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「大量殺人は死刑」トランプ大統領のヘイトが生み出す近未来 殺人予知システムと予防拘禁の世界が訪れる

木村正人在英国際ジャーナリスト
相次ぐ銃乱射事件に声明を発表するトランプ米大統領(写真:ロイター/アフロ)

「この国には嫌悪の居場所はない」

[ロンドン発]米南部テキサス州や中西部オハイオ州の繁華街で週末の3日と4日に銃の乱射事件が起き、合わせて29人が死亡、53人が負傷した事件で、ドナルド・トランプ米大統領は5日、声明を発表し「邪悪な男」と「ねじれた怪物」の凶行だと糾弾しました。

「こうした野蛮な虐殺は、私たち地域社会への攻撃、私たちの国への攻撃、すべての人類に対する犯罪だ。私たちはこの怪物のような邪悪さ、残虐、嫌悪、敵意、流血、そして恐怖に怒りと吐き気を催す」

テキサス州エルパソで逮捕された21歳の男が「ヒスパニックによるテキサスへの侵略」を罵る文書をオンラインの匿名掲示板「8chan」に投稿していたことから、メキシコ系移民への人種差別発言を繰り返してきたトランプ大統領自身が「嫌悪(ヘイト)」を煽ってきたのが原因と非難されています。

これに対しトランプ大統領はこう表明しました。

「私たちの国は声を一つに合わせ、人種差別、偏見、白人至上主義を非難しなければならない。邪悪なイデオロギーは打ち負かされなければならない。この国に嫌悪の居場所はない。嫌悪は心を捻じ曲げ、荒廃させ、魂をむさぼり食う」

そして掲げた4つの対策は次の通りです。

(1)無差別殺人犯を攻撃前に検出できるツールを開発

インターネットは乱れた心を過激化させ、馬鹿げた行為に走る危険な手段を提供している。司法省に、州政府、連邦政府機関、ソーシャルメディア企業とのパートナーシップを組んで、大量殺人犯が犯行に及ぶ前に予知できるツールを開発するよう命じている。

(2)暴力ビデオゲームを禁止

街中にあふれる恐ろしいビデオゲームを含む、社会における暴力の賛美を止める。文化を変えるのは困難だが、すべての人間の固有の価値と尊厳を祝福する文化を構築することを選択できる。

(3)暴力行為を行う恐れのある精神障害者を必要に応じて監禁

暴力行為を行う恐れのある精神障害者をより適切に特定し、治療を受けさせるだけでなく、必要に応じて本人の同意がなくても監禁できるよう精神衛生法を改正しなければならない。問題は銃ではなく精神疾患と憎悪だ。

(4)危険人物から一時的に銃を取り上げる

公共の安全に重大なリスクをもたらすと判断された人が銃器にアクセスできないように取り上げる。そのため、警察や家族が他者に危害を加える危険性があるとみなした場合、一時的に銃を取り上げることができる「レッドフラッグ法」を要請した。

米国では昨年、銃乱射事件を防止するため2つの法律が制定されています。

【学校暴力防止法(STOP School Violence Act)】

・学校暴力の脅威に対して、携帯電話アプリ、ホットライン、ウェブサイトを含む匿名の通報システムを構築して運用

・学校の安全を守るインフラを改善

・暴力を防ぐため生徒、教師、警察官の訓練を実施

【即時犯歴照会システム修復法(Fix NICS Act)】

即時犯歴照会システム(NICS)に通報しなかった政府機関を処罰

トランプ大統領は「司法省に、嫌悪犯罪や大量殺人は死刑になり、速やかに刑が執行されることを保証する法律を提案するよう指示しています」と強調しました。

銃規制や自分自身の「嫌悪演説(ヘイト・スピーチ)」を棚上げし、米映画『マイノリティ・リポート』を連想させる殺人予知システムや予防拘禁、迅速な死刑執行で銃乱射事件を封じ込めると宣言してみせたわけです。

白人至上主義の恐怖

今年3月、ニュージーランド南部クライストチャーチでモスク(イスラム教の礼拝所)が半自動小銃を持った男に襲撃され、50人が射殺された事件を覚えておられるでしょうか。

犯人の極右テロリスト、ブレントン・タラント被告はオーストラリア人で、フェイスブックのアカウントを使ってモスクの中で男性や女性、子供を無差別に銃撃する様子を現場から生中継しました。

インターネット上にはタラント被告が白人至上主義を唱えた74ページの声明が残され、2011年にノルウェーで77人を殺害した極右テロリストのアンネシュ・ブレイビク服役囚と短い接点があったと言います。

嫌悪犯罪の撲滅に取り組む米国の団体「反中傷連盟(ADL)」の調査では、昨年、米国では過激主義者により50人が殺害されました。15年は70人、16年は72人、17年は37人。

昨年の事例では98%が右翼の過激主義者で、白人至上主義者は78%。イスラム過激派に関係していたのはごく最近転向したばかりの1人(2%)だけでした。

09~18年の過激主義による死者数は計427人。犯人の内訳は右翼過激主義者73%、左翼過激主義者3%、イスラム過激主義者が24%。

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このうち右翼過激主義による死者数は313人。犯人の内訳は白人至上主義者76%、反政府過激主義者19%、彼女ができない独身男の過激主義者3%、反中絶過激主義者とその他がそれぞれ1%でした。

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いかに右翼過激主義、中でも白人至上主義が恐ろしいかが分かります。

張り巡らされた白人至上主義のクモの巣

バラク・オバマ前米大統領は2つの銃乱射事件を受けて「私たちは、恐怖と嫌悪を煽り、人種差別の感情を日常化させるいかなる指導者の口から吐き出された言葉も大声で拒絶すべきだ」と表明しました。

「私たちと見た目が違う人を悪魔化したり、移民を含む他の人々が自分たちの生活様式を脅かしていると示唆したり、劣等人種とみなしたり、米国がある特定の種の人間にだけ属するとほのめかしたりする指導者の言葉を拒絶すべきだ」

米バージニア大学のシバ・ベイドヒャナサン教授は英紙ガーディアンに「トランプからフォックス・ニュース、8chanまで:白人至上主義レトリックのクモの巣は広く張り巡らされている」と題して寄稿しています。

同教授によると、5月にフロリダで開かれた集会でトランプ大統領は「こうした人々(ラテン系移民や難民)をどのように止めますか」と尋ねました。群衆の誰かが「彼らを撃て」と答えると、笑いと歓声が上がりました。トランプ大統領はニヤついて冗談を飛ばしました。

「トランプは過激な感情を増幅し、大声で冷静さをかき消すことができるメディアのエコシステムに完全にフィットした政治家だ」とベイドヒャナサン教授は指摘しています。白人至上主義を色濃くにじませるトランプ大統領はちょうどクモの巣の中心にいるクモと言えるかもしれません。

あなたはトランプ大統領とオバマ前大統領の言葉のどちらを信じますか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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