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朝日新聞「日本にも衝撃、トランプ流同盟切り捨て」をどう読むか 米軍シリア撤退にクルド人の意外な本音

木村正人在英国際ジャーナリスト
トルコのエルドアン大統領と会談したトランプ米大統領(写真:ロイター/アフロ)

仏大統領「NATOは脳死しつつある」

[ロンドン発]ドナルド・トランプ米大統領が突然、米軍のシリア撤退を発表して1カ月が過ぎました。朝日新聞は「日本にも衝撃、トランプ流『同盟切り捨て』米世論後押し」(11月10日)と報じています。

米軍が友軍的存在だったクルド人武装勢力を見捨てた形になったことで同盟国に衝撃が広がっているという内容です。

「トランプ氏の同盟に対する評価がここまで低いのかということに衝撃を受ける」というある日本政府関係者の不信感も紹介されています。

フランスのエマニュエル・マクロン大統領も米軍のシリア撤退とクルド人武装勢力切り捨てに関連して英誌エコノミストに「北大西洋条約機構(NATO)は脳死しつつある」と警鐘を鳴らしました。

米ホワイトハウスは10月6日、過激派組織「イスラム国」(IS)との戦いで、クルド人武装勢力を主力にするシリア民主軍を支援していたシリア北部からの米軍撤退を発表。

その直後、トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領はクルド人武装勢力を一掃してシリア側に安全地帯をつくり、シリア難民を帰還させる軍事作戦を開始しました。

欧米メディアはトランプ大統領の手のひら返しとエルドアン大統領の軍事介入を一斉に批判しました。「狂犬」と恐れられたジェームズ・マティス前国防長官が辞任したのもシリアやアフガニスタンからの米軍撤退を巡って、トランプ大統領と衝突したことがきっかけでした。

同盟は危機に瀕しているのでしょうか。しかし地域の声は欧米メディアと同じではありません。

58%がトランプ氏の米軍撤退を歓迎

世論調査会社ORBインターナショナルのジョニー・ヒールド最高経営責任者(CEO)が今月14日、シンクタンク、英王立国際問題研究所(チャタムハウス)でのパネルディスカッションで意外な調査結果を示しました。

2012年以降、シリアの世論を追跡調査してきたギャラップ国際研究所とヒールド氏らは10月13~25日、シリア北部のラッカと同北東部ハサカで、トルコが軍事作戦を開始した地域から逃げ出してきたクルド人100人を含む18歳以上の601人から面接調査を行いました。

【調査結果のポイント】

・全体では58%がトランプ大統領の米軍撤退決定を支持。クルド人は33%が支持。67%が反対。

・57%がトルコの軍事介入を支持。このうちアラブ人は64%がトルコの軍事介入を支持。クルド人は77%が反対する一方、23%が支持。

・ラッカとハサカでは55%がトルコは地域に良い影響を与えていると考えている。ISと戦う国際有志連合への支持は24%、ロシアは14%、米国は10%、イランは6%とトルコへの支持に比べて低い。

・シリアのバッシャール・アサド大統領が支配地域を拡大した場合、69%が自分たちの権利を守るための暴力を支持。

・シリア民主軍がアサド大統領側についていることを支持しているのはわずか23%。

・79%が米軍撤退でアサド政権の支配地域は拡大しそうだと回答。アサド政権がシリア北部の支配を強めるのは不可避とみられている。

・70%が、アサド政権の支配地域が増えるなら、シリアはさらにイランの影響を受けるようになると考えている。

・57%がアサド政権下で暮らすぐらいならISの支配下で暮らした方がマシと回答。

・欧米諸国は、ISは敗北したと考えているが、62%はISが今後数カ月の間に再び支配地域を増やすと予想。米軍撤退よりアサド政権による支配地域の拡大の方がISに復活のチャンスを与えるとみている。

クルド人の意見が分かれる理由

ヒールド氏はトルコの軍事介入についてクルド人の意見が分かれた理由を3つ挙げています。

(1)シリアで暮らす多くのクルド人は、トルコのクルド分離主義組織クルディスタン労働者党(PKK)の分派組織であるシリア・クルド民主統一党(PYD)とイデオロギー的に対立。これらの人々の多くは現在避難しており、トルコの軍事作戦が成功すれば帰国できる。

(2)多くのクルド人の若者はPYDの徴兵を回避するためトルコやシリア北部に設けられた安全地域に避難。シリア民主軍やPYDを撃退するトルコの軍事介入は彼らの利益になるが、アサド政権の勢力拡大は歓迎していない。アサド政権は彼らを徴兵するからだ。結局のところトルコによる支配が暴力に巻き込まれるのを回避する最も安全な選択肢になる。

(3)シリア革命に参加した多くのクルド人は、PYDをアサド政権の協力者で多くの活動家を政権に引き渡したとみなしている。トルコはPYDよりアサド政権に近くないと考えられている。

トランプ大統領は今月13日、エルドアン大統領とホワイトハウスで会談し、トルコとクルド人武装勢力の停戦について「とてもよく維持されている」と評価。エルドアン大統領も「両国関係に新たなページを開く決意がある」と応じました。

その一方でトルコによるロシア製地対空ミサイルS400の導入に関して「解決できることを願っている」と述べました。

中国の経済的・軍事的な台頭とシェールガス革命で米国がエネルギー輸出国になったことで、米国の安全保障の優先順位は大きく変わっています。

(1)アジア太平洋

中国の海洋進出や北朝鮮の核・ミサイルに対抗するため、日本やオーストラリアとの同盟関係を強化。バラク・オバマ前米大統領もアジア回帰政策を唱える。最新鋭のステルス戦闘機F35B(短距離離陸垂直着陸機=STOVL)と垂直離着陸機V22(オスプレイ)、「軽空母」の運用を拡大。

(2)欧州

英国との同盟を再評価。NATOの欧州加盟国には対国内総生産(GDP)比で国防費2%目標の達成を迫る。

(3)中東

露骨にイスラエル、サウジアラビアを支持。イラン敵視政策をとる。イラク、アフガン戦争で米兵の犠牲者を大量に出したことから中東からの撤退を進める。シェールガス革命でエネルギーの中東依存が格段に減ったことから「自国へ石油を運ぶ船は自分で守れ」とシーレーン防衛で同盟国に応分の負担を求める。

狡兎死して走狗烹らる

今回、トランプ大統領に見捨てられた形になったシリア・クルド民主統一党(PYD)は米国の同盟国ではありません。残酷な言い方になりますが、IS掃討作戦を進めるために利用された駒に過ぎないのです。

「狡兎(こうと)死して走狗(そうく)烹(に)らる」という故事成句があるように、ウサギを捕まえる猟犬もウサギがいなくなれば必要でなくなり煮て食われることは昔からよくあることです。

米オンラインメディア「ジ・インターセプト」のジョン・ショワルツ記者はクルド人が米国に裏切られるのは過去100年間で8回目だと指摘しています。

クルド人は国を持たずトルコ・イラク・イラン・シリアに広くまたがって暮らしているため、米国とそのうちのいずれかの国の関係が悪くなるたびに反乱分子として利用されては切り捨てられてきた歴史があります。

これに対してトルコはNATOに加盟する米国の重要な同盟国です。エルドアン大統領とロシアのウラジーミル・プーチン大統領、イランの関係が近くなる中、トランプ大統領がエルドアン大統領との関係を優先したとしても何の不思議もありません。

そして今後のシリア情勢の安定はトルコによるところが大きくなってきます。

「防衛費1%枠」の聖域

トランプ大統領にとって今、最も重要な同盟国はアジア太平洋の核となる日本であるのは間違いありません。日本と、米国の同盟国でも何でもないPYDを同列に並べて同盟関係を論ずるのは「ためにする議論」に過ぎません。

日本の防衛費予算は来年度5兆3200億円になる見通しです。名目GDPは今年7~9月で558.5兆円なのでGDP比の「防衛費1%枠」は守られました。

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)のデータを見ても日本の防衛費はGDPの0.9~1%で推移しています。しかしこの数字には退官した元自衛官の年金が含まれておらず、年金を加えると「防衛費1%枠」を超える可能性があります。

平和憲法の名の下、防衛費1%枠の「聖域」を守るため年金を抜いて数字合わせを続けてきた結果です。そろそろ年金を含めたNATO基準に合わせた数字を公表すべき時が来ているのではないでしょうか。

そうでないと日本の防衛費が世界的に見てどの辺りに位置するのか説明するのが難しくなります。「1%」という数字合わせではなく、生の数字を出した上でNATOの2%目標に足並みをそろえる必要があります。

不断の努力が不可欠

米ミシガン州選出の民主党新人下院議員エリッサ・スロトキン氏(43)はロンドンで講演した際、「なぜ中東に米軍を派兵しなければならないのか有権者は理解できない。首脳やエリートが密室で外交方針や軍事行動を決めた時代は終わった。NATOがなぜ米国の有権者に必要なのか説明するところから始めなければ」と強調しました。

日米同盟も同じです。どうして日米同盟が米国の有権者にとって必要なのか理解してもらうことができなければ同盟の根幹が揺らぎます。

その意味でも同盟のタダ乗りは許されません。

トランプ大統領は「ドイツはGDPの1.2~1.3%(NATO資料では1.36%)しか軍事費を支出していない。米国は4%(同3.42%)だ。ドイツはエネルギーのパイプラインを敷設するためにロシアに巨大な資金を支払っているのに、なぜ米国がドイツをロシアから守らなければならないのか」とドイツのアンゲラ・メルケル首相を徹底的に批判しています。

永遠の同盟など、この世の中に存在しません。しかし日米同盟には中国の台頭と北朝鮮の脅威という深刻な共通課題が存在します。同盟関係を維持していくためには双方が同盟関係を深化させ強化していく不断の努力が不可欠なのは言うまでもありません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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