Yahoo!ニュース

新聞記者はあなたの敵か、味方か メディア攻撃止めぬトランプ米大統領を全米350紙が非難

木村正人在英国際ジャーナリスト
「ジャーナリストは敵ではない」――ボストン・グローブ紙が掲げた社説

「報道の自由への容赦なき攻撃は危険」

[ロンドン発]「ジャーナリストは敵ではない」――米東部マサチューセッツ州のボストン・グローブ紙(電子版)が社説でこんな見出しを掲げました。

同紙の呼びかけに応じ、全米約350紙の新聞社が社説で、自分の意に沿わないメディアをあからさまに攻撃し続けるドナルド・トランプ大統領を非難しました。

ボストン・グローブ紙の社説は次のように書きます。

「トランプ政治の大きな柱は報道の自由への一貫した攻撃だ。ジャーナリストは米国人の仲間ではなく、むしろ『米国人の敵』と分類される。報道の自由への容赦なき攻撃は危険な結果をもたらしている」

「トランプ大統領は、現政権の政策を支持しないメディアは『米国人の敵』というマントラを作り出してきた。希望に満ちた群衆に『魔法』のダストや水を振りまく昔の山師とよく似る大統領がばらまく大量のウソの1つである」

共和党支持層48%「ニュースメディアは米国人の敵」

世論調査会社Ipsosが8月初め、米国の大人1003人に「トランプ大統領はCNNやワシントン・ポスト紙、ニューヨーク・タイムズ紙のような主要メディアを閉鎖すべきか」と尋ねたところ、下のグラフのような結果が返ってきました。

画像

共和党支持層ではトランプ大統領の意見に賛成が23%にのぼり、反対は50%を割りました。全体では賛成13%、反対66%でした。

「ニュースメディアは米国人の敵だ」という質問に対しては共和党支持層の48%が賛成し、全体でも29%にのぼりました。

画像

「大統領は行儀の悪いニュースメディアを閉鎖する権限を持つべきだ」という質問には共和党支持層の43%が賛成と回答、全体でも26%が賛成と答えました。

画像

新聞なき政府か、政府なき新聞か

Ipsosの世論調査を見ると米国がいかに危機的状況にあるかが分かります。合衆国憲法は「権利の章典」として制定された修正第1条で「表現の自由、報道の自由を制限することはできない」と明記しています。報道の自由は米国建国の理念なのです。

しかし、ボストン・グローブ紙は「今日、米国の報道の自由は深刻な脅威の下に置かれている。ジャーナリストが内なる敵として扱われる恐れのあるアンカラやモスクワ、北京、バグダッドの独裁者に危険なシグナルを送っている」と危機感を強めています。

報道の自由は民主主義に基づく近代国家の建設とともに確立されてきた権利です。その核心となる考え方を振り返っておきましょう。

「政府の基盤が国民の意見である以上、第一の目的は国民の権利を守ることだ。新聞なき政府か、政府なき新聞か、いずれを選ぶという判断を任されたなら、私はためらわずに後者を選ぶ」(1787年、トーマス・ジェファーソン第3代米大統領)

何度も試されてきた報道の自由

報道の自由は過去に何度も試されてきました。

1960年、アラバマ州の公民権運動グループがニューヨーク・タイムズ紙に「高まる声に耳を傾けよ」という全面意見広告を掲載、当事者の警察本部長が名誉を傷つける事実の誤りがあったとして訴えたことがあります。報道機関への事実上の脅しでした。

「公職者の評判が傷つくことが、事実関係の誤り以上に、自由であるべき言論を弾圧する正当な理由とはならない。(略)公的な言動に対する批判は、それが効果的であり、公人としての信用を傷つけたという理由だけで、憲法上の保護を失うことはない」(1964年、ウィリアム・ブレナン・ジュニア判事)

調査報道でニュースを追うとき、報道機関はしばしば誤りを起こしてしまいます。しかし、市民に情報を提供する新聞社に対して名誉毀損をちらつかせて脅すことは許されないという判断でした。

次はメリル・ストリープ、トム・ハンクスが共演した米映画『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』の題材となったベトナム戦争をめぐる米国防総省の最高機密文書の掲載をめぐる裁判です。

「情報の暴露により深刻な影響が出るかもしれない。しかし、それだけで、報道の事前規制を承認する根拠には、まったくならない。(略)憲法修正第1条のひときわ重要な目的は、政府が都合の悪い情報を抑圧するという、広く行われていた行為を禁止することだった」(71年、ウィリアム・O・ダグラス判事)

静観したワシントン・ポスト紙

「報道の自由」を敵視するトランプ大統領を非難する社説をめぐる主要紙の対応は分かれました。

ニューヨーク・タイムズ紙はボストン・グローブ紙の呼びかけに応じて「報道の自由はあなたたちを必要としている」と題した論説を掲載、地元紙を購読するように呼びかけました。購読者がいないことには新聞発行を継続することはできないからです。

同紙は「新聞なき政府か、政府なき新聞か」というジェファーソンの発言を引用する一方で、大統領になった彼が「新聞に書かれたものは何一つとして信じることができない。真実それ自体が汚れた媒体によって疑わしくなる」と新聞に恨みつらみをぶつけた言葉を伝えました。

これに対してペンタゴン・ペーパーズではニューヨーク・タイムズ紙を追いかけたワシントン・ポスト紙はマーティン・バロン編集主幹の言葉を記事の中で引用しただけでした。

「弊紙が大統領について報じるのは敵意の結果ではない。我々は政権と戦争しているのではない。私たちは私たちの仕事をしているだけだ。ヒラリー・クリントン政権であっても同じように果敢に報道していただろう」

トランプ大統領のメディア攻撃は止まらない

ロイター・ジャーナリズム研究所の「デジタルニュース・リポート2018」によると、米国でニュースを知る手段はプリンティング・メディアが2013年の47%から21%に激減。オンラインが75%から73%に微減する一方で、オンラインのうちソーシャルメディアは27%から45%に急増しています。

トランプ大統領の支持者はおそらく、トランプ批判の社説を掲げた新聞など全く読まない人たちです。彼らにとってはトランプ大統領のツイートが一番、信頼できる情報源。だから、トランプ大統領のメディア攻撃は止まりません。

「フェイクニュースメディアは野党だ。我々の偉大な国にとって甚大な害悪だ。しかし我々は勝利を収めつつある」

「ボストン・グローブ紙は、凋落のニューヨーク・タイムズ紙に13億ドルか21億ドルで売却された。そして1ドルでニューヨーク・タイムズ紙に売られた。今度は報道の自由について他の新聞と示し合わせている」

米国には「トランプ・ワールド」というパラレルワールドができ上がっているのは否定のしようがない現実です。社会の分断を放置しておくと、危険は報道現場の記者やフォトグラファーだけでなく、一般市民にも広がっていく恐れがあります。

(おわり)

参考:アメリカンセンターJAPAN「権利章典ー出版の自由」

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事