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【米中首脳会談】南シナ海に中国の滑走路が完成 すでに防空識別圏を運用?

木村正人在英国際ジャーナリスト
米中首脳会談。習主席を国賓として招いたオバマ大統領(ホワイトハウスHP)

国賓として訪米した習主席

オバマ米大統領と中国の習近平国家主席が25日、ホワイトハウスで会談し、知的財産権のサイバースパイ規制について相互理解に達した。米中両国は地球温暖化対策やイランの核問題で協力して成果を収めており、北朝鮮の核開発を止めることでも一致した。

しかし、中国が南シナ海の「海洋国土」化に邁進していることや米国へのサイバー攻撃を続けていることについては深刻な対立が改めて浮き彫りになった。サイバーセキュリティーの問題は狐と狸の化かし合いの側面があり、米国のサイバー能力が中国をはるかに凌駕している。

米連邦人事管理局(OPM)職員らの個人情報が盗まれた事件で中国の関与が疑われている。英国の対外情報機関MI6のナイジェル・インクスター元副長官によると、米国家安全保障局(NSA)は、中国のサイバースパイが米国のどの組織や企業のネットワークに侵入し、データをどこに持ち帰って保管しているかまでつかんでいるという。

オバマ政権はサイバースパイを犯罪として告発することで、サイバー空間での「越えてはならない一線」を明確にしようとしている。NSAはこれまで難しいとされてきたサイバー空間での追跡能力を獲得している。

知的財産権を侵害する産業スパイは刑事告発、通常のスパイ活動と同じレベルならある程度まで泳がせ、産業インフラや軍のネットワークへの時限マルウェア埋め込みは絶対に許さない。こうした仕分けを米中両国で主導する思惑をオバマ政権は描いている。

第三極の欧州でドイツの力が強まり、米国の思い通りにならないからだ。しかしサイバーセキュリティーの問題が即座に「ホット・ウォー(熱い戦争)」に発展するリスクは低い。米中問題の核心は、中国が「海洋国土」化を進める南シナ海だ。

ついに南シナ海の人工島に滑走路が完成

習主席は国賓として初めての訪米。改めて「新型の大国関係」を呼びかけたが、オバマ大統領は「米中は衝突を回避しなければならない」と返した。

習主席の「新型の大国関係」とは、「台湾」「新疆ウイグル」「チベット」「南シナ海」「東シナ海」といった中国の核心的利益に米国は口出しするなということだ。すべて中国の「国内問題」という位置づけだ。

国際軍事情報会社IHSジェーンによると、中国は南シナ海・南沙(スプラトリー)諸島にあるファイアリー・クロス礁で全長3125メートルの滑走路を完成させた。間もなく運用を開始できる。

下は9月20日にエアバス・ディフェンス&スペースが撮影した衛星写真だ。ヘリポートもあり、人工島の侵食を防ぐため防波堤も建設されている。

ファイアリー・クロス礁に完成した滑走路(IHSジェーン提供)
ファイアリー・クロス礁に完成した滑走路(IHSジェーン提供)

この滑走路の運用が開始されれば、ベトナムやフィリピンなど領有権問題を抱える中国の南沙諸島での哨戒能力が強化される。南沙諸島のスビ礁でも幅200~300メートル、長さ2千メートル以上の人工島が出来上がり、2つ目の滑走路をつくるとみられている。

今月15日、中国・山東半島から東へ約130キロメートル離れた黄海上空の国際空域で、中国軍のJH7戦闘機2機のうち1機が米軍の電子偵察機RC135の前を横切った。その距離は約150メートル。

昨年8月には、中国・海南島の南220キロメートルの国際空域で中国軍のSU27戦闘機が米軍の新型対潜哨戒機P8Aに約7メートルまで異常接近する事件が起きている。

中国は沖縄県・尖閣諸島を含む東シナ海上空に防空識別圏(ADIZ)を設置しているが、最近の異常接近をみると、黄海や南シナ海でも事実上のADIZを運用しているとの疑いを持たざるを得ない。東シナ海でADIZ設置を表明して国際的な非難を浴びたため、黄海や南シナ海では名を捨てて実を取る戦略なのかもしれない。

中国人民解放軍の孫建国副総参謀長は今年5月、シンガポールで開かれたアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)で、「南シナ海に中国がADIZを設置するか否かはわれわれの海洋安全保障が脅かされるか否かにかかっている」と語っている。

国際空域で独自の権益を主張する中国

昨年5月と6月には東シナ海の国際空域で、自衛隊機に中国軍戦闘機が30~50メートルの距離まで異常接近してきた。中国国防省は「自衛隊機が中国の防空識別圏に侵入し、中露合同演習に対し偵察・妨害を行った」と主張した。

中国軍戦闘機の異常接近は2001年4月、海南島沖約110キロメートルの国際空域で、米海軍EP-3と中国戦闘機が接触し、中国機が墜落、パイロットが行方不明となる海南島事件が有名だ。このときはブッシュ大統領(当時)が12回も江沢民国家主席(同)にホットラインで電話をかけた。13回目でようやくつながった。

いかなる国も国際海域の上空に「飛行禁止区域」を設定することはできない。しかし中国は国際海域や公海の上空に「飛行禁止区域」を設け、侵入する航空機については排除できると認識していることがうかがえる。

中国の潜水艦の基地となっている海南島周辺で米軍は軍事調査を活発化させており、中国はこうした米軍の活動に神経を尖らせている。

中国統計年鑑による「海域面積」は473万平方キロメートル。渤海7.7万平方キロメートル、黄海8万平方キロメートル、東シナ海77万平方キロメートル、南シナ海350万平方キロメートルの合計に等しい。第一列島線の内側ほぼ全域を含んだ面積になっている。

中国は排他的経済水域(EEZ)、大陸棚と上部海域を「海洋国土」として扱っている。中国が南シナ海の制空権と制海権を掌握すれば、島嶼(とうしょ)の実効支配に乗り出してくる。南シナ海の状況をおさらいしておこう。

(1)ファイアリークロス礁 274万平方メートル(埋め立て面積)

軍用機が離着陸できる滑走路が完成。ヘリポート2カ所。対空砲や対潜水兵の防御が以前から存在する。8カ所に大砲を設置できる。レーダー塔とみられる建物を建設中。軍のタンカーが停泊できる港湾施設の開発も進められている。

(2)スビ礁 395万平方メートル

1988年中国に占拠される。2014年7月から埋め立て開始。3千メートルの滑走路を建設できる広さ。砲兵隊200人を収容できる施設、ヘリポートあり。

(3)ミスチーフ礁 558万平方メートル

フィリピンの排他的経済水域(EEZ)内にある。中国は海軍の基地をつくるとみられている。

(4)ジョンソン礁 10万9千平方メートル

2014年初めまでは小さなコンクリートのプラットホームしかなかった。ヘリポート2カ所。レーダー塔とみられる建物2棟を建設中。兵器を設置できる塔が4カ所にある。ジョンソン南礁にも滑走路が建設されるという説がある。

(5)クアテロン礁 23万1100平方メートル

2014年夏に工事が進む。ヘリポート2カ所。5カ所に大砲やミサイルを設置可能。

(6)ガベン礁 13万6千平方メートル

2014年3月以降に工事開始。6万6402平方メートルの港湾施設。対空砲。海軍の大砲。8カ所に大砲を設置できる。ヘリポート2カ所。少なくとも03年から砲兵隊や守備隊が配備されている。

(7)ヒューズ礁 7万6千平方メートル

2014年夏から工事開始。防御塔4カ所。5カ所に大砲が設置できる。

中国の冒険主義に抑止力を

フィリピンも台湾もマレーシアも領有権争いにある島や岩礁に飛行場や滑走路を持っており、中国は「これに対抗する必要がある」と主張している。しかし埋め立て規模は中国の方が比べものにならないぐらい大きい。

海底資源の確保、中東の石油を輸送するシーレーンの防衛という以上に、中国は九段線で仕切った南シナ海の「海洋国土」化を図り、最終的に南シナ海から米軍を排除するのが目的だ。南シナ海の次は尖閣諸島のある東シナ海だ。

中国は少しずつ現状変更を重ね、既成事実化した上で踏み固める手法をとっている。「サラミソーセージ薄切り戦略」と呼ばれている。

スキを見せれば、どんどん中国の既成事実化が拡大するということだ。それを防ぐには、日米同盟を強化し、ベトナムやフィリピンと連携して、中国の冒険主義に対して抑止力を働かせることが肝要だ。

(おわり)

参考:海上自衛隊幹部学校運用教育研究部長、高橋孝途著『自衛隊機に対する中国軍戦闘機による異常接近-中国の空間認識』

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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