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中国とロシアを警戒せよ!英国離脱もEUはバルカン拡大へ「北マケドニア共和国」ギリシャ議会が承認

木村正人在英国際ジャーナリスト
国名変更の承認に反対してアテネのシンタグマ広場に集まる市民(24日、筆者撮影)

歴史的対立に終止符

[アテネ発]アレクサンドロス大王で知られる古代ギリシャのマケドニア王国。

旧ユーゴスラビアが崩壊し、マケドニア(マケドニア旧ユーゴスラビア共和国、FYROM)が1991年に独立して以来、国内にマケドニア地方を抱える隣国のギリシャは「マケドニアはわが国が発祥の地。名前はギリシャのものだ」と国名使用を反対してきました。

Googleマップより
Googleマップより

マケドニアは93年に国連に加盟したものの、ギリシャの嫌がらせで欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)には加盟できませんでした。

国連の仲介で両国政府は歴史的な対立に終止符を打つため、マケドニアの国名を「北マケドニア共和国」に変更することで昨年6月に合意しました(プレスパ合意)。

マケドニア議会に続き、ギリシャ議会も25日、賛成153票、反対146票で承認しました。野党の7議員が賛成に回りました。

ギリシャは「北マケドニア共和国」のEUとNATOへの加盟反対を取り下げる予定です。EUとNATOはバルカン半島でロシアや中国が影響力を増すのを警戒しており、ギリシャとマケドニアの和解を支持してきました。

ドナルド・トランプ米大統領が孤立主義を深め、複数回にわたって「NATOから離脱したい」と周囲に漏らしていたと米紙ニューヨーク・タイムズが報じています。

NATOはさて置き、ギリシャとマケドニアの歴史的な和解の背景にはEUのバルカン拡大戦略を見て取ることができます。

欧州の火薬庫

バルカン半島は欧州から中東へとつながる要衝で、第一次大戦やユーゴスラビア紛争の発火点となり、「欧州の火薬庫」と呼ばれてきました。

今でも宗教的・民族的対立の火種がくすぶり続けています。マケドニアも1912~13年のバルカン戦争でギリシャ、セルビア、ブルガリアの3国によって分割された経緯があります。

民族感情は複雑です。ギリシャの首都アテネでは20日、国名変更を巡るプレスパ合意の議会承認に反対する大規模デモ(主催者発表15万人。警察発表6万人)が行われ、一部の反対派が警官隊と激突しました。

極右政党「黄金の夜明け」は強硬に国名変更に反対しています。

ギリシャ議会に投げ込まれる発煙筒(24日筆者撮影)
ギリシャ議会に投げ込まれる発煙筒(24日筆者撮影)

筆者がアテネ入りした24日夜にも、承認に向け審議中の議会に面したシンタグマ広場には反対派市民数千人が結集していました。

写真を撮ろうとカメラを準備していると、これまで何度もアテネの取材で一緒になったことがあるスイス人フォトグラファーが「顔を撮影されるのを嫌う人が多いから、注意しろ」と声をかけてくれました。

写真はスマホで撮ることにして参加者の声を拾い始めると、反対派市民は「裏切り者め!」「マケドニアはギリシャのものだ」「議会採決より国民投票だ」と口々に叫び始めました。

女性が「これをつけなさい」と市販のマスクをくれました。議会に向け発煙筒が投げ込まれ、闇の中に警官隊が浮かび上がります。ロケット花火が打ち込まれ、投石が始まると風上の警官隊が催涙ガスを使用しました。

催涙ガスが使用され、退散する反対派市民(24日筆者撮影)
催涙ガスが使用され、退散する反対派市民(24日筆者撮影)

アッという間に目やノドが痛くなって取材どころではありません。マスクは催涙ガスへの備えだったのです。

有権者の支持失ったギリシャの反逆児

ギリシャ債務危機で厳しい緊縮策を迫るEUに反対して人気を集めた急進左派連合(SYRIZA)のアレクシス・チプラス首相は「EUの忠実な下僕」とみなされるようになり、SYRIZAの支持率は低迷しています。

特に国名変更を巡るプレスパ合意については反対の世論が強く、昨年10月の世論調査では64.5%の国民が議会承認に反対していました。

承認に反対して、連立を組む保守政党「独立ギリシャ人」党(ANEL)のパノス・カンメノス国防相が辞任したため、今年10月に予定される総選挙の前倒しを求める声が強まっています。

政権奪還を狙う中道右派の新民主主義党(ND)は最大で20ポイント以上もSYRIZAを引き離しています。NDのキリアコス・ミツォタキス党首はこの日「4年前、チプラス首相は市民を欺いて選挙に勝った。私はプレスパ合意を弱めるため全力で戦う」とツイートしました。

バルカン半島への介入強めるロシア

欧州委員会は昨年2月、EU拡大の新戦略を公表。旧ユーゴスラビア諸国のセルビアとモンテネグロは早ければ2025年にもEUに加盟できる可能性があると指摘しました。

セルビアの加盟は同国からの独立を宣言したコソボとの関係正常化が課題です。ボスニア・ヘルツェゴビナも加盟候補国になる可能性があるとの見方を示しました。

昨年4月には、加盟候補国のアルバニアとマケドニアについて加盟交渉開始を勧告。国名問題の解消で「北マケドニア共和国」はEU加盟に向けて大きく前進しました。

「北マケドニア共和国」のゾラン・ザエフ首相は「私の友人、チプラス首相。私たちは歴史的な勝利に達した。プレスパ合意よ、永遠に。バルカン諸国と欧州の永遠の平和と進歩のために!」とツイートしました。

しかし昨年9月「北マケドニア共和国」への国名変更の賛否を問う国民投票の投票率は37%と成立に必要な50%に届かず、無効になりました。同国のNATO加盟を警戒するロシアが介入したとみられています。

米国のジェームズ・マティス国防長官(当時)は「ロシアが他の多くの国で行った介入がマケドニアでも行われるのは望ましくない。ロシアが反対派のキャンペーンに資金提供し、幅広い影響力を行使しているのは間違いない」と糾弾しました。

議会の入り口を封鎖する警官隊と反対派の市民(25日筆者撮影)
議会の入り口を封鎖する警官隊と反対派の市民(25日筆者撮影)

ギリシャも昨年7月、ロシアの外交官2人を含む4人がプレスパ合意に反対するため与党議員を買収したり、反対運動を支援したりしようとしていたとして国外追放しました。

欧州の安全保障という大きな観点から見ると、英国のEU離脱は極めて近視眼的な選択です。しかし、その一方で経済格差の大きな国々の統合を急激に進めるEUの拡大戦略はすでに破綻しているとも言えるでしょう。

中国もバルカン半島諸国への投資を増やしています。米国と欧州の衰退が顕著になる中、バルカン半島で中国やロシアが間隙を突こうとしています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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