コロナウイルスについて「20世紀の主要なインフルエンザのパンデミック(世界的な大流行)に匹敵する恐れがある」と警鐘を鳴らす英インペリアル・カレッジ・ロンドンのニール・ファーガソン教授は英公共放送チャンネル4でこう指摘しました。

「このウイルスは私がこれまで研究してきた中でおそらく最も懸念を抱かせるものだ」「(何の手立ても施さなければ)世界の人口の最大60%が新型コロナウイルスに感染する。60%の罹患率は合理的な数字だ。これはイギリスにも当てはまる」

致死率を1%と見積もっても数十万人の英国民が犠牲になる恐れがあるそうです。単純計算では6644万人(イギリスの人口)×60%(罹患率)×1%=39万8640人というわけです。世界全体では約4659万人という計算になります。

イギリス国内では9人の感染が確認され、公衆衛生当局は感染者との接触を徹底的に洗い出しています。

60歳超の男性患者、肺炎重症化の発見、早期診断が課題

チャンネル4ニュースが最前線の医療従事者500人を対象に調査したところ、96%が「NHS(国民医療サービス)は大きなアウトブレイク(突然の発生)に対する備えはできていない」と回答。93%が「最前線の医療従事者は十分に守られていない」と答えました。

いったんアウトブレイクすればダイヤモンド・プリンセスのように「第二の武漢」になるのを防ぐのは難しいという危機感がファーガソン教授にはあるようです。米ジョンズ・ホプキンス大学CSSEの集計で16日現在、世界全体の死者は1600人、感染者は6万9000人を超えました。

中国疾病予防管理センター(CDC)や米フロリダ大学の専門家チームは1月26日時点で、検査で感染が確認された4021人を含む患者計8866人について調査。その結果、患者の47.7%が50歳以上。10万人当たり男性0.31、女性0.27と明らかな性差が確認されました。

潜伏期間の中央値は4.75日。重度肺炎25.5%、軽度肺炎69.9%、肺炎でない患者4.5%と診断されました。全体的な致死率は3.06%、患者1人から3.77人に感染すると推定され、60歳以上の男性患者、肺炎の重症化、診断の遅れは致死率の上昇に関連していたそうです。

「検疫、隔離、学校閉鎖、集会の禁止を最適化せよ」

罹患率60%という数字は、英紙ガーディアンが、2002~03年の重症急性呼吸器症候群(SARS)対策で重要な役割を果たした香港大学公共衛生学院のガブリエル・レオン教授にインタビューし、「もし抑制されないなら世界の60%が感染する恐れがある」と報じたのを機に広がりました。

患者1人から2.5人に感染しても罹患率は60~80%になるとの見方についてレオン教授は「世界人口の60%は恐ろしいほど大きな数字。致死率が1%でも犠牲者の数は大きくなる。しかし60~80%が感染することはおそらくない。流行の波は断続的にやって来るだろう」とガーディアン紙に語りました。

宿主を殺してしまうとウイルスも死滅してしまうため、新型コロナウイルスは致死率を減衰させ、よりマイルドになって流行する可能性についても言及しました。これについてレオン教授はツイッターで発言の趣旨を明確にしています。

「私はそんなモデルを使っていない。日本の研究者の60%以上の罹患率について質問されたので答えた部分をガーディアン紙が引用しただけ」「70~80%の罹患率自体は意味がないとも私は付け加えた。なぜならどの期間に起きるのか否か、感染の重症度を理解する必要があるからだ」

「だからこそワクチンが幅広く使えるようになるまで、公衆衛生的介入(筆者注:検疫、隔離、学校閉鎖、集会の禁止)の最適化や医療システムによる有効な治療法へのアクセスを確実にしなければならない。そうすれば、こうした数字は現実にはならない」

偽ニュースや偽科学が拡散する“インフォデミック”

レオン教授は米紙ニューヨーク・タイムズ(2月10日)でSARSの初期のアウトブレイクについて「われわれは致死率を2~3%と信じていたが、香港での致死率は驚異的で17%になった」という反省を交えながら「初期の推定では新型コロナウイルスは患者1人から2〜2.5人に感染する」と指摘しています。

「われわれがとる対策によってこの数が1人を下回ったかどうかを言うのは時期尚早」「マスクの着用、学校の閉鎖、都市の閉鎖などの対策を通じて実際に予防された感染数を定量化するのが課題。アプローチの一つは携帯電話からの位置情報サービスデータを使用することだ」

その上でレオン教授は不確実性を増し、パニックを引き起こす、真のニュースと偽ニュースの不協和音、偽科学が広がる“インフォデミック”について厳しく釘を刺しました。根拠のない情報が広範囲に拡散すれば旅行禁止、移民排斥、外国人嫌いなど社会の混乱を引き起こします。

中国の武漢市など“集団隔離”が奏功しない場合、封じ込めは破綻します。ワクチンや治療法がない今は感染者や疑い例を隔離して時間を稼ぐしか有効な手立てがありません。移民排斥、外国人嫌いやパニックにつながる“インフォデミック”はパンデミック同様に非常に危険です。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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