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トランプ大統領の弾劾調査求めた米民主党の新人議員が語った中西部「ラストベルト」の厳しい現実

木村正人在英国際ジャーナリスト
トランプ米大統領の人気は衰えない。米ルイジアナ州で開かれた選挙集会で(写真:ロイター/アフロ)

ウクライナ疑惑巡り二分するミシガン州の選挙区

[ロンドン発]ドナルド・トランプ米大統領のウクライナ疑惑を巡る弾劾調査を求めた米ミシガン州選出の民主党新人下院議員エリッサ・スロトキン氏(43)の選挙区は激しく二分しています。ミシガン州は2016年の米大統領選で共和党のトランプ大統領を支持しました。

トランプ大統領は今年7月、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領と電話会談した際、来年の大統領選で対決する可能性がある民主党のジョー・バイデン前副大統領とウクライナのエネルギー企業幹部の息子ハンター氏への捜査を求めたとされる疑惑が浮上しています。

スロトキン氏はロンドンの英王立防衛安全保障研究所(RUSI)で講演した際、「ウクライナ疑惑について最初は選挙で争うべきだと考えていたが、通話記録という動かぬ証拠が公開されたあと弾劾調査を求める方針に転換した」と話しました。

民主党新人のエリッサ・スロトキン下院議員(筆者撮影)
民主党新人のエリッサ・スロトキン下院議員(筆者撮影)

今月13、15日には初の公聴会が下院で開かれる予定です。米中央情報局(CIA)や国防総省で働いたことがあるスロトキン氏は他の民主党新人議員6人と一緒に米紙ワシントン・ポスト(9月24日付)オピニオン欄で「疑惑はわれわれが守ると誓ったすべての価値を脅かす」と下院に弾劾調査を求めました。

7人は職業政治家ではなく、軍や国防総省、情報機関で国家安全保障の最前線に立ってきました。それだけに前代未聞のトランプ大統領のウクライナ疑惑を見逃すわけにはいかないと立ち上がりました。

「大統領の立場を利用して政敵を捜査するよう圧力をかける」

「米大統領は自分の立場を利用して、政敵を捜査するよう外国に圧力をかけた疑いがあり、そのために米国の納税者の血税を使おうとした。(略)疑惑は国家安全保障上の脅威、潜在的な腐敗の両方において驚くべきものだ」

「疑惑が真実である場合、弾劾可能な犯罪であると考える。下院に、疑惑に対処して真実を追及し、国家安全保障を守るために使えるすべての議会権限を発動することを検討するよう求める」と7人は厳しく指摘しています。

公聴会で証言する予定のウィリアム・テーラー駐ウクライナ代理大使は非公開でトランプ政権がロシアに対抗する軍事支援の見返りとして、ウクライナ政府にバイデン氏やハント氏らへの捜査を表明するよう要求していたことをすでに明らかにしています。

スロトキン氏の地元・ミシガン第8選挙区はまさに工場や機械がさび付いた「ラストベルト(脱工業化地帯)」の中心。この選挙区はかつて民主党支持でしたが、2000年、04年、12年、16年の大統領選(任期4年)では共和党支持に変わりました。トランプ大統領は民主党のヒラリー・クリントン候補に7ポイントもの差を付けました。

下院議員選(任期2年)では民主党は実に9連敗を喫していましたが、スロトキン氏は昨年11月の総選挙で18年ぶりに共和党から議席を奪還しました。しかし今年10月、選挙区のタウンホールでスロトキン氏が弾劾調査を求めた理由を説明すると「本当ではない」「偽ニュースだ!」と怒号が飛び交いました。

「アフガン・イラク戦争で中西部の多くの若者が死んだ」

「次の総選挙で私の政治的なキャリアは終わるかもしれない。選挙区は本当に二分している。私の行動を支持してくれる人もいるが、多くの人が異なる意見を持っており、非常に難しい状況だ」とスロトキン氏は語りました。選挙区は民主党支持者とトランプ支持者に二分しています。

「若い世代は2001年9月11日の米中枢同時多発テロを知らない。米中西部からたくさんの若者がアフガニスタンやイラクに行き、死傷した。2つの戦争で何十億ドルも使って何も達成できなかった」

「どうして米軍を中東に派兵しなければならないのか有権者は理解できない。親世代より子世代、孫世代はどんどん貧しくなる。首脳やエリートが密室で外交方針や軍事行動を決めた時代は終わった。まず有権者の理解を得るところから始めなければ」と強調しました。

工場は低賃金の中国に移り、廃墟と化したラストベルトの失業者がアフガン・イラク戦争に駆り出されて犠牲になった残酷な構図があぶり出されてきます。

中国資本に買収されたラストベルトの工場

筆者は、ロンドンで講演したスロトキン氏にネットフリックスのドキュメンタリー映画「アメリカの工場」について質問しました。オハイオ州デイトンにあったゼネラルモーターズの工場が中国のガラスメーカーに買収され再開されるストーリーです。

「米国の労働者は米国に進出する中国資本を目の当たりにし、米国の農家は貿易交渉で中国に農産品を買ってほしいと願っている。こうした有権者の感情は米国の対中外交・安全保障政策にどのように影響するのか」と尋ねました。

スロトキン氏は「そのドキュメンタリー映画、私も観たわよ」と話し始めました。映画では米国人労働者の労働組合は切り崩され、中国人労働者の働き方に合わせるよう求められます。こうした単純労働はやがてロボットに置き換えられていく運命にあるのです。

「貿易は建設的で不可欠なことだ。貿易は共通の規範や基準に従って行われる。私の選挙区は農業州でもある。私たちは生産したモノを買ってくれる市場として中国を必要としている」

「私は中国企業が米国に直接投資して進出してくるのを歓迎する。しかし米国の労働基準法や規範に従うべきだ。世界に進出している米国も現地の規範を守っている」

外交より仕事や賃金の未来を語るトランプ大統領

スロトキン氏は続けました。「米国の中西部の人たちはグローバリゼーションを理解していないという間違った認識を持たれることがある。工場では数百人がフォークリフトで部品を運んでいたが、今では自動運転車が運んでいる」

「みんなグローバリゼーションが進んでいることをあなたたちより知っている。それが自分たちの人生の一部であることを有権者は分かっている」

「そして将来、自分たちの仕事がどうなるのか理解しようと努めている。だからトランプ大統領の声がミシガン州で響き渡る。仕事、賃金、中西部経済の未来を語っているからだ」

スロトキン氏はミシガン、ウィスコンシン、ペンシルべニアの3州が次の米大統領選の雌雄を決する重要な選挙区だと指摘しました。トランプ大統領が来年に迫った大統領選で再選できるかどうかは、ウクライナ疑惑の弾劾調査の行方に大きく左右されます。

もともと情報の専門家であるスロトキン氏は「米国一国では中国に対処できない。航行の自由や知的財産を守るためにも同盟国との協力が欠かせない。中国は軍事政策や経済政策、社会・文化政策を一体化させている。米国にも一貫性のある政策が求められている」と訴えました。

しかし外交・安全保障上の常識が全く通用しないのがラストベルトの厳しい現実です。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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