「国境なき医師団」空爆は氷山の一角 厳格な交戦規定に現場から反発も
「謝罪」の言葉なく
アフガニスタン北部の都市クンドゥズで国際的緊急医療団体「国境なき医師団(MSF)」の病院が米軍に爆撃され、少なくともスタッフや患者19人が死亡、37人が負傷した事件で、オバマ米大統領は3日、犠牲者の死を悼む声明を出し、国防総省が詳細な調査を開始したことを明らかにした。
これまでの報道では、反政府勢力タリバンの掃討作戦を展開していた米軍の地上部隊が劣勢に追い込まれ、「空飛ぶ要塞」と呼ばれる対地専用攻撃機AC-130の応援を要請。AC-130が病院の陰に隠れて攻撃していたタリバンを爆撃した可能性が出てきている。
「われわれは、この悲劇に状況について決定的な判断を下す前に国防総省による調査結果を待つつもりだ」「今後も引き続き、アフガン治安部隊を支援するため同国のガニ大統領と政府、駐アフガン国際部隊と緊密に協力していく」
オバマ大統領の声明には、犠牲になった国境なき医師団のスタッフや患者に対する追悼の言葉はあったものの、「謝罪」の2文字はなかった。
「集中治療室で患者6人が燃えていた」
爆撃された国境なき医師団の病院で看護師をしていたLajos Zoltan Jecsさんは当時の状況についてこう語っている。
「私は病院の安全室で眠っていました。午前2時ごろ、近くで起きた大きな爆発音に起こされました。この1週間、爆撃や爆発の音を聞いていましたが、遠くで聞こえるものでした。しかし、今回は違いました。近くで大きな音がしたのです」
「20~30分して、私の名前を呼ぶ声がしました。救急処置室の看護師の1人でした。腕に大きな外傷を負い、血まみれになっていました。痛み止めのモルヒネはありませんでしたが、安全室にあったあり合わせの医療品で応急措置を施しました」
「生存者を探すため、燃えているビルを見に行きました。言葉を失うほど恐ろしい光景でした。集中治療室のベッドの上で6人の患者が燃えていたのです。手術室では手術台の上で患者が死んでいました。まさに破壊の中心でした」
「これは狂気です。緊急手術を施して何とか助けようとした医師の1人は事務所の机の上で息を引き取りました。最善を尽くしましたが、十分ではありませんでした。昨夜、医薬品の在庫について話し合った薬剤師も亡くなりました」
「この数カ月、必死に働き、この1週間は休みなしでした。自宅にも帰れず、家族の顔を見ることもできず、爆撃や銃撃によって負傷した人々を助けるために病院で働き続けた同僚が死んだのです」
「私にはどうしてもこの事実を許すことができません。どのようにしてこういうことが起こり得るのか。この爆撃によって得られる利益は何なのか。病院や多くの命を奪っても何にもならないのに」
07年以降、アフガンの巻き添え死亡は2万2849人
戦闘の巻き添えで犠牲になるのは、女性、子供、お年寄りなどの弱者だ。今回、国境なき医師団の病院が米軍によって爆撃された事件は、氷山の一角に過ぎないのが現実だ。国連アフガン支援ミッション(UNAMA)が2007年以降、まとめた市民の犠牲者数を見てみよう。
それによると昨年が最悪で3699人が死亡。うちタリバンなど反政府勢力によって殺害されたのは2643人。政府軍(アフガン治安部隊)や駐アフガン国際部隊による犠牲者は622人だった。07年から今年前半までで実に計2万2849人が犠牲になっていた。上のグラフを見ると、タリバンなど反政府勢力による犠牲者が圧倒的に多いことが分かる。
犠牲になった際の攻撃や戦術の種類で分類したのが上の円グラフだ。項目ごとに統計を取り始めた時期が異なるので正確な比較はできないものの、手製爆弾(IED、09年以降)の巻き添えが最も多く6065人。次に多いのが標的殺害(08年以降)で3625人。無人航空機(ドローン、12~13年と15年前半)攻撃は88人だった。
14年12月に、北大西洋条約機構(NATO)が主導した国際治安支援部隊(ISAF)の任務が終了。アフガン治安部隊への権限移譲も完了した。今年1月から「訓練および支援」の任務が始まり、アフガンに残留する約1万3千人の国際部隊が原則として直接、戦闘には関わらない形で約35万人のアフガン治安部隊を支援していた。
しかし、ISAFの任務終了を見計らうように、タリバンだけでなく、過激派組織「イスラム国」もアフガン東部を拠点に勢力を広げてきた。こうした反政府勢力とアフガン治安部隊の戦闘が続いており、米軍の地上部隊が劣勢をはね返すためアフガン治安部隊を支援していた。
オバマ政権は1万人近いアフガン駐留米軍の撤退を遅らせるかどうか検討。アフガン駐留米軍のキャンベル司令官は16年以降も数千人の部隊を残す選択肢を描いているとされる。
厳格化された交戦規定に不満
米軍はアフガンだけでなく、イラクやシリアでも「イスラム国」の空爆を続けている。アフガンやパキスタンではタリバンを狙った空爆で巻き添え被害が相次いだため、反米感情が高まっている。米軍の攻撃を容認していると批判を浴びたアフガンのカルザイ初代大統領は民衆の支持を失ってしまった。
このためドローン攻撃や空爆の交戦規定(ROE)は厳格化され、現場の判断だけでなく上官の承認がなければ、爆撃できなくなってきた。湾岸戦争以降の1日の平均爆撃回数を比べてみる。
湾岸戦争 953回
コソボ空爆 135回
イラク戦争 800回
「イスラム国」空爆 14回
「イスラム国」は国家ではなく、攻撃目標が国家主体だった湾岸戦争やコソボ空爆、イラク戦争とでは事情は大きく異なる。国際テロ組織や過激派組織を攻撃する場合、市民の巻き添え被害を避けながら、指導者や幹部をいかに殺害するかがカギを握る。爆撃の「数」より「質」が勝負の分かれ目となる。
保守系の米フォックス・ニュースによると、75%のパイロットが上官の判断が遅れたため、爆撃せずに帰還している。目の前で「イスラム国」の攻撃により市民が死亡しているのに、手をこまぬいていなければならない。パイロットから「もっと現場を信用しろ」と不満の声が上がっているという。
米シンクタンク、外交評議会のMicah Zenko、Amelia Wolf両氏は「今回の爆撃は前もって計画されたものではなかった」と指摘している。米政府高官によると、米軍の地上部隊がタリバンと交戦状態となり、対地専用攻撃機AC-130の支援を要請した。
事前に計画された空爆の場合、交戦規定に基づき、付帯的損害(巻き添え被害)のリスクを算定しておく必要がある。しかし戦闘で劣勢に追い込まれた地上部隊の支援のため、AC-130は現場に急行、低い高度から攻撃を行ったと報じられている。緊急避難措置として爆撃が行われた場合、病院の存在を見落としていた可能性もある。
(おわり)