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「NATOは脳死しつつある」と警鐘を鳴らしたマクロン仏大統領の真意 米国に対する欧州の不満が噴出する

木村正人在英国際ジャーナリスト
訪中し、習近平国家主席と握手するマクロン仏大統領(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

NATO発足70周年の蹉跌

[ロンドン発]フランスのエマニュエル・マクロン大統領は英誌エコノミストとのインタビューで「北大西洋条約機構(NATO)は脳死しつつある」と過激な言葉で警鐘を鳴らしました。

今年はNATO発足から70周年。来月3、4日にはロンドンで記念すべきNATO首脳会議が開かれる予定です。ベルリンの壁が崩壊し、冷戦が終結した30年前、「世界で最も成功を収めた無血同盟」と称賛されたNATOは大きな転機を迎えています。

同誌によると、マクロン大統領は「NATO加盟国を守るのに、もはや米国に頼ることはできない」と欧州諸国に警告しました。「現在、私たちが経験しているのはNATOの脳死だ」と。

「欧州は絶壁の端に立っており、地政学的なパワーとして戦略的に考え始める必要がある。そうしなければ運命を制御できなくなる」とも。

NATO(29カ国)の根幹をなす北大西洋条約5条(集団防衛)の有効性を信じるかと尋ねられた時、マクロン大統領は「分からない。しかし明日の5条はどういう意味になっているのか」と問い返します。

「なぜ米国がドイツをロシアから守らなければならないのか」

ドナルド・トランプ米大統領は3年前の大統領選で「NATOは時代遅れ」と再三にわたって攻撃し、つい先日も英国のラジオに出演し、いっこうに軍事費を増やす気配を見せないNATOの欧州同盟国やドイツを徹底的にこき下ろしました。

「NATOの欧州の同盟国は十分な負担をしていない。そんな国が20カ国(NATO資料ではトルコやカナダを含め21カ国)もある。英国は国内総生産(GDP)の2%というNATO目標を満たしている(同2.13%)。米国はその2倍も軍事費を支出している」

「ドイツは1.2~1.3%(同1.36%)しか軍事費を支出していない。米国は4%(同3.42%)だ。ドイツはエネルギーのパイプラインを敷設するためにロシアに巨大な資金を支払っているのに、なぜ米国がドイツをロシアから守らなければならないのか」

NATOの資料を見ると、GDPの2%目標を今年の推定でクリアしているのは米国を含めわずか7カ国しかありません。

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マクロン大統領の発言にはもちろんトランプ大統領のイラン核合意からの一方的な離脱と中東の安全保障を巡る利害の不一致、シリア北東部からの突然の部隊撤退とクルド人民兵組織を見捨てたことに対する不信感があります。

米国は軍事費を2017年の6260億ドルから今年推定で6850億ドルまで増やしています。一方、欧州の同盟国やカナダは2770億ドルから2990億ドルに増やしたに過ぎません。

「中東から撤退する」というシグナル

来年に大統領選を控えるトランプ大統領には安全保障上、大きなマイナスになっても「中東から撤退する」というシグナルを有権者に送る必要がありました。

アフガニスタンやイラクでの戦争で米中西部のラストベルト(脱工業地帯)から出兵した若者が夥しい血を流したからです。

金融危機や経済危機で疲弊した先進国の外交・安全保障はもはや首脳同士、軍や情報機関、外交ルートの密室で決めることができなくなりました。有権者の理解を得ることができなければ、積極的な介入主義をとってきた米国でさえ兵を引かざるを得なくなったのです。

トランプ大統領は同盟をテコに揺さぶりをかけ、貿易赤字の解消を図るのが常套手段ですが、欧州連合(EU)という“城壁”に守られた欧州は、安全保障はNATO任せで自国の軍事費すら十分に増やそうとせず、貿易交渉でもトランプ大統領に譲歩する姿勢を全く見せていません。

米国の欧州に対する不満は、欧州の米国に対する不信感をはるかに上回っています。

「歴史は不吉な歩みを繰り返す」

2000万人の兵士や市民が亡くなった第一次大戦から100年が経った昨年11月、パリの凱旋門で行われた記念式典でマクロン大統領は次のように訴えたことがあります。

「歴史の悪魔はカオスを引き起こし、死をもたらそうと手ぐすね引いている。歴史は時に不吉な歩みを繰り返す恐れがある」「私たちの先祖が流した夥しい血によって固めたと思っていた平和というレガシー(遺産)を壊してしまう恐れがある」

マクロン大統領はエコノミスト誌で、英国のEU離脱、大国としての中国の台頭、ロシアやトルコの権威主義に直面する欧州の不安定化は「5年前には考えられなかった」と述べました。

そして「今、目を覚まさないと、長期的に見て欧州は消滅するか、少なくとも運命をコントロールできなくなるリスクがかなりある」と危機感を募らせています。

「欧州はもう英国や米国を完全には信頼できない」

NATOのヘイスティングス・イズメイ初代事務総長(英国)は「(NATOの役割は)米国を取り込み、ロシアを締め出し、ドイツを抑え込む」ことだと喝破しました。

保護主義と孤立主義に走るトランプ大統領と英国のEU離脱で、慎重なアンゲラ・メルケル独首相が「欧州はもはや英国や米国を完全に信頼することはできなくなった。自分たちの運命を自分たちの手に取り戻そう」と演説したのが2017年5月のことです。

そのメルケル首相は昨年11月、欧州議会で「真の欧州軍を創設するためのビジョンを話し合うべきだ」とマクロン大統領が提唱した欧州軍の創設に賛意を示しました。

世界は米国、中国、欧州を中心にブロック化が進み、ロシアや、NATO同盟国のトルコも力をふるい始めています。

マクロン大統領は先のEU首脳会議でオランダやデンマークと組んで西バルカン地域の北マケドニア(旧マケドニア)とアルバニアのEU加盟交渉入りに待ったをかけ、EU首脳の顰蹙(ひんしゅく)を買いました。

マクロン大統領にはEU拡大を急ぐより、加盟国の結束を固めて、米国や中国に対抗できる強力な「第三極」を築こうという思惑がありありとうかがえます。

欧州軍がNATOを補完するのか、それとも形骸化させるのか――。欧州と米国が分断するより、NATOという安全保障のプラットフォームを通じて同盟を強化した方が賢明なのは言うまでもありません。

欧州は「NATOは脳死しつつある」という警鐘を鳴らす前に、まず自国の軍事費をGDPの2%まで増やし、ステルス戦闘機F35など米国の最新鋭兵器を調達して対米貿易黒字を減らすのが筆者には上策のような気がするのですが。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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