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同盟に激震 日本と韓国を「被保護国」扱い 4~5倍の米軍経費負担を求めた米大統領「1個旅団撤収」説も

木村正人在英国際ジャーナリスト
北東アジアの安全保障を揺るがし始めたトランプ米大統領(写真:ロイター/アフロ)

ペンタゴンが否定した「在韓米軍1個旅団の撤収を検討」

[ロンドン発]韓国紙の朝鮮日報は21日、在韓米軍の駐留経費交渉を巡り、トランプ米政権が1個旅団の撤収を検討していると報じました。

韓米防衛費分担金特別協定(SMA)の交渉で韓国が経費負担の5倍引き上げに応じなければ、在韓米軍1個旅団を撤収するという衝撃の内容です。

米国防総省は同日、朝鮮日報の報道を即座に全面否定しました。日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の失効期限が23日午前零時に迫る中、米国側の継続要請にも韓国側は頑なに応じませんでした。

元徴用工問題を発端に日韓関係が国交正常化以来、最悪になる中、米韓関係もこじれてきました。ドナルド・トランプ米大統領が日韓の不和に付け込み、駐留経費負担の要求を高めてきたかたちです。

シギ(韓国の文在寅大統領)がハマグリ(日本の安倍晋三首相)の身をついばんだため、ハマグリがシギのクチバシを挟んだだま口を閉じます。シギもハマグリも「死んでも離さない」と意地を張り合っているうちに漁師(トランプ大統領)がやって来て両方を捕まえるという「漁夫の利」によく似た状況です。

米軍の1個旅団は3000〜4000人で、この程度の削減なら米国防授権法に抵触しないそうです。トランプ政権は2万6500人を駐留させる見返りに現行の5倍に相当する年50億ドル(約5400億円)の経費負担を求めたと報道されています。

マーク・エスパー米国防長官は15日「米韓は非常に強力な同盟ですが、韓国は豊かな国であり、米軍基地の駐留経費を相殺するためにもっと払うことができ、また払うべきだ」と韓国に増額に応じるよう求めていました。

アジア回帰政策で在日米軍は拡大

一方、トランプ政権は日本政府に対しては在日米軍の駐留経費負担(思いやり予算)を約4倍の約80億ドル(約8700億円)に増やすよう要求していると報じられています。

米国防総省のデータを見ても、在ドイツ米軍は2008年から今年にかけ削減されたものの、米国のアジア回帰政策で在韓米軍は微増、在日米軍は増強されています。

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最初にふっかけてくるのがトランプ大統領の交渉術とは言え、北朝鮮の核・ミサイルを巡る米朝交渉が進捗せず、中国の軍事的な台頭が一段と顕著になる中、韓国や日本との同盟関係を大きく損なうのが心配です。

米国は泥沼化したアフガニスタン、イラク戦争で疲弊して部隊を引き揚げ、トランプ大統領は突然、シリアから撤退し、過激派組織「イスラム国」(IS)掃討作戦で一緒に戦ったクルド人武装勢力を見捨て、世界中をあ然とさせました。

日韓同時交渉で圧力を高めるトランプ大統領の戦術

今年3月以降、ドナルド・トランプ米大統領は在外米軍基地のホスト国である日本や韓国、ドイツに対し米軍駐留経費の全額負担とさらにその50%を追加で支払う「コスト+50%」を突きつける考えだと報じられてきました。

米国を軸にした同盟はどうなるのでしょう。「コスト+50%」など在外米軍を巡る駐留経費交渉に詳しい米シンクタンク、ランド研究所のステイシー・ペティジョン氏の意見をおうかがいしました。

ペティジョン氏「トランプ政権は、米軍をホストする裕福な同盟国に対して駐留経費負担の増額を要求しているようです。今年 2月の合意で、トランプ政権はソウルから前年より7000万ドル(約76億円)の増額を勝ち取りました。5年に1度だった駐留経費交渉も毎年行うようになりました」

「トランプ政権はこれを前例に、韓国と日本に駐留経費負担の増額を迫り、韓国に追加で40億ドル(約4300億円)、日本にも追加で60億ドル(約6500億円)を支払うよう求めているようです」

「日本と韓国の 2つの交渉を同時並行で進めるのは、米国が北東アジアから約8万人の部隊をすべて撤退させるリスクをちらつかせて、両方の同盟国への圧力を高める戦術かもしれません」

「この地域の米軍の大半が突然撤退すると抑止力が弱まり、北朝鮮や中国を勢いづける恐れがあります。国防戦略の中でペンタゴンの優先事項として位置付けられる大国間競争という戦略目標と齟齬を来します」

国を守ってもらう代わりに代金を支払う被保護国扱い

「トランプ政権の政策は、海外の米軍がホスト国を防衛するためだけに駐留しているという誤った考えに基づいているようです。在外米軍基地のネットワークは米軍の前方展開を支える重要な要因の1つです。韓国と日本の米軍基地は、共有された脅威に対処するため、永続的なパートナーシップとして維持されてきました」

「トランプ政権の要求は駐留経費負担に関する議論の方向を変え、同盟国を守ってもらう代わりにその代金を支払う被保護国として扱うことになります。さらに米軍基地反対運動の長い歴史を持つ2つの主要な同盟国が抱える問題をさらに政治化させます」

「これは、長年の同盟を損なう恐れがあり、各国が米軍の受け入れに関する合意を見直す可能性を高め、その結果として、世界に部隊を展開する米軍の能力を損ないます」

「歴史を振り返れば、何らかの見返りを求める一時的な友好国はあてにできません。特定の軍事作戦に対して基地を使用することを禁止し、米国の基地権を制限または取り消す可能性が高いことを示唆しています」

「これらの要求が米韓および米日関係を永続的なものから取引上の相手に変えると、米国の軍事アクセスに悪影響を及ぼし、ひいては東アジアの不安定性を増大させる恐れがあります」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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