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安保法制を否定するのは日本の海洋権益を放棄するのと同じだ

木村正人在英国際ジャーナリスト

強行採決は必至

衆院憲法審査会で今月4日、自民党など各党の推薦で参考人招致された憲法学者3人が集団的自衛権の限定的な行使を可能にする安全保障関連法案について「憲法違反」と宣告したことで、政治情勢は一気に厳しくなってきた。

それでなくても集団的自衛権の議論はややこしいのに、安全保障関連法案は輪をかけて分かりにくい。独断専行の傾向を強める安倍晋三首相、側近で固める国家安全保障会議(NSC)と、米国の過大要求を恐れる外務省、防衛省の思惑が一致しないことが問題をさらに複雑にしている。

安倍首相は14日夜、都内で維新の党最高顧問、橋下徹市長と会談した。今国会で成立を目指す安全保障関連法案の強行採決が避けられない情勢になる中、維新の党を巻き込んで世論の批判をかわす狙いがあるのは明らかだ。

先祖返りした民主党

「何でも反対」の旧社会党に先祖返りしたかのような民主党の体たらくを見て、橋下市長は「維新はイデオロギーにとらわれず、既得権に左右されず、現実的合理性を重視する。空理空論の夢物語りだけでは行政運営はできない。責任ある立場での現実的合理性を重視する。民主党とは決定的に違う」とツィート。責任野党を目指す方針を明確にしている。

おそらく安全保障関連法案は維新の党と自民・公明両党の協議を経て、紛糾する今国会で成立、安倍政権は支持率を下げるとともに、責任野党の立場を放棄した民主党に代わって維新の党が勢いづく可能性が強いのではないかと筆者は予想する。

最大の敗者は安倍首相ではなく、民主党だ。民主党の野田佳彦前首相は2009年の著書で「集団的自衛権は認めるべきだ」との考えを示し、野田政権時代の国家戦略会議フロンティア分科会(座長・大西隆東大教授)も「能動的な平和主義」を提唱した。

さらに「米国や価値観を共有する諸国と安全保障協力を深化し、ネットワーク化を目指す」「集団的自衛権に関する解釈など旧来の制度慣行の見直しなどを通じて、安全保障協力手段の拡充を図るべきだ」と強調している。安倍首相の「積極的平和主義」とどこがどう違うのか区別するのは難しい。

仮に民主党政権であっても、安全保障関連法案はいずれ必要になってくる。野田前首相も集団的自衛権の行使は容認すべきというのが持論だった。日米同盟の穴を埋めておかないと、台頭する中国の軍事的な脅威に対抗するのが難しくなっているからだ。

ユーフォリアに浸る?安倍首相

筆者は安全保障関連法案には賛成だが、新たな日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)で地球規模の日米一体化がうたわれたのには驚いた。東シナ海と南シナ海で手いっぱいと思っていたからだ。さらに安全保障関連法案では、いったい何ができて何ができないのか素人にはよく分からない。

米議会上下両院合同会議で行われた安倍首相の演説を聞いていると、日米安保を改定した祖父・岸信介首相(故人)と自らをダブらせた安倍首相のユーフォリア(幸福感)だけが強く漂ってくる。世論はこうしたことに強く反発している。

NSCの要で、安倍首相と同じ山口県出身の内閣官房副長官補・国家安全保障局次長、兼原信克氏の講演を聞いたことがあるが、唯我独尊という表現がピッタリくる人物だ。外務省の中でも異端とされる外交思想を持つ兼原氏が安倍首相の戦後70年談話をまとめるのだから、心配するなという方が無理な話だ。

「集団的自衛権が行使できる範囲を広げすぎると、米国の協力要請が日本の国益と一致しない場合、断る口実がなくなる」という外務省、防衛省の慎重派と、できるだけ広い範囲で集団的自衛権行使を容認しておきたい安倍首相、NSC側近グループの水面下の綱引きが国会審議を非常に分かりにくくしてしまっている。

そこで(1)安全保障関連法案が現行憲法と矛盾していないか(2)集団的自衛権の行使が限定的に認められる基準は何か(3)南シナ海、東シナ海で中国の圧力にどう対抗していくのか――という3点から問題を整理してみた。

安保法制は現行憲法と矛盾しない

集団的自衛権と現行憲法の関係について1972年の政府見解は次のように論理を組み立てている。

自衛権

「国際法上、国家は、いわゆる集団的自衛権、すなわち、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにかかわらず、実力をもって阻止することが正当化されるという地位を有している」「日本が国際法上、集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上、当然」

「現行憲法の前文が平和的生存権を、13条が生命、自由および幸福追求権を定めていることから、自国の平和と安全を維持しその存立をまっとうするために必要な自衛の措置をとることを禁じているとは到底、解されない」

参考:1959年12月、砂川事件最高裁大法廷判決「日本が、自国の平和と安全を維持し、その存立をまっとうするために必要な自衛のための措置をとりうることは国家固有の権能の行使として当然のことといわなければならない」

歯止め

「平和主義をその基本原則とする憲法が、自衛のための措置を無制限に認めているとは解されない」

「外国の武力攻撃によって国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置としてはじめて容認される」「自衛のための措置は、こうした事態を排除するためとられるべき必要最少限度の範囲にとどまるべき」(自衛権行使の3要件)

結論

「現行憲法下で武力行使が許されるのは、日本に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られる。従って、他国に加えられた武力攻撃を阻止する集団的自衛権の行使は、憲法上許されない

これまで憲法上許されないと否定してきた「集団的自衛権の行使」が認められる場合があるとして今回、憲法解釈を変える理由は何か。

目覚ましい経済成長を遂げた中国が軍事的にも台頭し、南シナ海や東シナ海で領有権や国際秩序を力づくで変更する意思をあからさまに示し始めたことが一番大きな理由である。さらに大量破壊兵器やサイバー攻撃のリスクなどが飛躍的に増し、日本と密接な関係がある他国に対する武力攻撃でも日本の存立が脅かされる事態が考えられるようになってきたためだ。

昨年7月の閣議決定はこうした事態に対応するため、「日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」場合を新たに自衛権行使の3要件に加えた。

新たに認められる集団的自衛権の行使は、国際法上認められる「他国を防衛するための武力行使」ではなく、日本の存立をまっとうし、国民を守るため、すなわち「日本を防衛するためのやむを得ない必要最小限度の自衛の措置」に限定されている。

自衛権行使の新3要件も、平和主義を原則とする現行憲法の枠内にとどまっているという論理構成になっている。日本の存立が脅かされ、国民の生命・自由・幸福が根底から覆される場合、集団的自衛権であっても自衛権の行使を憲法が禁じているとは考えられないからだ。

集団的自衛権の行使は自国防衛のために限られる

安全保障関連法案で現行の運用がどう変わるのかを次に見てみよう。事態が一番深刻で重大なのは武力攻撃事態への対処である。

日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態を「存立危機事態」として新設し、新3要件の下で「武力の行使」を可能にしている。

歯止めをかけるため「わが国が武力攻撃を受けた場合と同様に深刻、重大な被害」が生ずる場合に限定し、「他に適当な手段がない」ことを明文化。自衛隊に防衛出動を命ずる際は、現行規定と同様、原則国会の事前承認が必要になっている。

単純化して言えば、他国防衛のため(フルサイズ)の集団的自衛権は認められず、自国防衛のため(必要最小限)の集団的自衛権は認められるという仕分けになっている。

武力行使との一体化は回避

周辺事態への対処では、周辺事態安全確保法から「周辺」という言葉を削り、そのまま放置すればわが国に対する直接の武力攻撃に至る恐れのある事態、わが国の平和および安全に重要な影響を与える事態を「重要影響事態」と定めている。

「非戦闘地域」「戦闘地域」という区別をなくす一方で、自衛隊員の安全を確保するため、近くで戦闘行為が行われたり、予測されたりする場合、活動を一時休止、中断。戦闘行為が発生しないと見込まれる場所を「実施区域」に指定するという。

日米安保を中核とし、他国の武力行使との一体化は回避している。後方支援は主に水や油の補給が想定され、弾薬を含む武器の提供、戦闘作戦行動のために発進準備中の航空機に対する給油・整備は含まれない。

新法の国際平和支援法では、(1)国際社会の平和および安全を脅かす事態であって(2)その脅威を除去するために国際社会が国連憲章の目的に従い共同して対処する活動を行い、(3)わが国が国際社会の一員としてこれに主体的かつ積極的に寄与する必要がある場合を「国際平和共同対処事態」とし、国連決議や例外なき国会の事前承認などの縛りをかけている。

安全保障関連法案は多岐にわたっており、国民に分かりやすく説明するのが非常に難しい。存立危機事態についても「あらかじめ定型的、類型的に答えるのが困難」なことが議論を抽象化してしまっている。

何ができないのか

安全保障関連法案が成立しても何ができないか。安倍首相のこれまでの発言から見てみると――。

(1)海外派兵は禁止されている。

(2)アフガン戦争やイラク戦争、湾岸戦争、ベトナム戦争に自衛隊が参加することはない。

(3)他国の領土に戦闘行動を目的に自衛隊を上陸をさせて武力行使をさせることはない。領海や領空でそういう活動をする、派兵するということはない。

(4)米国とどこかの国が戦闘していて、助けてくれと言われても、そこに行くということはあり得ない。自衛権行使の新3要件に合致しない限り、あり得ない。

つまり自国防衛のために必要最小限の武力行使をすることはあっても、他国防衛のために戦闘行為に参加することはあり得ないということだ。

当面は南シナ海の警戒監視

当面の課題は、南シナ海や東シナ海、台湾海峡をめぐって中国と米国・日本の緊張が増し、軍事衝突に発展する事態を避けることだ。ベトナムやフィリピンとの領有権争いを力づくで片付けようとする中国の横暴を黙認すれば、中国は南シナ海に次々と不沈空母を完成させ、防空識別圏(ADIZ)を敷設する能力を身に付ける。

南シナ海で制空権と制海権を確立すれば、日本や米国の航海の自由や飛行の自由が制約される恐れが出てくる。中国が次に東シナ海に進出してくるのは必至だ。日本は日米同盟を基軸に、オーストラリアと協力し、ベトナムやフィリピンを支援して、中国に対する警戒監視網を構築するのが喫緊の課題である。

南シナ海の公海で海上自衛隊や米海軍の艦船が共同航行したり、合同演習を実施している時に、米艦船が第三国の攻撃を受けた場合、海上自衛隊は見て見ぬふりをするわけにはいかない。そんな事態に陥れば日本は信頼を失い、安全保障の根幹をなす日米同盟は崩壊してしまう。

中国は南シナ海に「九段線」を引き、そのほとんどを自らの領海だと主張している。「通行人」に過ぎない米国の航行を今のところ大目に見てやっているというが中国の立場だ。

2009年3月、南シナ海の公海上で、米海軍の音響測定艦インペッカブルが中国海軍の調査船5隻に照明を当てられたり、進路を妨害されたりする事件が起きている。この件に関し、中国は「自国管轄海域だ」と主張している。

中国の言い分を認めれば南シナ海は中国の領海であり、尖閣諸島も中国の領土に組み込まれる。東シナ海の排他的経済水域(EEZ)についても日中中間線ではなく、中国の大陸棚主張が通ることになる。さらに中国は、米軍や自衛隊が中国のEEZ内で軍事調査を行う場合、許可を強制してくるだろう。

自衛隊の活動は大きな制約を受け、日本船舶の航行に関する安全にコミットできなくなる。それを受け入れたくなかったら、米国やオーストラリア、フィリピン、ベトナムと協力して南シナ海の警戒監視を強化していくしかない。そうした国際情勢を無視して、安全保障関連法案を政争の具にするのは愚かというほかない。

フィリピンの叫びを聞け

フィリピンの日刊邦字紙まにら新聞の冨田すみれ子記者は次のように伝えている。

「117回目の独立記念日を迎えた12日、首都圏マカティ市の在比中国大使館領事部が入居するビルの前で、西フィリピン海(南シナ海)における中国の実効支配拡大に抗議する集会が開かれた。集まった左派系団体や政治家ら約千人は、比国旗やプラカードを手に『中国は出て行け』という怒りのシュプレヒコールを繰り返し、西フィリピン海の領有権を主張した」

国賓として来日したフィリピンのアキノ大統領は記者会見で次のように述べた。

「中国の人々に聞いてみたいのは、もしあなた方がフィリピンの立場だったとして、海岸線の西側(南シナ海)が奪われ、東側だけを維持することになったとしたら、『どうぞ』と言うだろうか。どの国も喜んでそうするとは思わない。私たちはフィリピンの主権も尊重されることを求めているのだ」

集団的自衛権の限定的行使容認に関する筆者のアンケートに1639件の回答が寄せられた。多謝。大手メディアの世論調査とは随分違う結果が出た。回答者は筆者の読者なのでサンプリングには偏りがあるが、参考までに掲載しておこう。

筆者作成
筆者作成
同

今度は安全保障関連法案に関するアンケートに答えてくださるとうれしいです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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