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性的スキャンダルに揺れたノーベル文学賞2年ぶり発表 選考委員会のスウェーデン・アカデミー改革は十分か

木村正人在英国際ジャーナリスト
2017年のノーベル文学賞を受け取るカズオ・イシグロ氏(写真:ロイター/アフロ)

1つは女性に

[ロンドン発]2018年と19年のノーベル文学賞が10日発表され、18年はポーランドの女性の作家オルガ・トカルチュク氏(57)、19年はオーストリア出身の作家ペーター・ハントケ氏(76)に贈られることになりました。日本の村上春樹氏(70)はまたも受賞を逃しました。

授与の理由はトカルチュク氏が「博学な情熱が人生の境界を越える物語を生み出す想像力」に、ハントケ氏は「言葉の工夫により人間の経験の周辺と特異性を探求した影響力のある作品を生み出した」ということです。

選考を担当するスウェーデン・アカデミー(定員18人)の女性会員の夫が引き起こした性的暴行スキャンダルで昨年の授与は見送られ、今年、2年分の文学賞が同時に発表されました。性的暴行スキャンダルのイメージ回復を図るため1つは女性に授与されるとみられていました。

16年が米シンガーソングライターのボブ・ディラン氏、17年は日系英国人カズオ・イシグロ氏だったため、英語圏以外から選ばれるとの見方も出ていました。今回の授与で厚い秘密主義のベールに覆われたアカデミーが信頼を取り戻せるとはとても思えません。

憲章を変更したスウェーデン国王

アカデミーは昨年5月、性的暴行スキャンダルを巡るアカデミー自身の混乱を収拾できず、18年と19年のノーベル文学賞と合わせて授与すると発表しました。アカデミー会員18人は終身制のポストで自らの意思で辞任することはできず、亡くなるまで会員の補充もできませんでした。

過去に死刑判決を受けた会員が除名された例が18世紀に1件あるだけ。アカデミーの意思決定を行うには最低でも12人の出席が必要です。しかしアカデミーの改革を求めて活動を停止する会員が相次ぎ、11人しか出席できなくなったためアカデミーは完全に機能不全に陥りました。

スウェーデンのカール16世グスタフ国王は憲章を変更し、会員が自らの意思で辞任したり、活動を2年以上停止している会員に辞任を促したりできるようにしました。これで18人のうち7人(7人のうち女性は5人)が入れ替わり、3分の1が女性になりました。

今年新たに5人の外部コンサルタント、ライター、文学評論家、翻訳者が第一選考を行うノーベル委員会(アカデミー会員は4人で計9人)に加わり、意思決定プロセスに新鮮な空気を吹き込みました。選考過程は次の通りです。

【選考過程】

(1)発表前年の9月以降

ノーベル委員会が世界各国の作家協会会長、大学の文学・言語学の研究者・教授、過去のノーベル文学賞受賞者、アカデミー会員に推薦状の依頼を600~700通送付

(2)翌年2月1日

送られてきた推薦状をもとに300~350人の候補者リストを作成

(3)5月末ごろ

ノーベル委員会が第一選考を行い、15~20人の最終審査リストを作成

不正がないか厳重に調査。候補作をスウェーデン語、英語、フランス語、ドイツ語などに翻訳。アカデミー会員が候補作家全員の作品を読み考察を重ねる

(4)9月中旬

第1回選考会議。数回の会議を経て最終候補を絞る

(5)10月

ノーベル文学賞発表

「2年分の文学賞を授与するのは間違いだ」

女性事務局長として性的暴行スキャンダルを追及、アカデミー改革に取り組んできたサラ・ダニウス事務局長(当時)は昨年4月、ホーラス・エングダール会員(元事務局長)らの圧力で辞任に追い込まれました。ダニウス氏も性的暴行スキャンダルの犠牲者でした。

ダニウス氏はこれまでメディアに「歴史はアカデミーが直面していることに寛大ではないだろう」「性的暴行を受けた人々の感情を考えれば、2つの文学賞を贈ることは間違いだ。18年を空白にしておかなければ実際に起こったことを思い出すことはできないだろう」と語っています。

ノーベル財団のラース・ハイケンステン事務局長もロイター通信に対し改革の物足りなさを吐露しています。ハイケンステン氏は18年の授与見送りと外部の専門家を選考委員会に加えるよう求め、今年5月になってようやく2年分の文学賞授与を発表することを認めました。

「アカデミーはすでにある程度始めている。これまで取り組んできたことよりもっとオープンにできると考えている。そうすれば、もっと良くなるだろう」「私たちはアカデミーと終身制会員について見直し、任期を設けることを試すべきだということで合意している」

性的暴行スキャンダルにゼロトレランスで臨まなかった会員がアカデミーに居座っている限り、アカデミーの体質は何ら変わっていないでしょう。

ノーベル文学賞は第一次大戦と第二次大戦のため6回(1914, 1918, 1940, 1941, 1942, 1943年)発表が中止されたことがあります。該当者がなかったのは1935年の1度きり。

発表が保留されたのが7回(1915, 1919, 1925, 1926, 1927, 1936, 1949年)あり、このうち5回は翌年の授賞式に合わせて授与されています。

性的暴行スキャンダルの土壌

17年11月、スウェーデンの主要紙が、アカデミー会員だった詩人のカタリーナ・フロステンソン氏(66)の夫でフランス出身の文学サロン監督ジャン・クロード・アルノー氏(73)が過去20年にわたり会員や会員の妻、娘ら計18人に性的暴行を加えていたことをスクープ。

アカデミーは年50近くの賞を授与しており、大手出版社、王立ドラマ劇場、王立音楽アカデミー、王立美術アカデミーとも強い絆を持っています。性的暴行はアカデミーの施設だけでなく、ノーベル賞晩餐会で半ば公然と行われていました。

アルノー氏はアカデミーなどの資金で運営する自らの文学サロンで講演会や読書会、演奏会、舞踏会を仕切る文化界の最高実力者でした。性行為を拒否した女性を「干してやる」と脅していたそうです。

アルノー氏は年12万6000スウェーデン・クローナ(約137万8000円)の活動資金をアカデミーから提供されていました。文学サロンには妻も参画、利益相反が浮き彫りに。アカデミーがパリに所有する住宅の管理も任され、維持管理費を受け取り私物化していました。

さらにはアルノー氏が発表の瞬間まで門外不出とされるノーベル文学賞受賞者7人の名前を事前に漏らしていた疑いまで浮上。昨年末、アルノー氏はレイプの罪で2年半の禁錮を言い渡され、21万5000スウェーデン・クローナ(約235万1300円)の罰金を科せられています。

居座ったアカデミー会員の多くはノーベル文学賞の権威をほしいままにしたアルノー氏の体質に目をつぶっていたのではないかと筆者は強く疑っています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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