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ネオリベに反旗翻すナショナリスト政党がアイルランド総選挙で首位 欧州に新たな台風 二大政党が凋落

木村正人在英国際ジャーナリスト
勝利を祝うシン・フェイン党のマクドナルド党首(写真:ロイター/アフロ)

アイルランドでも二大政党が凋落

[ロンドン発]イギリスの欧州連合(EU)離脱で揺れる欧州が新たな衝撃に襲われました。英・北アイルランドの分離と統合アイルランドの建設を訴えるナショナリスト政党シン・フェイン党がアイルランド総選挙(8日投票、下院定数160)の第1順位投票で首位に立ったのです。

EUの統合と深化に懐疑的なシン・フェイン党の女性党首メアリー・ルー・マクドナルド氏は「有権者は変革を求めている。これは抗議の意思表示ではない。他の政党と手を組んで連立政権の樹立を目指す。アイルランドの二大政党制は終止符を打った」と勝利宣言しました。

世界金融危機にのみ込まれたアイルランドでも勝者総取りのネオリベラリズム(新自由主義)に反旗を翻すノンエリートたちの一斉蜂起が起きたのです。スコットランド独立を唱えるスコットランド民族党(SNP)の台頭と同じ現象がアイルランドでも出現しました。

イギリスがEU離脱後に北アイルランドの分離とスコットランド独立を回避し連合王国を維持できるかが改めてクローズアップされてきました。

アイルランド下院の選挙制度は単記移譲式による比例代表制(PR-STV)で、かつての日本の衆議院の中選挙区制と似ていると言われています。しかし非常に複雑で第2順位投票以降の集計に時間がかかるので、今の段階ではまだ確定的なことは言えません。

首位に立ったのは独立闘争を率いたIRAの政治部門

とりあえずアイルランドの公共放送RTEから第1順位投票の得票率を見ておきましょう。

(1)シン・フェイン党24.5%(前回より10.7%ポイント増)

(2)共和党(フィアナ・フォイル)22.2%(同2.2%ポイント減)

(3)統一アイルランド党(フィナ・ゲール)20.9%(同4.7%ポイント減)

アイルランドはこれまでレオ・バラッカー首相率いる中道右派・統一アイルランド党と中道右派・共和党が交代して政権を担ってきました。アイルランド独立闘争を主導したアイルランド共和軍(IRA)の政治部門だったシン・フェイン党が首位に立つのは初めて。

現在は共和党が限定的に閣外協力していますが、統一アイルランド党と手を組んでシン・フェイン党の政権樹立を阻止するとみられています。シン・フェイン党主導の連立交渉、共和党と統一アイルランド党の連立交渉が破綻した場合は総選挙のやり直しになる可能性もあります。

総選挙の争点はホームレスの急増、住宅費の高騰、診療の待ち時間など社会格差。無策だった二大政党への幻滅と怒りが爆発した形です。筆者はイギリスのEU離脱でアイルランド国境を取材した際に聞いた「EUを離脱したくなる気持ちはよく分かる」という声を思い出しました。

「ケルトの虎」と呼ばれた宴のあとに

アイルランドは独立戦争を経て1937年に共和国としてイギリスから独立、1949年には英連邦からも離脱しました。国民の大半はケルト系民族で第1公用語はアイルランド語。約95%がカトリックで約5%がプロテスタントでしたが、移民の急増でカトリックの割合は8割を切るようになりました。

筆者がアイルランドを最初に訪れたのは、世界金融危機の予兆が現れ始める2007年のことです。北海道とほぼ同じ大きさの農業国だったアイルランドは1980年代末から「ケルトの虎」と呼ばれるほど驚異的な経済発展を遂げました。

欧州の貧困国だったアイルランドは、ジョン・F・ケネディ米大統領に代表されるようにアメリカ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドなど全世界に移民を送り出し、末裔(まつえい)を含めると7000万人余にのぼる“移民輸出大国”でした。

高度成長への転換点は1989年に首都ダブリンに国際金融サービスセンターを開設したことです。センター進出企業に対する法人税率低減(10%)措置に加え、安価な労働力、アメリカと欧州の中間に位置する立地、英語が第2公用語という条件が外資を呼び込みました。

EUに加盟したことで「黄金の90年代」を迎えます。法人税率も32%から12.5%に引き下げ、ハイテク産業への特化により2005年時点で医薬品の世界トップ企業15社中13社が開発・生産拠点を構え、情報通信分野ではアップルやグーグルなど300超の多国籍企業が進出していました。

「レプラコーン経済」のカラクリ

購買力で見た国民1人当たりの実質国内総生産(GDP、2011年国際ドル換算)は1980年の1万7237国際ドルから2020年には7万4465国際ドルと4倍以上になり、日本やイギリスを完全に抜き去っています。2004年のEU拡大で”移民輸入大国”となり、現在では人口の約15%が移民になりました。

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しかし高騰した不動産市場は2007年3月下落に転じ、翌2008年の世界金融危機で崩壊。不動産投資で巨額の損失を抱えた銀行を救済するため、当時のカウエン政権(共和党)は国内の大手銀行3行に総額85億ユ-ロ以上の資本を注入し、うち1行を国有化する危機を迎えます。

そのアイルランドは2015年、26.3%の経済成長を達成するなど文字通りのV字回復を果たしました。ノーベル経済学賞受賞者ポール・クルーグマン氏はアイルランドに伝わる妖精にちなんで「レプラコーン経済」と名付けましたが、これには大きなカラクリがありました。

EUの執行機関、欧州委員会は、加盟国アイルランドに現地法人を置く米アップルが2003年から14年にかけ130億ユーロの納税を免れていたとして、追徴課税するようアイルランド政府に命じました。延滞税を含めると追徴額は190億ユーロにのぼります。

アップルに代表されるグローバル企業は法人税率が12.5%と低いアイルランドと無形資産の使用料に税金がかからないオランダの子会社を使って悪質な租税回避スキームを構築。しかし国際的な非難が集まり、主要20カ国・地域(G20)は抜け道を塞ぐ新ルールを導入します。

グローバル企業が節税スキームを使って抜き取った収益の一部をアイルランドで計上し始めたことが「レプラコーン経済」の秘密とみられています。しかし「ケルトの虎」「レプラコーン経済」の割を食ったのはノンエリートと若者たちでした。

不動産の高騰により民間賃貸住宅で暮らす人の割合は10年前の10人に1人から5人に1人に増えました。家賃も急騰し、ホームレスは昨年末で9731人と5年前に比べて280%も増えました。欧州の医療システムを比較した指標でアイルランドは35カ国中22位です。

こうした矛盾はイギリスをEUから離脱させる原動力にもなっており、ノンエリートや若者たちの反乱がアイルランドにも飛び火したと言えるでしょう。ネオリベラリズムがもたらしたアイルランド社会の急激な変化に対する反動もシン・フェイン党躍進の背景として指摘できます。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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