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「歴史上最も成功を収めた軍事同盟」をぶっ壊す3人の”問題”大統領 70歳のNATOは台風のど真ん中

木村正人在英国際ジャーナリスト
NATOをぶっ壊す1人目の大統領ドナルド・トランプ氏(写真:ロイター/アフロ)

「トランプ氏が再選すれば米国はNATOを離脱する」

[ロンドン発]今年は北大西洋条約機構(NATO)発足から70周年。3~4日、ロンドンで記念式典としての首脳会議が開かれます。冷戦が終結した30年前には「歴史上最も成功を収めた軍事同盟」と称賛されたNATOにいま激震が走っています。

「NATOは“3人の大統領”問題に直面している」と英有力シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のコリ・シェイク副所長は指摘します。

1人目が「アメリカ・ファースト(米国第一主義)!」を掲げ、孤立主義に走るドナルド・トランプ米大統領。米NBCニューズは11月12日、ジョン・ボルトン前国家安全保障担当大統領補佐官のこんな衝撃的な発言を伝えています。

「来年の大統領選で再選を果たせば、トランプ氏は完全なる孤立主義者になる。共和党はバラバラ。アメリカはNATOや他の同盟から引き揚げる恐れがある」

米紙ニューヨーク・タイムズも1月、政府高官の話としてトランプ大統領が私的な会話で何度もNATOから離脱したいと言うのを耳にしたと報じています。米国がNATOから離脱すれば、NATOは完全に崩壊してしまいます。

トランプ大統領の不支持率は54%と支持率の42%を大きく上回っています。しかし米大統領選は州ごとの「1票の格差」が大きいため前回の大統領選と同様、結果がどう出るかは最後の最後まで予断を許しません。

「なぜ米国がドイツをロシアから守らなければならないのか」

3年前の大統領選で「NATOは時代遅れ」と再三にわたって攻撃したトランプ大統領はNATO同盟国の国防費の少なさについて何度も不満をぶちまけてきました。

「NATOの欧州の同盟国は十分な負担をしていない。そんな国が20カ国(NATO資料では17カ国)もある。英国は国内総生産(GDP)の2%というNATO目標を満たしている(同2.14%)。米国はその2倍も軍事費を支出している」

「ドイツは1.2~1.3%(同1.38%)しか軍事費を支出していない。米国は4%(同3.42%)だ。ドイツはエネルギーのパイプラインを敷設するためにロシアに巨大な資金を支払っているのに、なぜ米国がドイツをロシアから守らなければならないのか」

米国は軍事費を17年の6260億ドルから今年推定で6850億ドルまで増やしています。欧州の同盟国やカナダは2770億ドルから3020億ドルに増やしたに過ぎません。

NATOの資料を見ると、GDPの2%目標を今年の推定でクリアしているのは米国を含め9カ国しかありません。

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そして欧州は英国の欧州連合(EU)離脱や極右、極左ポピュリズムの台頭で大きく揺らいでいます。

英最大野党・労働党の強硬左派ジェレミー・コービン党首はNATOが「歴史上最も成功を収めた軍事同盟」であることを認めるのを拒否し、独自の核抑止力保有を止める考えを示唆しています。

「NATOは脳死しつつある」仏大統領

NATOを揺るがす2人目の大統領はエマニュエル・マクロン仏大統領です。マクロン大統領は英誌エコノミストとのインタビューで「NATOは脳死しつつある」と挑発的な言葉で警鐘を鳴らしました。

「NATO加盟国を守るのに米国に頼ることはできない。現在、私たちが経験しているのはNATOの脳死だ」。北大西洋条約5条(集団防衛)の有効性を信じるかと尋ねられた時、マクロン大統領は「分からない。しかし明日の5条はどういう意味になっているのか」と問い返しました。

保護主義と孤立主義に走るトランプ大統領と英国のEU離脱で、慎重なドイツのアンゲラ・メルケル首相が「欧州はもはや英国や米国を完全に信頼することはできなくなった。自分たちの運命を自分たちの手に取り戻そう」と演説したのが2017年5月。

メルケル首相は昨年11月には、欧州議会で「真の欧州軍を創設するためのビジョンを話し合うべきだ」とマクロン大統領が提唱した欧州軍の創設に賛意を示しました。米国・英国と欧州の間に大きな亀裂が走っています。

NATOのヘイスティングス・イズメイ初代事務総長(英国)は「(NATOの役割は)米国を巻き込み、ロシアを締め出し、ドイツを抑え込む」ことだと話したことがあります。

マクロン大統領は「ロシアはNATOの敵ではない」と関係緊密化を呼びかけ、米国と英国を驚かせました。

英国に到着したトランプ大統領は記者会見で「マクロン大統領のNATO脳死発言は侮辱的で不快だ。フランス以上にNATOを必要としている国はないのに、彼はNATOを去ろうとしている」とこき下ろしました。

これまでの自分の発言は棚に上げて「NATOは偉大な目的に貢献している」とまで持ち上げました。

一方、国内に駐留米軍と米軍の核兵器を抱えるメルケル首相は「自分たちだけで欧州を防衛することは不可能。欧州はNATOに依存している」とマクロン発言の火消しに追われています。

マクロン大統領も、メルケル首相も、欧州の安全保障において米国を巻き込み、ロシアを締め出す重要性を思い起こす必要があります。

ロシア製地対空ミサイルの試験で米戦闘機を標的に

NATOを脅かす3人目の大統領が権威主義化を強めるトルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領です。

トランプ大統領が突然、シリア北部からの米軍撤退を発表。その直後、エルドアン大統領はシリア北部に侵攻し、少数民族クルド人の武装組織「人民防衛隊(YPG)」を一掃してシリア側に安全地帯をつくり、シリア難民を帰還させる軍事作戦を開始しました。

欧米メディアはトランプ大統領とエルドアン大統領を一斉に批判しました。マクロン大統領も「クレイジーな」侵略と指弾し、エルドアン大統領は「マクロン大統領のテロに対する理解は病的で浅はかだ」「脳死しているのはマクロン大統領だ」と反発しました。

エルドアン大統領は、YPGがテロリストの脅威だというNATOの認識が表明されない限り、ポーランドとバルト三国の集団防衛に拒否権を発動する考えを表明しました。トルコは冷戦期、旧ソ連(ロシア)が地中海に自由に出て来ないように封じ込める重要な役割を担ってきました。

しかしシリア政策を巡って欧米諸国と対立、16年のトルコクーデター未遂事件への米国の関与を疑うトルコはロシアやイラン、シリアに接近します。米国を飛び上がらせたのは、トルコが導入を進めるロシア製地対空ミサイルS400の試験で米戦闘機F16を標的に使ったことです。

S400導入を進めるトルコについて、米超党派上院議員は今月2日、制裁を科すようマイク・ポンペオ国務長官に求めました。上院外交委員会も別の対トルコ制裁法案を採決する方針です。ロシア軍需産業との取引は米国内法では制裁対象になります。

前出のシェイクIISS副所長は「トルコをNATOから追い出すより、中に留めておいた方が良いに決まっている」と言います。

金融危機や経済危機で疲弊した先進国の外交・安全保障はもはや首脳同士、軍や情報機関、外交ルートの密室で決めることができなくなりました。有権者の理解を得ることができなければ前に進めなくなったのです。

70歳を迎えたNATOは未曾有の嵐の中にいます。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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