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東京五輪のテロ対策に必要な覚悟「射殺の判断は現場の警官」ロンドン警視庁トップに直撃

木村正人在英国際ジャーナリスト
ロンドン中心部の発砲騒ぎで出動した武装警官(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]今年4月、女性として初めてロンドン警視庁のトップ、警視総監に就任したクレシダ・ディック氏(56)が12月6日、外国人特派員向けに記者会見を開きました。ディック氏は2005年のロンドン同時テロで民間人を自爆テロリストと勘違いして誤射して死なせる事件を起こした際の「戦略指揮官」でした。

クレシダ・ディック・ロンドン警視総監(ロンドン警視庁提供)
クレシダ・ディック・ロンドン警視総監(ロンドン警視庁提供)

「最善を尽くしたが、無実の人を殺害してしまったことを後悔している」と現場の警官をかばい続け、今もテロ対策の最前線で陣頭指揮に立つディック氏に、20年の東京五輪・パラリンピックに向けたテロ対策と、テロリストを射殺しないと被害の拡大が防げない最悪事態への対応について尋ねてみました。

――東京は五輪・パラリンピックを開催します。テリーザ・メイ英首相が来日した際、安倍晋三首相と19年のラグビーワールドカップや20年の東京五輪・パラリンピックに向け、日本の警察庁と英内務省のパートナーシップを結ぶことで合意しました。

ロンドンでは05年には民間人誤射という不幸な事件がありました。それでもテロが起きると、ロンドン警視庁の警官がテロリストを射殺しています。射殺するか否かの判断は誰がしているのですか。また、射殺する判断の基準は何ですか。(筆者)

クレシダ・ディック警視総監「日本が五輪に備えるには、最悪の事態を含めて、すべてのシナリオを想定して対策を準備しなければなりません。想定外のケースにも備えておく必要があります。もちろんテロリストを殺害(kill)する、我々は『止める(stop)』と言う言葉を使っていますが、そうした事態も考えておかなければなりません」

「すべての事件から学んでは対策を見直しています。今年起きた4件のテロを検証した『アンダーソン・レビュー』には警察と対内情報機関の情報局保安部(MI5)に対する126もの勧告が書かれていますが、世界中のテロ対策担当者と話しても上手く対応しているのはイギリスだと評価されています。テロ対策ではイギリスが世界をリードしています」

「恐ろしい決断をしなければならない事態に備えて、我々は武装対応能力に多大な投資を行っています。特にパリやブリュッセルでテロが起きてからは武装対応能力を一段と向上させました。おそらくホテルや鉄道など複数の場所が4日間にわたってイスラム過激派グループに攻撃された08年のムンバイ同時多発テロをきっかけにテロ対策の戦術は大きく変わり始めました」

「武器を持たない街頭警官に、洗練された武装チームを加えました。十分な装備と武器を持ち、機動性を兼ね備え、戦略的に配置されています。テロ対策はそれぞれ小さなチームで構成され、規律があり、指揮系統がはっきりしています。あらゆる事態に対応できるようにしています。最後にテロリストを殺害するほかない時、武装警官は非常に落ち着いています」

「ウェストミンスター橋から議会に突入したテロリストは数秒でストップ(射殺)されました。ロンドン橋やバラ・マーケットで起きたテロでも犯人3人は通報から8分のうちにストップ(射殺)されました。これによって数十人から、おそらく数百人の命が救われたのは疑う余地がないでしょう」

「決断しなければならないのはテロに直面する現場の警官です。そして事態が終わったあと、決断した理由を説明し、武器使用が正当だという証拠を示さなければなりません。その決断について調査を受けることも現場の警官は承知しています。撃つか、撃たないかの判断は現場の警官に任されているのです」

ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、イギリスの警官は証拠を残すために小型のビデオカメラを着用しています。

01年の米中枢同時テロをきっかけにつくられたイギリス政府の対テロ戦略(CONTEST)は次の4点です。

(1)追及(Pursue) 捜索や捜査でテロを事前に防止

(2)防止(Prevent) イスラム過激派によるオンライン上のプロパガンダを削除したり、過激化の兆候が疑われる対象者に脱過激化プログラムを実施したりしてテロリストになるのを防ぐ

(3)防御(Protection) 国境管理や公共交通網の安全性、人が集まる場所の警備・警戒を強化

(4)備え(Prepare) テロのインパクトを最小化し、可能な限り早く回復

テロを未然に防ぐことができなかった場合は「備え(Prepare)」に基づいて被害を最小化しなければなりません。自動小銃や自爆ベストで武装した実行犯がテロを拡大できないように迅速に射殺するのが、いったんテロが起きてしまった場合の究極のテロ対策です。

・17年3月、ウェストミンスター橋を暴走、4人をはね殺した車を運転していた男がイギリス議会の敷地に入り込み、警官を刺殺。居合わせた国防相のボディガードが男を射殺。テロ発生から82秒という早業だった

・17年6月、ロンドン橋を暴走して通行人をはね飛ばしたバンの3人組がバラ・マーケットで観光客を刺し計8人を殺害。3人組は武装警官に射殺される

テロ対策を見直す責任者だったデービッド・アンダーソン弁護士による報告書「アンダーソン・レビュー」は今年起きた議会突入テロ、ロンドン橋暴走テロ、マンチェスター自爆テロなど4件を検証した結果、関与したテロリスト6人のうち3人が情報機関のレーダーにとらえられていたと指摘しています。

マンチェスター自爆テロではサルマン・アベディ容疑者に関する情報をMI5は事前に2度もつかみながら、テロとは無関係と判断していました。アベディ容疑者への評価を見直す会議の日程が設定されたものの、自爆テロが起きた9日後で、文字通り後の祭りでした。

報告書は「マンチェスター自爆テロは防げていたかもしれなかった」と結論付けました。記者会見で「テロが防げなかったのは警官の削減が原因か」と質問されたディック氏は「そうは考えていません」と全面否定し、「警察のリソースを何に配分するかは、頭を痛めながら常に十分に検討しています」と説明しました。

ロンドン警視庁のテロ対策ユニットは13年以降、首相官邸を爆破してメイ首相を暗殺しようというテロ計画を含む22件を未然に防いだそうです。

イギリスでは、イスラム過激派の自爆テロに対応するため、イスラエルとスリランカ警察の自爆テロ対策をお手本に、警告なしに射殺するという行動基準をつくったと言われています。

イギリスの街頭警官は銃を携帯しないことで有名ですが、都市機能を完全にマヒさせるムンバイ同時多発テロやパリ同時多発テロのような大型テロが発生した場合は強力な武器を積んだ武装パトカーと武装警官が現場に急行し、テロリストをためらわずに射殺するでしょう。軍隊も出動するはずです。

おそらく日本の警察庁も同じような行動基準を持っているとは思いますが、現場の警官1人ひとりにテロへの備えと覚悟が必要で、警察庁トップが現場を信頼して武器使用の判断を委ねる度量が求められています。と同時に大型テロが発生しても市民に動揺を与えないように警察の行動基準を十分に説明しておくべきでしょう。

事後に武器使用の是非を検証するプロセスの開示も不可欠です。東京五輪・パラリンピックでは日本の警官全員がテロ対策の最前線に立ちます。ディック氏からは現場への信頼と一体感を感じ取ることができました。テロ対策は最悪事態に出動する一部の特殊急襲部隊(SAT)の武装訓練をすればそれで済む話ではないのです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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