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【ラグビーW杯】南アフリカ優勝 黒人初の主将が祖国に捧げた「オール・フォー・ワン」魂のスクラム

木村正人在英国際ジャーナリスト
W杯を天にかかげる南アのシヤ・コリシ主将(中央)(写真:ロイター/アフロ)

「祖国は多くの問題を抱えている」

[ロンドン発]ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会決勝でイングランドに完勝して3大会ぶり3度目の優勝を果たした「スプリングボクス(南アフリカ代表の愛称)」。“黒人初”の主将としてW杯を天にかざしたシヤ・コリシ選手(28)のインタビューに魂が揺さぶられました。

「祖国は実に多くの課題に直面しています。しかし南ア国民は私たちを応援してくれました。みんなに感謝します。祖国はいま本当にたくさんの問題を抱えています。それぞれ違うバックグラウンドを持つ人たち、異なる人種からなるチームがゴールを目指して一つになれました」

「今日はどうしても優勝したかったのです。何かを成し遂げたかったら団結する、そうすればできることを祖国のために示したいと願っていたのです」「(国民が一つになって応援してくれる)こんな南アを目にするのは生まれて初めてです」

「1995年の初出場初優勝が私たちに何かをもたらしたのは明らかです」「祖国は大きな課題を抱えています。コーチは前の試合のあと、私たちが優勝を目指すのはもう私たちのためではない、祖国の人々のためにプレーするのだと奮い立たせてくれました」

「だからこそ何としてでも優勝したかったのです。応援してくださった皆さんに感謝します。タウンシップ(今でも貧困に苦しむ黒人居住区)で暮らすみんな、違法なバーやクラブで飲んでいるみんな、ホームレスのみんな、すべての地域のみんな、応援してくれてありがとう」

「一つになって力を合わせれば何でもできる」

「南アフリカを心から愛しています。一つになって力を合わせればどんなことでもやり遂げることができるのです」。スプリングボクスのオール・フォー・ワンの魂を込めたスクラムはイングランドを完璧に打ち砕きました。南ア国民の夢を乗せた渾身のトライを決めたのです。

スクラムで押せなければ試合に勝つことはできません。イングランドFWは南アFWにどうしてこれだけスクラムで押し込まれるのか理解できなかったのではないでしょうか。

コリシ選手は白人のレイチェル夫人と息子と娘の4人で試合会場のファンに感謝を捧げ、「国民和解」のメッセージを改めて世界に発信しました。コリシ選手が生まれたのは1991年6月16日。アパルトヘイト(人種隔離)政策が廃止される前日です。

アパルトヘイトは生活のあらゆる面で人種差別を強制する悪名高き非人道的な制度でした。タウンシップで生まれたコリシ選手は家族がテレビを買う余裕がなかったため、南アの2度目のW杯優勝(2007年)を大衆酒場で観戦したそうです。

12歳の時、コリシ選手はラグビー用ではないボクサーパンツをはいてジュニアチームのトライアルを受け、才能を認められました。しかし16歳になるまでに、自分を育ててくれた祖母、母親、おばさんは全員亡くなり、異父兄弟とも離れ離れになってしまいました。

コリシ選手は7年ぶりにタウンシップで再会した2人の異母兄弟を引き取ってレイチェル夫人と一緒に育てました。そしてこの日の決勝戦を観てもらうため父親を初の海外旅行に招待しました。父親は東京ディズニーランドも楽しんだそうです。

レインボーネーション(虹の国)

95年のW杯初優勝の時“黒人”選手は今年9月に亡くなった快速ウイング、チェスター・ウィリアムズ氏1人でした。今大会は非白人の選手は31人中12人もいます。

コリシ選手は、黒人初の大統領ネルソン・マンデラ氏(故人)が唱えた「レインボーネーション(虹の国)」初の“黒人主将”としてスプリングボクスのエンブレムを胸にW杯を持ち上げることが国民にとって何を意味するのかを十分理解していました。

日本では自らのプレッシャーを和らげるため「楽しみたい」と話す代表選手が増える中、コリシ選手とスプリングボクスは国を代表して戦うという意味を改めて私たちに問いかけています。

駐南アフリカ英国大使(1987~91年)を務めたロビン・レンウィック元上院議員の著作『いかに国家は盗まれたか 南アフリカの腐敗』出版に合わせた講演会を取材したことがあります。

アパルトヘイトを撤廃し、マンデラ氏が南ア初の全人種参加選挙を経て大統領に就任。南アは多人種の融和を目指す「レインボーネーション」と世界中の称賛を集めます。しかしマンデラ氏が一線を退いたあと腐敗まみれになります。

レンウィック氏はこう話します。「マンデラ氏はスポーツの大ファン。スポーツを非常に重要な要素と見なしていました。14人の白人と1人の“黒人”からなるスプリングボクスを国民和解のシンボルとして活かしたことを覚えておられる方もいるでしょう」

「彼は非常によく理解していました。白人社会の経済的な貢献なしに南アが繁栄できないことを。彼はスプリングボクスの主将のジャージを身につけた時、ヨハネスブルグのエリス・パーク・スタジアムは約6万3000人のアフリカーナー(白人)らで埋め尽くされていました」

マンデラ氏の後継者の堕落

マンデラ氏の後継者タボ・ムベキ氏は残念なことにマンデラ氏へ強い反感を持っていました。その次のジェイコブ・ズマ氏は腐敗の底なし沼にはまります。ズマ氏ら亡命先から帰国した反アパルトヘイトの闘士たちはオカネに困り、地元ビジネスマンの援助を受けます。

レンウィック氏によると、ズマ氏はインド系財閥に篭絡(ろうらく)され、5年間に2000億ランド(約1兆4400億円)が南アから盗み出されます。腐敗を追及する者は官職を追われ、南ア捜査当局は腐敗を守る犯罪者の巣窟になります。殺人で有罪になった男が捜査幹部になったケースもあるそうです。

この日、試合会場に応援に駆けつけたシリル・ラマポーザ大統領は「1995年から長い道のりをやって来た。私たちは多様で団結した国、ネルソン・マンデラの国であることを世界中に示している」「私たちはチャンピオンだ」とツイート。

改革派のラマポーザ大統領は人種を超えた団結の必要性を訴え、若年層の教育、人材育成、雇用対策の強化など南アの構造改革に取り組んでいます。

しかし経済成長のペースは鈍化し、海外からの直接投資も減少しています。失業率は過去11年間で最悪の29.1%を記録。仕事を探すのをあきらめた人を加えると38.5%にものぼるそうです。

前に進むためにはラグビーと同じようにオール・フォー・ワンの団結が求められています。コリシ選手やスプリングボクスのオール・フォー・ワンの叫びが南アを奮い立たせることを願わずにはいられません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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