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【ギリシャ総選挙】懲りないチプラス首相が逃げ切り? 欧州の急進左派リーダーが応援に駆けつける

木村正人在英国際ジャーナリスト
20日に投開票が行われるギリシャ総選挙(筆者撮影)

スペインのポデモス党首も応援に

[アテネ発]ギリシャ総選挙は20日が投開票だ。与党の急進左派連合(SYRIZA)は18日夜、アテネのシンタグマ広場で選挙演説会を開き、チプラス首相(41)が「最大野党・新民主主義党(ND)は人々を抹殺しようとしている。急進左派連合はドイツのメルケル首相、ショイブレ財務相と戦い続ける」と気勢を上げた。

ギリシャのチプラス首相(18日、筆者撮影)
ギリシャのチプラス首相(18日、筆者撮影)

政権を奪取した1月の総選挙前に比べると、社会主義ユートピアの熱狂も幻想も覚め、支持者の熱気や歓喜は今一つ感じられなかった。欧州に反緊縮の運動を広げようと、スペインの左派新党ポデモスのイグレシアス党首ら欧州急進左派のリーダーが応援に駆けつけた。

ポデモスのイグレシアス党首(18日、筆者撮影)
ポデモスのイグレシアス党首(18日、筆者撮影)

「急進左派連合は反・新自由主義経済、反エリートの先頭に立っています。日曜日の総選挙でもう一度勝ちます。私たちはメルケル首相が主導する緊縮策に対するもう一つの選択肢です。欧州にさらなる民主主義を、新自由主義経済ではなく緊縮策からの自由を。欧州連合(EU)やメルケル首相は私たちを打ち砕こうとしています。英国では左派のコービン氏が労働党の党首になりました。私たちの主張は間違っていません」

英国の名門ケンブリッジ大学で政治科学を学ぶスペイン出身のイアゴ・モレノさん(16)はポデモスの旗を持って急進左派連合の応援にやって来た。しかしギリシャでは急進左派連合を支持していた若者たちが離反し、支持率は3月の最高51.5%から直近では約30%まで急落している。

急進左派連合の選挙演説会(18日、筆者撮影)
急進左派連合の選挙演説会(18日、筆者撮影)

大接戦の最終盤で逆転

出典:ギリシャ世論調査から筆者作成
出典:ギリシャ世論調査から筆者作成

新民主主義党とデッド・ヒートを繰り広げる急進左派連合はしかし、2.5ポイントと若干リードを取り戻したようだ。そのせいか、ステージ上のチプラス首相の表情は明るかった。議会第1党に与えられるボーナスの50議席を合わせると、新党ポタミや全ギリシャ社会主義運動(PASOK)と連立を組めば、政権維持も十分、視野に入ってきた。

チプラス首相は7月の国民投票でEUの緊縮策への反対票が6割を超えたにもかかわらず、さらに厳しい緊縮策を受け入れるという理解し難い行動に出た。「メルケル首相は欧州統合のシンボルであるユーロを崩壊させる不名誉を望んでいない。南欧のイタリアやスペインも反緊縮に賛成だ」と高を括っていたからだ。

しかし、ギリシャ離脱こそがユーロ圏に安定と成長をもたらすと信じるショイブレ財務相から「言うことを聞かなければ最低5年間の離脱」と最後通牒を突きつけられて、あっさりUターン。チプラス首相は「どうしてもユーロ圏に残りたい」とオランド仏大統領に泣きついた。

一段と厳しくなった反緊縮策を受け入れるギリシャ議会での法案採決では党内から造反が相次いだ。反緊縮のためならユーロ離脱も辞さないラファザニス前エネルギー相ら強硬派25人が新党を結成。ハードボイルドな風貌で注目を集めたバルファキス前財務相も「チプラスは降参しただけでなく、EUの手先になった」と切り捨てた。

連帯を強調する欧州の急進左派(18日、筆者撮影)
連帯を強調する欧州の急進左派(18日、筆者撮影)

しかしポデモスのイグレシアス党首ら欧州の急進左派が駆けつけたことで、チプラス首相に「正統左派」のお墨付きを与えた格好だ。

今も続く資本規制

女性建築家のマリア・パティナイキさん(35)は「チプラス首相は国民投票で反緊縮の支持を得て強い立場で最後の交渉に臨みましたが、強硬なドイツには通用しませんでした。さらに厳しい緊縮策を受け入れるしか道は残されていませんでした」とチプラス首相に同情的だ。

ギリシャ経済は債務危機で25%超も収縮。しかもチプラス首相の瀬戸際戦術のおかげでギリシャの金融システムは破綻寸前まで追い込まれ、今でも資本規制が敷かれている。1人につき1日に60ユーロしか銀行から引き出せず、海外にも送金できない。

債権者の国際通貨基金(IMF)は国内総生産(GDP)比で120%を超える政府債務は持続不可能と警鐘を鳴らす。しかし、ギリシャの政府債務は来年、200%を突破する見通しだ。6月の消費者物価指数は前年同月比2.2%の下落となった。ギリシャ経済は完全なデフレに陥っている。

新民主主義党のオヤジ党首

第3次ギリシャ支援策をめぐって、急進左派連合も新民主主義党も大枠で支持する考えを示している。新民主主義党のサマラス前首相とチプラス首相の違いは、チプラス首相は「数字」より「国民感情」に寄り添う姿勢に徹していることだ。EUが突きつける緊縮策の数値目標は演説では絶対に口にしない。

17日、アテネのオモニア広場で開かれた新民主主義党の選挙演説会の雑踏の中でサマラス氏と隣合わせた。「いったいギリシャはどこに向かっているのですか」と質問してみた。

筆者の質問に答えるサマラス前首相(17日、筆者撮影)
筆者の質問に答えるサマラス前首相(17日、筆者撮影)

経済学者のサマラス氏は手短に「われわれは選挙の結果を待っています。チプラス首相がギリシャ経済を悪くしたのは明白な事実です。ギリシャはユーロ圏にとどまり、欧州経済とともにあるのがベストなのです」と答えた。

野暮ったいメイマラキス新党首(17日、筆者撮影)
野暮ったいメイマラキス新党首(17日、筆者撮影)

スマートでエリート丸出しのサマラス氏に比べて、61歳のメイマラキス新党首は野暮ったくて、写真映えがまったくしない。「この総選挙での質問は明白だ。チプラスのウソで塗り固められた約束に耳を傾けるのか、それとも責任ある国家プランとともに前進するかだ」とメイマラキス党首は訴える。

しかし新民主主義党の支持者を見渡すと富裕層、実業家とひと目で分かる人が多く、53.7%に達した失業率に苦しむ若者層はまったくと言っていいほど見かけなかった。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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