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仮釈放数日後に無差別テロ 監視中の私服警官がテロリストを”秒殺”英首相はルール厳格化へ

木村正人在英国際ジャーナリスト
無差別テロが起きたストレッタム・ハイ・ストリート(写真:ロイター/アフロ)

仮釈放された2~3日後に決行

[ロンドン発]ロンドン南部にある繁華街ストレッタム・ハイ・ストリートで日曜日の2日午後2時(日本時間同日午後11時)ごろ、自爆ベストのようなものを着用した男が店から盗んだ刃物で男女2人を次々と刺して重軽傷を負わせました。

男をテロ対策のため尾行していた私服の武装警官が即座に男を射殺しました。証言では3発の銃声が聞こえたそうです。刺された男性は瀕死の重体。自爆ベストは偽物と判明しました。ほかにも警官の発砲で飛び散った窓ガラスで現場に居合わせた女性1人が軽傷を負いました。

射殺されたのは2~3日前に仮釈放されたばかりのサデシュ・アマン元服役囚(20)。

アマン元服役囚は国際テロ組織アルカイダのプロパガンダをメッセンジャーアプリのワッツアップグループで家族と共有するなど13のテロに関連した罪で有罪判決を受け、2018年12月から3年4カ月の刑期で服役していました。

恋人に両親殺害を命令

ノース・ウェスト・ロンドン大学の学生だったアマン元服役囚は当時、ガールフレンドに斬首の動画を送りつけ両親殺害を命じたり、いかに殉教者になるかについて書いたりしていました。スカイプのチャットではロンドン北部でテロを決行する計画も打ち明けていました。

爆弾製造、ナイフを使った格闘術、接近戦に関するアマン元服役囚の秘密マニュアルには「台所で爆弾を作る方法」「流血のブラジル流ナイフ格闘術」という題が付けられていました。

家族とはワッツアップグループで「ローン・ジハード(孤独な聖戦主義者)」を特集した雑誌を共有、その中には圧力鍋爆弾や即席爆発装置(IED)の作り方も含まれていました。

アマン元服役囚は刑期の半分も終えないうちに仮釈放委員会にもかけられないまま仮釈放されました。

しかしロンドン警視庁のテロ対策班は、アマン元服役囚は脱過激化されておらず、テロを起こす危険性が大きいとして24時間監視下に置いていました。

刑期を終えないまま仮釈放されたテロリストは74人

英大衆紙サンによると、有罪で服役させられたものの、刑期を終えないまま仮釈放されたテロリストは74人もいるそうです。

ボリス・ジョンソン英首相は、労働党政権下の2008年、法改正で刑期の半分を終えれば仮釈放委員会の審査を経ずに自動的に仮釈放されるようになったのが原因と仮釈放の厳格化を訴えています。

ジョンソン首相は「政府は月曜日にテロ犯罪で有罪判決を受けたテロリストに対するシステムを抜本的に変更する計画について発表する」と述べました。

2019年11月、ロンドン橋でイスラム過激派の男がナイフ2本を使って市民や通行人5人を次々と刺し、うち2人が死亡する事件で、武装警官に射殺されたウスマン・カーン元服役囚(28)も仮釈放中でした。

カーン元服役囚は8人の仲間とロンドン証券取引所などの爆破を計画したり、インド北部とパキスタン北東部の国境付近にあるカシミールにテロリスト軍事訓練キャンプを作ろうとしていたりしたとして2012年2月に有罪判決を受けました。

テロ計画の中には当時、ロンドン市長だったジョンソン首相殺害も含まれていました。

カーン元服役囚は2018年12月に仮釈放され、足に電子タグを装着することが義務付けられていました。ロンドン橋北側の「魚屋ホール」で開かれていた英ケンブリッジ大学による元服役囚の社会復帰の集まりに参加している最中に突然、テロを決行しました。

最先端の顔認識システムも導入

007シリーズでも有名なスパイの祖国イギリスでは、情報機関による携帯電話やインターネットの盗聴は当たり前、街の至るところに設置された防犯カメラと連動させた最先端の顔認識システムも導入されています。

テロやハイブリッド戦争に備えるため、欧米警察の装備は軍隊並みに強化されています。イギリスでもテロや重大事件の一報があれば射殺の判断を任された武装警官が現場に急行します。ハンドガンで武装し、テロ即応チームのパトカーにはカービン銃が積まれています。

ロンドン警視庁ではテロリストを射殺することを「ストップ」と呼んでいます。テロリストは自爆ベストを着用していることが多いため、射殺するのが一瞬でも遅れると被害が拡大する恐れがあります。

2017年、ウェストミンスター橋から議会に突入したテロリストは82秒でストップ。ロンドン橋やバラマーケットで起きたテロでも犯人3人は通報から8分のうちにストップされ、2度目のロンドン橋テロは5分、今回は1分もしないうちにテロリストは”秒殺”されました。

自動車による暴走テロや刃物を使う”ローテク・テロ”の場合、事前に計画を探知するのは不可能に近いのが実情です。

監視下に置かれているのは3000人

英情報局保安部(MI5)やロンドン警視庁のテロ対策班がリストアップしている“テロリスト予備軍”は約2万人。このうち非常に過激な約3000人を監視下に置いているそうです。テロを起こす危険分子として24時間、盗聴や張り込み、尾行など監視下に置くことは人権上の問題も生じます。

イギリス政府の対テロ戦略(CONTEST)は(1)テロを阻止するための「追跡(Pursue)」(2)テロリスト化の「防止(Prevent)」(3)テロに対する「防御(Protection)」(4)テロの衝撃に対する「備え(Prepare)」から成り立っています。

2015年対テロリズム及び安全保障法に基づき「防止」のための脱過激化プログラムが強化されました。過激化の疑いがあるとして脱過激化プログラム「チャンネル」に3955人が報告され、2014年の1681人から2倍以上に膨れ上がっています。

2016年から地方自治体、刑務所、保護観察、福祉部門の職員、学校や大学の教員、NHS(国民医療サービス)の医師、看護師は過激化の兆候を見つけたら、すぐに当局に報告することが義務付けられました。

テロを完全に防ごうとすると人権無視の予防拘禁に近い措置が求められるようになります。イスラム系の人権保護団体CAGEは「防止(Prevent)プログラムは、人種差別的なプロファイリングを助長するだけだ」と厳しく非難しています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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