非正規雇用が最大の争点、と言っても日本の話ではありません【2015年英総選挙(8)】
英国の非正規雇用とは
英国で「ゼロ時間契約」と呼ばれるオンコール労働者をなくすか否かが5月の総選挙最大の争点になってきた。英国では世界金融危機後、使用者側が労働時間を保証しなくても労働者を雇用できる「ゼロ時間契約」が激増している。
日本の「非正規雇用」と良く似ていて、労働者は自分に合った労働形態を選ぶことができるというタテマエ。しかし、実際は不景気を乗り切るため人件費を削りたい使用者が「ゼロ時間契約」の労働者を調整弁として使っているのが実態だ。
「ゼロ時間契約」では使用者が必要な時だけ労働者を呼び出すことができる。最低賃金など労働法は適用されるが、病気休暇日数や有給休暇は原則認められていない。必要がなければ労働者には一切仕事は与えられない。使用者には非常に都合が良い仕組みだ。
日本では金融バブル崩壊後の不景気を乗り切るため「非正規雇用」を増やした。02年2月以降の「いざなぎ越え」と呼ばれる長期の景気回復の際も、「非正規雇用」を「正規雇用」に組み入れることは行われなかった。
日本企業が低賃金で労働者を雇える「非正規雇用」に味をしめたからだ。賃金を低く抑えることは近視眼的には良く見えるかもしれないが、中・長期的には国内の消費と内需を冷え込ませる。
「ゼロ時間契約」は180万人
景気回復が鮮明になり始めた英国も「ゼロ時間契約」をなくすのか、それとも企業の求めに応じて存続させるのか、大きな岐路に立たされている。それでは英国の「ゼロ時間契約」の現状を見ていこう。
英国家統計局(ONS)のデータからいくつかグラフを作ってみた。
青色の棒グラフが「ゼロ時間契約」を結んでいる人数、オレンジ色の折れ線グラフが全労働者に占める割合だ。04年に約10万8千人(全体の0.4%)まで下がっていたのに08年の世界金融危機後、激増。昨年10~12月には約69万7千人(同2.3%)にまで膨らんだ。
しかし労働者は自分が「ゼロ時間契約」を結んでいることに気づいていない人が多く、使用者側への調査では昨年8月時点で「ゼロ時間契約」は180万人に達していた。
年齢階層別にみると、やはり若者のゼロ時間契約が断トツで多い。
16~24歳が23万7千人(青色の棒グラフ)で同年齢労働者に占める割合は6.1%(オレンジ色の点)。性別ではやはり女性の方が多い。労働市場の柔軟性を高めると言えば聞こえは良いが、社会的に弱い立場の若者と女性を調整弁として使っているのが実態だ。
怖いのは「ゼロ時間契約」が常態化することだ。常態化すれば英国も「日本化」の道を進むリスクが大きくなる。
「ゼロ時間契約では生きていけない」
保守党のキャメロン首相と最大野党・労働党のミリバンド党首がそれぞれ別々に激辛プレゼンテーター、ジェレミー・パックスマン氏の質問を受けた第1回のテレビ討論。キャメロン首相が味噌をつけたのがフードバンクとゼロ時間契約だ。
キャメロン首相は任期中に66カ所から420カ所に増えたフードバンク(生活困窮者に食料品を無料で配布するボランティア施設)の数を答えられなかった。
さらに「私自身、他の場所で仕事をすることが許されないなら、『ゼロ時間契約』では生きていくことはできないだろう」と渋々、認めさせられてしまった。「ゼロ時間契約」を結べば原則、他の職場で働くことはできない。
「ゼロ時間契約」を3カ月で正規雇用に
これを突破口に、選挙戦で劣勢だったミリバンド党首が反撃に出た。これまで「ゼロ時間契約」が1年継続すれば正規雇用に切り替えるとしていた期限を12週間に短縮するというのだ。
欧州連合(EU)指令では12週間以上働いたパートタイマーにはEU域内では正規雇用者と同じような権利が認められている。しかし、労働規制が緩い英国では「ゼロ時間契約」が事実上の抜け道として使われるようになった。
保守党は「ゼロ時間契約」をなくせば労働市場を硬直化させ、結局は雇用を減らすことになると主張している。これに対して、ミリバンド党首は「労働党は家族を苦しめている『ゼロ時間契約』の流行を終わらせる」と真っ向から対立する。
正規雇用の労働者と同じように一定期間、働けば正規雇用に切り替える。「同一労働なら同一の雇用契約」というわけだ。
もっと働きたい
全労働者の週の平均労働時間は36.7時間。「ゼロ時間契約」の労働者は25.1時間、3人に1人(34%)はもっと働きたいと思っている。
「ゼロ時間契約」は次第に労働者の心と健康を蝕んでいく。若者はやがて自信と志を失っていく。そんな社会に果たして未来はあるだろうか。
非正規雇用は緊急避難としては許されても、景気回復が軌道に戻れば即座にやめるべきだ。それを拡大させ常態化させると、結局は「安かろう、悪かろう」の日本型下降スパイラルに陥ってしまう。
経済が企業や資本家の利益を最大化させるためにあるなら、政治は最大多数の最大幸福を実現するためにあるのではないか。キャメロン首相とミリバンド党首の戦いは政治の原点を問い直している。
(おわり)