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「メルケル時代の終わり」は何を意味するのか ポスト冷戦から米中新冷戦へと反転する世界

木村正人在英国際ジャーナリスト
後継者クランプカレンバウアー氏が党首に選ばれ、祝福するメルケル独首相(写真:ロイター/アフロ)

ベルリンの壁崩壊と東西ドイツ統一の申し子

アンゲラ・メルケル首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)の党大会が12月7日、ドイツ北部ハンブルクで行われ、党首選の結果、「ミニ・メルケル」と呼ばれるメルケル首相の後継者アンネグレート・クランプカレンバウアー氏(56)が選ばれました。

これでメルケル首相は18年間務めたCDU党首を辞任しますが、2021年の任期満了まで首相の座に留まる考えを表明しています。しかしメルケル時代は間違いなく終わりを迎えます。

旧東ドイツ出身のメルケル首相は、東西ドイツ統一を主導したヘルムート・コール独首相(故人)の「お嬢さん」と呼ばれました。

東西を分断していたベルリンの壁崩壊と冷戦終結、東西ドイツ統一の申し子で、欧州連合(EU)誕生を象徴する政治指導者です。

党大会でメルケル首相はこう訴えました。

「私たちリベラルの価値は国内でも国外でも守られなければなりません」「この党の絆を保つために私が党首であり続ける必要はありません。私はまだ首相なのです」

本命「ミニ・メルケル」

メルケル首相が自分の後継者としてほのめかしたのは、頭文字を取って「AKK」とも呼ばれるクランプカレンバウアー氏でした。

CDUの党首選が行われるのは実に1971年以来。しかも3人が立候補したのは初めてで、いかにドイツ国内、引いては欧州情勢が緊迫しているかが分かります。

「本命」クランプカレンバウアー氏は、今年2月に西部ザールラント州首相から幹事長に就任したばかり。

1981年CDUに入党。99年にザールラントの州議会議員となり、2011年にザールラント州首相に就任し、政治家としての実績を重ねてきました。党首選では「CDUは明日の政党であり続けなければならない」と演説しました。

対抗馬は軽量級のトランプ

「対抗馬」は、メルケル首相の「仇敵(きゅうてき)」であるフリードリヒ・メルツ元院内総務(63)。

メルツ元院内総務はメルケル首相と対立して02年に院内総務を辞任し、09年にはいったん政界引退に追い込まれました。現在は企業弁護士で米投資会社のドイツ子会社会長を務めるビシネスマンです。

メルケル首相がバイエルン州、ヘッセン州議会選で大幅に議席を減らし、党首辞任を発表したことを受け、政界に復帰、党首選への立候補を決断しました。

「わが党は中産階級の政党だ」として昨年の総選挙で32.9%まで落ち込んだ得票率を40%に回復させることを公約に掲げました。

ドイツ基本法で保障された難民の権利について欧州諸国並みの基準に照らし「議論を再開すべきだ」と主張したため、連邦政府で連立を組む社会民主党(SPD)から「軽量級のトランプ」と批判されました。

反難民、反移民、反ユーロ(単一通貨)を唱えて急伸している極右の新興政党「ドイツのための選択肢」からは「わが党の政策を盗んだ」「メルツ氏は今やわが党より右寄りだ」と揶揄(やゆ)されています。

2位、3位連合の敗北

「穴馬」のイェンス・シュパーン保健相(38)は「反メルケル」の若手旗手。同性愛者であることを公表していますが、党内最右翼でメルケル首相の難民に対する門戸開放政策を厳しく批判してきました。

ドイツ公共放送ARDがCDU支持者を対象に行った直近の世論調査ではクランプカレンバウアー氏が45%、メルツ氏30%、シュパーン氏が10%でした。第1回投票で誰も過半数を獲得できない場合、1位、2位による決選投票が行われます。

第1回投票の結果(有効999票)は――。

クランプカレンバウアー氏450票(45%)

メルツ氏392票(39.2%)

シュパーン氏157票(15.7%)

シュパーン氏が決選投票でメルツ氏支持に回り、「反メルケル」連合を組むとみられていましたが、決選投票の結果、クランプカレンバウアー氏が勝利しました。メルツ氏の政治的なブランクと右寄りの発言が敬遠されたのでしょう。

クランプカレンバウアー氏517票

メルツ氏482票

しかし、予想以上に僅差でした。メルケル首相はこれまで以上に厳しい政権運営を迫られます。ちなみにARDが党首選前に「もし次の日曜日に選挙があったらどの党に投票しますか」と尋ねたところ、次のような答えが返ってきました。

CDU/キリスト教社会同盟(CSU)30%

90年連合・緑の党20%

社会民主党(SPD)14%

ドイツのための選択肢14%

自由民主党(FDP)8%

左派党8%

「ミニ・メルケル」の当選でCDUの支持率が落ちるのかどうか注目です。

欧州と、ドイツの道

元駐ドイツ英国大使で、近著『ベルリン支配 欧州と、ドイツの道』を記したポール・レバー氏からこんな話をうかがったことがあります。

「ドイツは自国の歴史を思い起こさせるリスクよりも、欧州連合(EU)を団結させ維持することに大きなエネルギーと資源を注ぎ込むことを好む。ドイツは過去を振り返らない国家だ」

「ドイツに比肩しうる経済・社会モデルは見当たらない。政策立案者は欧州大陸の統合に誇りを持っている。ドイツにおいて『欧州懐疑主義』は公の討論の中では支持されない」

「今後20~30年間、ドイツの外交政策は基本的にEUをできる限り秩序を保ちながら維持する方向で進んでいく。英国のほかにEUを離脱する国もない。その中でドイツは単一市場を守る道を模索していく」

「究極の現状維持国家であるドイツは現実主義に基づいて英国が協調的にEUから離脱していくことを望んでいる。ドイツは伝統的な2国間外交を通じてロシアと対峙していく。北大西洋条約機構(NATO)は欧州大陸の安全保障の基盤であり続ける」

米中新冷戦の余波

米国の要請に応じてカナダ当局が中国の通信機器最大手、華為技術(ファーウェイ)の孟晩舟・副会長兼最高財務責任者(CFO)を逮捕しました。ポスト冷戦のグローバル時代は米中新冷戦に反転しようとしています。

トランプ米政権のマイク・ペンス副大統領が10月4日、ワシントンの研究所で「トランプ政権の対中政策」と題して行った40分の演説が中国を驚愕させました。

対中貿易戦争を仕掛けるトランプ政権の方針を明確にしたペンス演説は、第二次大戦終結直後の1946年、米ソ冷戦の始まりを告げたウィンストン・チャーチル英首相の「鉄のカーテン」演説を思い起こさせました。

そのドナルド・トランプ大統領が米国の貿易赤字の元凶として目の敵にしているのがEUの単一市場と欧州単一通貨ユーロなのです。

ドイツにとっては、製造業のサプライチェーンであり低賃金労働者の供給源である単一市場と、ユーロを守るのが最優先課題です。しかし終末期に入ったメルケル首相にトランプ大統領の圧力を跳ね返す力が残っているのでしょうか。

英国のEU離脱に加え、メルケル首相という偉大な指導者を失いつつある欧州は衰退を余儀なくされます。ベルリンの壁が崩壊したあとの「欧州の春」「グローバリゼーションの春」は完全に幕を下ろしたと思います。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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