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英自動車産業への投資10分の1に 危機感なき強硬離脱派「合意なし」なら車販売だけで7150億円負担増

木村正人在英国際ジャーナリスト
英自動車製造販売者協会の最高経営責任者マイク・ホーズ氏(筆者撮影)

昨年12月の生産台数22.4%減

[ロンドン発]3月末に欧州連合(EU)離脱が迫る英国の自動車生産台数は昨年12月、対前年同月に比べて22.4%も減少、このうち輸出が25.3%も落ち込んでいることが分かりました。

英自動車製造販売者協会(SMMT)の最高経営責任者マイク・ホーズ氏が30日の記者会見で明らかにしました。

英国が「合意なき離脱」に追い込まれ、世界貿易機関(WTO)ルールに基づきEU域外関税の10%が自動車にかけられた場合、50億ポンド(約7150億円)のコストが発生するそうです。

毎日1100台以上のトラックが欧州から英国に入り、3400万ポンド(約48億6200万円)相当の自動車部品を英国の車両・エンジン製造工場に運び込んでいます。

英国で年間16万4160台を生産するホンダは「合意なき離脱なら関税だけで数千万ポンドのコストが発生し、競争力が大きく損なわれる」と警告しています。

ジャスト・イン・タイムのサプライチェーンが被る打撃は大きく、下請け零細企業の「合意なき離脱」対策は十分ではありません。

EUが譲歩しないなら「合意なき離脱もやむなし」と息巻く強硬離脱(ハードブレグジット)派はこうした事実に決して目を向けようとはしません。

英下院は29日、テリーザ・メイ首相の代案を巡る修正動議で、北アイルランドとアイルランド国境に「目に見える国境」を復活させないバックストップ(安全策)の代替策を求める案と「合意なき離脱」を排除する案を可決しました。

メイ首相はEUとの再交渉に臨むと意気込んでいますが、ホーズ氏は「EUとの将来の関係も描けず、何も変わらない」と切り捨てました。

坂道を転げ落ちる生産台数

昨年1年間の英国における自動車の生産台数は対前年比9.1%減の151万9440台。内訳は国内向けが28万1832台(同16.3%減)、輸出が123万7608台(同7.3%減)。

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上のグラフを見ると、EU離脱を決定した2016年の国民投票以降、一時は200万台を目標にしていた英国の自動車生産台数は坂道を転げ落ちるように減っていることが分かります。

輸出全体の6.1%を占める中国向けは中国経済の減速で7万5749台と、対前年比24.5%減も落ち込みました。欧州市場への輸出も9.6%減りました。

世界統一排出ガス・燃費試験規則(WLTP)が英・EU両市場を冷え込ませ、ディーゼル車規制と景況感の悪化が国内市場にさらに追い打ちをかけました。

米国のドナルド・トランプ大統領が仕掛けた米中貿易戦争に直撃された中国市場の冷え込みも大きく響いています。

悲劇的な投資減、伸びるEU域外への輸出

EU離脱の行方も将来の関係も全く見通せないため、英国の自動車産業への投資は悲しくなるほど減っています。

2013年には58億ポンド(約8300億円)もあったのに昨年は5億8860万ポンド(約840億円)と10分の1に激減しました。

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英ジャガー・ランドローバー(JLR)が4500人の雇用を削減。米フォード・モーターがフランス南西部ボルドーでの変速機生産中止や、ミニバンの生産終了を相次いで発表し、数千人の雇用が失われる見通しです。

一方、英国で生産される高級車の最新モデルが顧客を引き付け、日本向けは26%増、韓国向けは23.5%増、ロシア向けは10.3%増、米国向けは5.3%増加しました。

強硬離脱派はEU域外市場の重要性が増していくと主張しており「これがその証拠だ」と言い張るかもしれませんが、「EUが最大の輸出相手であることに変わりはありません。規模が違います」とホーズ氏。

英国製自動車の52.6%の65万628台がEU向けの輸出です。逆に英国での新車登録台数のうち68.4%が欧州の工場から輸入されました。

英国車の15.7%が世界へ輸出されており、英国はEU加盟国として各国と相互に特恵貿易協定を結んでいます。英国がEUを離脱する際、特恵貿易協定が失効すれば販売価格は上昇していまいます。

ホーズ氏は「今後の成長と相互に恩恵のある貿易関係を守ることができる経済的・政治的安定が不可欠です」と何度も訴えました。

スーパー・カナダ型FTAでもサプライチェーンに支障

強硬離脱派が主張するEU・カナダ包括的貿易投資協定(CETA)型に上乗せする自由貿易協定(FTA)ではサプライチェーンに摩擦が生じます。

このため、自動車産業にとってはEUの単一市場と関税同盟と同じルールブックを作るというメイ首相の離脱案(チェッカーズ)の方が好ましいそうです。

「合意なき離脱を盾に交渉に臨めば、ドイツの自動車産業がアンゲラ・メルケル首相を突き上げて最終的にEUの譲歩を引き出せるというのは甘い考えだ」とホーズ氏は分析しています。

自動車産業は英国最大の輸出分野(全体の12.8%)です。製造分野だけで18万6000人、周辺で85万6000人の直接雇用を生み出し、年間売上高は820億ポンド(約11兆7300億円)。202億ポンド(約2兆8900億円)を納税しています。

自動車研究開発に年36億5000万ポンド(約5200億円)を投資。部品供給業者2500社と世界有数の熟練エンジニアに支えられた30社以上が英国で70モデルを生産しているそうです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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