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「終身雇用を経済界はもう守れない」というより若者が企業を選ぶ「転職の時代」がやって来た

木村正人在英国際ジャーナリスト
ANAの2019年度グループ入社式(写真:REX/アフロ)

中途の通年採用を拡大

[ロンドン発]日本経済団体連合会(経団連)の中西宏明会長が19日、「正直言って、経済界は終身雇用なんてもう守れないと思っているんです。どうやって、そういう社会のシステムを作り変えていくか。そういうことだというふうに(大学側と)お互いに理解が進んでいる」と述べました。

「人生100年時代に、一生一つの会社で働き続けるという考えから企業も学生も変わってきている」として、現行の新卒一括採用制度を維持する一方で、中途の通年採用を拡大する考えを示しました。人工知能(AI)やビッグデータの時代に対応できる高度人材の不足が背景にあります。

ロンドンで暮らしていると、「海外でマスター(修士)を取得してスキルアップしたのに日本では新卒採用が優先され、マイナス評価にしかならない」という女性の声をよく耳にします。職場で爪を切っているような男性シニアを優遇する終身雇用と年功序列が日本経済をダメにしたのは間違いありません。

賃金の高い50代がリストラの対象になるのが当たり前の時代です。中西氏が会長を務める日立製作所も2021年度をめどに、グループ会社数を4割減らす方針です。

「終身雇用なんてもう守れない」ことが今さらニュースになると思っているのは、放送法や再販制度(再販売価格維持制度)などの規制に守られた「レガシー・メディア」のテレビや新聞ぐらいでしょう。

若いうちに転職すれば年収が増える

リクルートワークス研究所の全国就業実態パネル調査2018年データ集を見てみましょう。

これまで一度も退職したことがないと回答したのは雇用者全体の32.3%。正規雇用の男性は48.3%、女性は39.3%。非正規雇用では男性が15.5%、女性が10.4%でした。

雇用者全体で見た退職回数は――。

1回17.5%

2回15%

3回12%

4回6.6%

5回5.7%

6~10回6.9%

11回以上が1.8%です。

終身雇用はもはや少数派と言って差し支えないでしょう。

転職が損か、得かと言えば年齢層、性別、雇用形態によって大きく違うようです。雇用者全体では転職2年目で年収が増える確率は増えます。女性は五分五分です。年齢を重ねていくと、新しい技術を取得したり、環境に馴染むのに時間がかかるようになり、転職は不利に働きます。

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正規雇用の男性に限って言えば、若いうちに転職を重ねてスキルアップして収入を上げていった方が良さそうです。55歳を越えて早期退職を勧められたら、退職金の積み増し額を考慮した上で、できるだけ会社にしがみついた方が利口な場合もあります。

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少子高齢化で日本は人手不足に陥っています。企業は働きがいがあって、働きやすい環境を作らなければ、優秀な人材を集めることができなくなりました。

一方、非正規雇用の女性は15~24歳と45~54歳の年齢層を除くと、転職はマイナスに働きます。マニュアルワークの場合、スキルアップが全く望めないため、年収は増えないのです。

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英国は平均5年、米国は平均4年で転職

英国では転職しなければ昇給は望めません。同じ職場にずっと居続けると「無能」の烙印を押される恐れがあるため、3~5年で転職している方が採用者に「好印象」を与えるそうです。生命保険会社LV=が2年前に行った調査では平均5年で転職していました。

特にテクノロジー、広告、広報(パブリック・リレーションズ)の分野では数カ月から2~3年のペースで転職するのが当たり前になっています。転職は好ましいというより、必須条件になっています。

米国では平均4年で転職します。ロボットやAIの普及で産業構造の転換が加速し、一昔前まで高収入が約束されていた公認会計士の仕事さえ「絶滅危惧種」と呼ばれるようになり、サバイバルのために必死にもがいています。

年老いたサラリーマン社長が舵取りをする日本企業は経営判断が遅く、どんどん国際競争力を失っています。若くて有能なICT(情報通信技術)人材も初任給の安さから海外のテクノロジー企業に奪われています。

将来が約束された仕事も企業もありません。企業だけでなく、労働者も世界規模で自分のUSP(ユニーク・セールス・ポイント)を意識しなければ生き残れない時代です。

「読み書き算盤」では通用しない

日本でも小学生の頃から経済やビジネスの仕組みを教えて、どのようにすれば起業して21世紀を生き残れるかを教えるようにした方が賢明です。

昔なら「読み書き算盤」で足りたかもしれませんが、今は英語、インターネット、エクセルなど表計算ソフトに加え、コンピュータープログラムも書けた方が間違いなく収入は増えるでしょう。

英国では、真面目に働き、スキルアップしている移民はキャリアアップしていきます。その一方で努力を怠る白人労働者は競争から脱落し、不平ばかり言うようになり「EUから離脱しさえすれば古き良き時代が戻ってくる」という妄想に取り憑かれています。

中途の通年採用は世界では当たり前のことです。日本は義務教育、高等教育、社会人教育、職業訓練を含めて激化する国際競争に勝てる環境を作るべく、政官業学が一体となった包括的な取り組みが求められています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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