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南シナ海に「防空識別圏」 中国の副総参謀長が示唆

木村正人在英国際ジャーナリスト

「人工島は軍事ニーズ満たすため」

中国人民解放軍の孫建国副総参謀長は31日、シンガポールで開かれた英シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)主催のアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)で講演した。

米国のカーター米国防長官と日本の中谷元防衛相が強い懸念を示した南シナ海の南沙(英語名スプラトリー)諸島の埋め立てについて、孫副総参謀長は「軍事、防衛上のニーズを満たすため」と言い切った。

「中国の主権の範囲内であり、完全に道理にかなっており、合法だ。埋め立ては地域の利益になる」「人工島を造ることで中国は海難捜索・救助、災害支援、科学調査を含む国際的な公共サービスを提供できるようになる」

「南シナ海を問題として取り上げる理由はない」「(人工島は)他のいかなる国をターゲットにしたり、航海の自由に影響を与えたりするものではない」

孫副総参謀長はカーター長官が「中国は国際的な基準を踏み外している」と批判したことには触れず、中国の立場を擁護した。米国との対立がエスカレートするのを表面上は避けながらも、南シナ海での制空権争いに関しては一歩も譲らない構えを見せた。

「関係国は自国の利益に基づいて無責任な発言をしている。自国の利益を得るために地域の安全保障を人質にするのはやめた方が良い」「不和の種をまくのはやめるよう求めたい」

「中国は常に海洋安全保障についてより大きな利益を心にとめている」「中国による主権の主張は争う余地がなく、法律と歴史上の証拠に裏付けられている」「われわれは関係国が南シナ海で海の平和や友情、協調を築くよう同じ方向で協力することを望んでいる」

防空識別圏ちらつかした狙い

孫副総参謀長が東シナ海に続いて南シナ海にも防空識別圏(ADIZ)を設置する可能性を示唆したとき、会場が凍りついた。「南シナ海に中国が防空識別圏(ADIZ)を設置するか否かはわれわれの海洋安全保障が脅かされるか否かにかかっている」

5月、米海軍の哨戒機P8-Aポセイドンが、中国が滑走路を建設するファイアリークロス礁や、ミスチーフ礁の上空1万5千フィート(4572メートル)を飛行した。中国側は米哨戒機にすぐ離れるよう警告した。

南沙諸島での埋め立てが続行されるなら、米海軍は人工島の12カイリ以内に哨戒機や軍艦を派遣する方針だ。すでに南沙諸島の海域をパトロールしていた米海軍の最新鋭沿岸海域戦闘艦(LCS)が中国海軍のミサイル・フリゲート艦に追跡される「事件」が何度も起きている。

ADIZに関する孫副総参謀長の発言は、米海軍の警戒監視が続くなら中国は南シナ海にADIZを設置すると通告したとも読み取れる。

中国は沖縄・尖閣諸島の上空を含む東シナ海にADIZを設置した際、外国の民間航空会社にも飛行計画の提出を求めた。実際に南シナ海にADIZを設置すれば、中国のルールに従うか否か、関係国は「踏み絵」を踏まされることになる。

中国は、豊富な海底資源の確保、中東からの原油を輸送する海上交通路(シーレーン)の防衛という以上に、南シナ海の大半を一方的な九段線で区切り、排他的な「国土化」を進めていくのが狙いだと筆者はみる。

中国人民解放軍の関係者は南沙諸島の人工島にレーダーや滑走路、艦船を維持管理するドック、守備隊を配置することを示唆している。これまで主権が存在しなかった水面下の岩礁を埋め立て、主権を主張し、滑走路を作って制空権を確立するのが中国の手口だ。

制空権、制海権、そしてEEZ

制空権を取ったら、制海権を取ったも同じである。さらに排他的経済水域(EEZ)が発生する。沿岸から200カイリのEEZ内では沿岸国の経済開発主権が認められているが、軍事調査については何も書かれていない。

米国や英国などはEEZ内の軍事調査は航海の自由の一つとして正当化されると主張し、行動している。方や、中国は自国のEEZ内での軍事調査を認めていない。他国のEEZ内で中国は軍事調査を行っているにもかかわらずだ。

南シナ海に中国の「不沈空母」が次々とできると、中国はやがて南シナ海のほぼ全域で制空権を確立し、九段線内の「国土化」を完成させるだろう。今度はEEZ内での軍事調査を制限してくる。中国の核ミサイル原潜が自由に活動できるようになれば、米国の核の傘はほころびてしまう。

米国には、中国は最終的に米国との経済的な利益を失いたくないという読みがある。南沙諸島での滑走路建設についても、有事になれば即座に破壊できると高をくくってきた。

しかし囲碁で地を固めるように既成事実を積み上げる中国と、圧力にさらされる周辺諸国の対立は発火寸前まで過熱。南シナ海での米海軍の活動にも大きな制約が生じる恐れが増してきた。

新アメリカ安全保障センター (CNAS) アジア太平洋安全保障プログラムのパトリック・クローニン上級顧問兼専務理事は「中国の最近の行動は世界で最もダイナミックに変化する地域と米国の統合を制限しようとしていることを示唆している」と指摘する。

「中国がウィン・ウィンという時は、中国が2回勝つことを意味している」(クローニン氏)というわけだ。大陸国家・中国の論理は、海洋国家・米国、英国、日本が主張する航海の自由、飛行の自由とは相容れない。

しかも南シナ海は、エネルギーを中東の石油に依存する日本にとっては生命線とも言えるシーレーンだ。南シナ海に日本の国益は存在する。中国はその国益を損なおうとしている。南シナ海に日本はどんな形で関与していくのか、中谷防衛相の記者会見をまとめてみた。

【30日、日米防衛相会談を受けて】

――南シナ海の話で、日米でどのようなやりとりがあったのか

「基本的には、力を背景とした現状変更の試みに対しては、反対をすることで一致をした」

――米国側から日本に対して、警戒監視で具体的な、どのような協力の内容について、要請があったか

「米側からは、今日はそこまではなかった」

――カーター長官の演説では、南シナ海での警戒監視などを含め、自衛隊への期待を示されているが、それについて何か話がなかったか

「なかった。今日は」

【日米豪防衛相会談を受けて】

――南シナ海での中国の海洋進出の活発化を受けて、3カ国からそれぞれどういう立場の表明があったのか

「南シナ海における中国の大規模かつ急速な埋め立て活動に対しては、日米豪ともに、深刻な懸念を有している。この地域の海洋安全保障維持の観点から、引き続き、日米豪3カ国間で緊密に連携にしていくということで一致した」

「日米豪の3カ国の共同訓練、これも開催をしていくということで、今年7月の米豪共同・統合演習(タリスマン・セーバー)に陸上自衛隊部隊が初めて参加する予定であることに触れ、3カ国間での共同訓練の充実、さらなる訓練機会の拡大を模索をしていくということで一致した」

「南シナ海に関しても、周辺国などにおいて、能力構築支援分野での協力、そして、お互いの、日米豪の情報の共有など、こういった協力の進展に向けて連携をしていくということで認識を共有した」

――米国側から、日本の自衛隊に対して、南シナ海での役割への期待というのは、何か示されたか

「期待というか、日米でその前に話し合いをしているので、お互いに協力できることは協力しようという話だ」

――埋め立てがこの1年進んで、既成事実化されたものをこれ以上進めないために、元に戻すために、具体的な方策は

「これ以上進めていくと摩擦が大きくなって、地域の安定が崩れてしまう。外交的な努力で周辺国と協力をしていく。また、日米豪が安全保障面で緊密に連携をする。例えば訓練をしたり、また、お互いの協力関係を強化するというようなことをすれば抑制される部分が出るのではないか」

「誰しも軍事な対立とか衝突は望んでいない。3原則(注)で平和な解決をしなければならないし、力による現状の変更は許されないということを力強く中国に対してメッセージとして送っていく」

――米国は哨戒機を埋立地の真上を飛ばしたり、12カイリに船を入れるということも示唆しているが、日本は支持すべきか

「これは米国が活動として行っていること。わが国としては、これは米国の判断で行われることだというふうに認識している」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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