Yahoo!ニュース

韓国との「歴史戦争」に熱狂する日本と「合意なき離脱」に突き進む英国のカタルシスとは

木村正人在英国際ジャーナリスト
解散総選挙をにらんでウェールズの農家を訪問するジョンソン英首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

英国はマイナス0.2%成長

[ロンドン発]離脱期限の10月31日に向け、市民生活と企業活動を大混乱に陥れる「合意なき離脱」に突き進む英国経済が景気後退局面入りする恐れが膨らんできました。

画像

英国家統計局(ONS)が9日発表した第2四半期(4~6月)の実質国内総生産(GDP)は前期比0.2%減となり、2012年第4四半期以来のマイナス成長になりました。エコノミストはゼロ成長を予測していました。

英通貨ポンドは対円で1ポンド=127.2円と、欧州債務危機に直撃された2012年11月以来の安値をつけています。「合意なき離脱」を恐れて資本逃避が加速しています。

英国は当初、3月29日にEUを離脱する予定だったため、品不足やサプライチェーンの停滞を恐れて在庫を積み増し、第1四半期は0.5%成長を記録しました。

自動車生産は対前年で2割減

離脱期限は2度も先延ばしされ、在庫は全くさばけませんでした。厳しいディーゼル車規制や環境対策、さらにEU離脱交渉の迷走で自動車生産は今年上半期で前年同期に比べ20.1%も落ち込み、年間生産台数は135万1388台に。

画像

製造部門や建設部門はマイナスに転落し、頼みのサービス部門も縮小しています。ドナルド・トランプ米大統領が中国やEUを相手に仕掛ける貿易戦争で世界経済が減速していることも逆風になっています。

サジド・ジャビド英財務相は英BBC放送などで「英中銀・イングランド銀行をはじめ景気後退を予測しているところはない。彼らは英国経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)が強いことを知っているからだ」と説明しました。

そして「この不安定さを終わらせる最善策は10月31日にEUを離脱することだ」と強弁しました。

ジョンソン首相の「ウルトラC」とは

「合意なき離脱」を宣言するジョンソン首相(筆者撮影)
「合意なき離脱」を宣言するジョンソン首相(筆者撮影)

しかし、この発言を鵜呑(うの)みにして良いのでしょうか。ボリス・ジョンソン英首相は夏休み明けに下院で内閣不信任案が可決されても「合意なき離脱」に突入し、離脱後に総選挙の期日を設定する危険極まりない「ウルトラC」を計画しています。

10月31日の「合意なき離脱」に備えて第3四半期で再び在庫が積み増され、数字はプラスに転ずるかもしれません。しかしジャビド財務相の本当の狙いは「ファンダメンタルズが強いから『合意なき離脱』をしても大丈夫だ」と有権者を騙(だま)すことにあるのです。

英国の国立経済社会研究所(NIESR)は7月22日、英国経済はすでに経済成長率が2四半期連続してマイナスになる「テクニカル・リセッション」に陥っている可能性が25%もあるとし、「『合意なき離脱』なら来年、景気後退の確率は30%に膨らむ」と指摘しています。

イングランド銀行のマーク・カーニー総裁も8月1日「もし移行期間のない『合意なき離脱』になれば英国は景気後退する確率が3分の1以上もある。今の袋小路が続くより『合意なき離脱』の方が良いというトランプ大統領の前経済顧問の発言は誤り」と一蹴しています。

政治家が真っ赤なウソを平気でつき、メディアがそれを批判しないようになったら、お終いです。

1970年代「英国病」の悪夢

英国の失業率は3.8%、生産年齢人口(16~64歳)の就業率は76%。実質賃金も増え始めています。しかしこれだけで英国経済のファンダメンタルズは強いと言えるのでしょうか。

1973年、英国の失業率は3.4%。石油ショックが発生し、成長率は今と同じでマイナスに転落、景気後退入りします。

その年、英国はEUの前身である欧州経済共同体(EEC)に加盟し、75年の国民投票では賛成67%、反対33%で承認されます。

日本やドイツの台頭で英国産業の国際競争力は急落。「ゆりかごから墓場まで」と呼ばれる手厚い福祉政策で生産性が低下した英国は76年、国際通貨基金(IMF)から39億ポンドの緊急融資を受ける危機に見舞われます。

その後、ご存知の通り、英国は高インフレと高失業率に苦しむ「不満の冬」を迎え、サッチャー改革で息を吹き返します。

英国の時間当たり労働生産性はEUの中では決して高くなく、南欧諸国に近づいてきています。経済成長のエンジンだった外資と移民も離脱交渉の迷走で「英国離れ」が加速しています。米国のイラン核合意離脱を発端に原油輸送の大動脈であるホルムズ海峡の緊張が増しています。

英国がトランプ大統領を上回る「ホラ吹き(脱・真実)男」ジョンソン首相の口車に乗せられて「合意なき離脱」に突き進むと1970年代の悪夢が繰り返される恐れが非常に強いと思います。すでにその兆候が出てきています。

欧州に垂れ込める暗雲

画像

欧州経済のエンジン、ドイツも今年第2四半期は前期比0.1%減のマイナス成長に落ち込んだとみられています。

イタリアでは与党の極右政党「同盟」党首のマッテオ・サルビーニ副首相兼内相が早期の解散総選挙を訴えています。連立を組む新興政党「五つ星運動」と政策が噛み合わない上、同盟の支持率が五つ星運動を逆転し、38%に達しています。

首相の座を目指すサルビーニ副首相兼内相(筆者撮影)
首相の座を目指すサルビーニ副首相兼内相(筆者撮影)

今、解散総選挙になればサルビーニ氏が首相になる可能性は極めて強いのです。ジョンソン首相も、サルビーニ氏も「タフガイ・プレイブック(脚本)」を演じるポピュリストで、トランプ大統領の首席戦略官兼上級顧問だったスティーブ・バノン氏とのつながりが指摘されています。

ターゲットはグローバル化とデジタル化の敗者である「白い負け組(ホワイト・アンダークラス)」です。政治・経済・社会から見捨てられ、これまで投票に行かなかった「負け組」が政治のキャスティングボートを握り始めているのです。

1990年代に金融バブルの崩壊を経験した日本では、こうした現象が先行して起きています。

筆者は大阪で日本の金融バブル崩壊を経験し、ロンドンで世界金融危機と欧州債務危機を見てきました。日本で「負け組」に転じた大阪はEUの「負け組」イタリアと瓜二つです。大阪維新の会とイタリアの同盟も非常に良く似ています。

「負け組」の破壊欲求とカタルシス

日本は従軍慰安婦や元徴用工の歴史問題を引き金に韓国との「歴史戦争」に熱狂しています。韓国も状況は同じです。

背景には経済格差、「負け組」の破壊欲求とカタルシスがあります。ナショナリズムに陶酔することで、誰でも容易にカタルシスに浸ることができます。

しかし、破壊するのは簡単でも、また一から作り直すのは非常な困難と労力を伴います。英国のEU離脱も結局は、経済とは全く関係のない、大英帝国ノスタルジーに由来するカタルシスなのです。

「合意なき離脱」派に抗議して選挙区支部に続き、英保守党からも離党したニック・ボールズ下院議員は筆者にこう話しました。

「保守党も主権に取り憑かれ、延々と第二次世界大戦やダンケルクの戦い、ノルマンディー上陸作戦を語り続けている。しかし、現在の問題に対しては文字通り何の意味もない」

政治家とメディアに踊らされて最後に苦しみを味わうのは一般国民であることを私たちは忘れてはいけません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事