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「外国人よりニホンザルが出没する」田舎から生まれたグローバル女性教師の挑戦「英語を使って世界を学ぶ」

木村正人在英国際ジャーナリスト
堀尾先生によるSkype交流授業の風景(堀尾先生提供)

35カ国語を話すロンドンの女性教師

[ロンドン発]「教師のノーベル賞」と呼ばれるグローバル・ティーチャー賞2018のトップ10がマイクロソフト共同創業者ビル・ゲイツ氏によって発表されました。イギリスの中でも多文化・多様化が進むロンドン・ブレント区にある中学校アルパートン・コミュニティー・スクールの女性教師アンドリア・ザフィラコウさんが最終選考の10人に残り、大きなニュースになりました。

アンドリア・ザフィラコウさん(バーキー財団の発表資料より)
アンドリア・ザフィラコウさん(バーキー財団の発表資料より)

ドバイを拠点とする教育起業家でバーキー財団のサニー・バーキー会長は、教師が医師と同じように尊敬されているのは中国だけで、多くの国では教師の社会的地位が随分、下がっていることに強いショックを受けました。教師の地位向上を図るため、2015年にグローバル・ティーチャー賞を創設。4回目の今回は173カ国から3万人以上がノミネートされました。3月に優勝者が発表され、賞金として100万ドルが贈られます。

ロンドンの中学校で芸術と織物を教えるアンドリア先生は、生徒たちが話す言語のうち35カ国語の基本的なフレーズをマスター。子供たちに合わせてカリキュラムをゼロから作り、他の教師とも協力しました。校内で使われる言語は実に130カ国に及ぶそうです。

1つの住宅を6世帯で共有するなど、貧しい家庭の子供たちが多く、自宅のトイレや食卓を机にして交代で勉強しています。音楽教師と協力してソマリア合唱団を作ったり、イスラム教の戒律に配慮して結成した女子クリケットチームが大会で優勝したりしました。アンドリア先生たちの熱意で地元との信頼関係が構築され、学習達成度も大きく向上しました。

滋賀県のグローバル・ティーチャー

日本からも2016年に工学院大学附属中学(東京・八王子市)の高橋一也先生が148カ国8,000人の中からトップ10に選ばれたことがあります。今回は「外国人より猿の方が多い環境」という滋賀県立米原高校の堀尾美央先生(32)がトップ50に残りました。堀尾先生は普通科英語コースの授業や部活の英会話サークルにSkypeを活用し、海外の学校との交流を実践しています。

堀尾美央先生(本人提供)
堀尾美央先生(本人提供)

堀尾先生にSkypeで連絡を取ってみました。

米原高校は母校で、堀尾先生は同校に英語コースができた時の最初の入学生でした。山岡憲史先生(現・立命館大学教授)が「英語は使うものだ」と討論などの実践に力を入れていました。堀尾先生は数学が大の苦手で欠点でしたが、英語は得意でした。英語のスピーチをしたいと担任の教師や山岡先生に申し出ると「見てやるから書いてこい」と励ましてくれたそうです。

神戸市外国語大学に進学。3年になった時、夜間学部から昼間に移って環境が一変したことをきっかけに自分に自信が持てなくなり、下宿先から外に出ることができなくなってしまいます。そんな時、母校で教育実習をすることになり、元担任の教師が堀尾先生を厳しく指導します。連日午前2時まで準備して実習する生活が2週間続きました。後輩の生徒に囲まれ、堀尾先生は自分を取り戻します。

「英語教師になろう」

「英語教師になろう」。堀尾先生は2009年4月に県内の他の高校に赴任し、5年後、米原高校に移りました。堀尾先生はSkypeを使って海外の子供や生徒たちと交流できないか、アイデアを膨らませていました。NPO(非営利組織)の協力でケニアの学校を紹介してもらい、Skypeを使った交流授業にチャレンジします。マイクロソフト・エデュケーションのSNSに登録するとベトナムやカタールから次々と交流授業の申し込みがありました。

最初はモジモジしていた生徒たち(堀尾先生提供)
最初はモジモジしていた生徒たち(堀尾先生提供)

堀尾先生の生徒たちは最初、何を聞いて良いのか分からず、モジモジしていました。Skypeの向こうの小学生が質問してくるのに刺激されて、生徒たちも次第に積極的になってきます。何も知らせずにイスラエルの学校と交流した時のことです。生徒たちはてっきり欧州の国と思い込んでいましたが、イスラエルと知ってびっくり。「危ない」「テロ」といった先入観や固定観念に縛られていたことに生徒たちは気づきます。

英語の教科書にボルネオ島ではパーム油を採るためアブラヤシのプランテーション(農園)が拡大して自然破壊が進み、オランウータンなど野生動物への影響が懸念されていると書かれていました。ボルネオ島の生徒たちにSkypeを通じて「パーム油の代わりにオリーブ油やサラダ油を使うことはできないの」と質問すると「高すぎて無理。プランテーション化をコントロールすることが大事」という答えが返ってきました。

堀尾先生のSkype交流授業は25カ国以上に(堀尾先生提供)
堀尾先生のSkype交流授業は25カ国以上に(堀尾先生提供)

上の写真はレバノンと交流した時のものです。「放課後に掃除をするのは本当か」と聞かれて、掃除風景を生中継すると、次の日、レバノンでも生徒たちが教室を掃除したそうです。

教育は誰にでも平等に与えられる

米原市の人口は約3万8,000人。外国人人口は16年末で486人です。Skype交流授業のきっかけは「外国人より猿の方が多い環境にいる生徒たちに海外の生徒とかかわる機会を増やしたい」という堀尾先生の熱意でした。

大学に進学したいのに将来どんな仕事をしたいのか分からない、英語を上手く話せるようになりたいのに世界のことはあまり知らない生徒たち――。これまでに25ヵ国以上との交流授業を行った堀尾先生はこう話します。

「Skypeを通じて、これまで気づかなかった可能性に気づくきっかけはいっぱいできたと思います。グローバルというと都会の学校というイメージですが、特別な予算がない地方の学校でも世界に興味を持っている生徒はいます。そういう子供たちにグローバルな機会が与えられないのは不公平です。教育は誰にでも平等に与えられるものだと思います」

「そこでSkypeを使った交流授業を始めたので、海外との接点がなく外国にも行かないしと言っていた地方の子供たちに世界との接点を作っています。こんな世界があるんだということや、言葉は違うけれども似ているなということに気づき、いろいろな可能性が広がっていると思っています。その先に都会と地方の格差も縮小できるのかなと考えています」

頑張れ、堀尾先生。筆者も10代にこんな熱血教師に出会えていたら、未来が大きく開けていたかもしれません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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