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韓国・SK建設のダム決壊は天災、それとも人災「水力発電立国」目指すラオスで死者・不明140人 

木村正人在英国際ジャーナリスト
韓国・SK建設がラオスで建設していたダムが決壊した(写真:ロイター/アフロ)

ダム建設では韓国一

[ロンドン発]ラオス南部アッタプー県で建設中だった水力発電用のセピアン・セナムノイダムが23日に決壊し、地元からの報道によると、9人が死亡、131人が行方不明になっています。

決壊で5億立法メートルの水が流出し、7つの村が浸水し、6600人以上が家を失いました。ラオスのほかタイや中国の救助隊計180人が救出活動を続けています。

建設を手掛ける合弁会社には、ラオスの国営企業・出資比率24%、韓国の2社(SK建設・同26%、韓国西部発電・同25%)、タイ電力大手ラチャブリ・エレクトリシティー・ジェネレーティング・ホールディング・同25%が参画。筆頭株主はSK建設です。

韓国国土交通部の「施工能力評価」によると、SK建設はダム建設分野では2014年から4年連続で韓国一になっています。

発電所の建設は13年2月に始まり、9割完成、来年2月には完工し、稼働を開始する予定でした。

決壊したセピアン・セナムノイダムは2つの主ダムと5つの補助ダムからなり、貯水池の高さは73メートル、長さは1600メートル、10億4300万立法メートルの水を貯めることが可能です。

事業費用は10億2000万ドルで、70%が借入金、30%がエクイティによって資金調達されました。電力生産量は410メガワット級で年間生産量は約1860ギガワット時。電力の9割はタイに輸出する予定でした。

ダム決壊のメカニズム

韓国紙ハンギョレや米紙ニューヨーク・タイムズによると、決壊までの経過は次の通りです。

7月20日、発電用補助ダム(台形状に盛り土を行って建設されるアースフィルダム型)の1つの中央部分が約11センチ沈下。様子を見ることに

22日夕、沈下は10カ所に。補助ダムを修復するためSK建設が作業員と装備を投入。しかし土砂降りの雨で補助ダムにつながる道路が水没し、修復作業は進まず

22日午後9時、補助ダムの最上部が損壊していることを確認。地方当局に通報、近くの村の住人が避難開始

23日午前3時、補助ダムの水位を下げるため主ダムの非常水門を開放するも、局地的な集中豪雨は続き、水位は下がらず

23日午前11時、補助ダムの沈下は1メートルに

23日正午ごろ、ラオス政府は補助ダムがさらに損壊するとの知らせを受け、下流の住民に正式な避難命令を出す

23日午後6時、補助ダムの上部が決壊

24日午前1時半、下流にある村が浸水との一報

補助ダムが貯水の浸透で沈下を始めたか、それとも浸食により決壊したのでしょうか。補助ダムの「沈下」が確認された時点で主ダムを放流し、貯水量を減らす必要がありました。

しかし下流にある村への影響を怖れたのか、放流が遅れたのが文字通り命取りになってしまいました。

降水量は75ミリメートル以上

実際、どれほど激しい雨が降っていたのかと言うと――。

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国連訓練調査研究所(ユニタール)のUNOSATによると、決壊したダム周辺の7月22~24日の降水量は75ミリメートル超。非常に激しい雨がゴーゴーと滝のように降り続ける状態で、車を運転するのは危険です。

中国、ミャンマー、タイ、カンボジア、ベトナムに囲まれた共産主義国のラオスは外貨を稼ぐため、メコン川水系の豊かな水源を活用した「水力発電立国」「東南アジアのバッテリー」を目指しています。

昨年、プロジェクト数は47件に達し、2020年までに100件に増やす計画です。電力輸出は10年には輸出全体の12%でしたが、昨年は23%まで増えました。

しかし、乱開発とも言えるラオスの水力発電用ダム建設計画は、環境保護団体から「巨大ナマズや巨大バサなどメコン川水系の生態系を破壊する」「コメの生産地メコンデルタへ肥沃な堆積物の供給を堰(せ)き止め、堆積物の量は3分の2に減る」と批判されてきました。

昨年9月にも犠牲者こそ出ませんでしたが、今回のセピアン・セナムノイダム決壊と同じような事故がすでに起きていました。

「低水準の建設が事故原因」

ラオス国営通信によると、同国のカンマニー・インティラート・エネルギー・鉱業相は26日の記者会見で「SK建設は惨事の責任から逃れることはできない」「基準に満たない低水準の建設が事故の原因」との見方を示しました。

当初は「事故の原因は集中豪雨が続いたから」と責任を回避していたSK建設は「今は救助に全力を挙げている。事故の原因は調査されることになっており、現段階では事故原因を断定するのは時期尚早」と言葉を濁しています。

メコン川は東南アジア最大の河川であり、流域に6000万人が暮らしています。毎年雨季(5~10月)に洪水が発生し、下流域では大規模な氾濫が起きます。だから「集中豪雨が続いたから」という言い訳は通じません。

安全や環境より優先された開発と外資導入

集中豪雨を想定した安全基準作りが不可欠なのに、ダムの強度が不足していたか、ダムの貯水量が少なく設計されていたようです。事業費用を抑えるためか、工期を短縮するためかは分かりません。しかし、安全や環境より開発と外資導入が優先され、今回の集中豪雨でラオスの「水力発電立国」計画はついに決壊してしまいました。

ラオス人民革命党の1党支配のため、受注のプロセスは厚いベールに覆われています。ラオスには中国やベトナム、タイの影響力を低下させるため、韓国資本を導入するメリットがありました。

メコン川流域の開発は内戦で遅れていました。1992年にアジア開発銀行(ADB)が大メコン圏地域経済協力の閣僚会議を主催してから、ダム、道路、鉄道といった大規模インフラ開発の中心的役割を担ってきました。

現在は中国の習近平国家主席の経済圏構想「一帯一路」が加わり、アジアインフラ投資銀行(AIIB)の資金援助が受けられるようになりました。ラオスの政府債務残高も対国内総生産(GDP)比で15年の65.8%から18年には70.3%に膨らむ見通しです。

問題はラオス政府とSK建設にとどまらず、成長期待から開発資金が流れ込み、インフラの乱開発が進むアジアの安全と環境をどのように守っていくかがこれから厳しく問われることになりそうです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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