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米英シギント同盟に衝撃 英審判所「米国の市民監視情報を共有するのは違法」と初判断

木村正人在英国際ジャーナリスト

UKUSA合意

英国のスパイ活動や通信傍受に対する訴えを調査する調査権限審判所は6日、米国家安全保障局(NSA)の情報を英政府通信本部(GCHQ)が共有していたことを違法とする初の命令を下した。

英政府通信本部 Copyright(C)GCHQ2014
英政府通信本部 Copyright(C)GCHQ2014

元米中央情報局(CIA)職員、エドワード・スノーデン容疑者は内部資料を持ち出し、NSAやGCHQが無制限に行っていた市民監視プログラムを告発。英紙ガーディアンなどが報道した。

米国と英国は第二次大戦後の1946年、「UKUSA合意」を結び、その後、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドが加わった。お互い相手国に対しスパイ活動を行わない代わりに情報を共有するという「スパイ同盟」だ。

英語圏5カ国の「ファイブ・アイズ同盟」と呼ばれる。このネットワークをもとに米国は世界中の通信、電磁波、信号などの情報を収集する監視システム「エシュロン」を構築。「UKUSA合意」の存在は2010年まで公式には認められていなかった。

英国民に周知されていなかった米国との情報共有

審判所は、これまで秘密裏に行われていた米国と英国の情報共有について、どの範囲まで共有されているのか英国民に周知されていなかったと指摘した。

自国民へのスパイ活動は令状なしではできないが、UKUSA合意の下、GCHQはNSAが収集した英国民の情報を共有していたことが判明。英国は米国経由で自国民の監視活動を無制限に行っていた疑いが浮上し、市民団体が審判所に訴えていた。

この日の命令で、審判所は「米国当局が保有する英国民や居住者の個人的な通信を英国当局が要求したり、受け取ったり、保存したり、送ったりするのは人権及び自由の保護のための条約(欧州人権条約)8条と10条に反している」と判断した。

審判所が情報活動の逸脱を指摘するのは2000年の設立以来初めて。欧州人権条約8条は「私生活及び家庭生活の尊重についての権利」を、10条は「表現の自由」を定めている。

審判所は00年調査権限規制法に基づき設立され、誰でも自らの通信や人権が秘密情報部(MI6)、保安局(MI5)、GCHQによって侵害された場合に訴えることができる。

調査権限とは(1)通信の傍受(2)通信データの取得(3)居住用敷地・私用車両への立入り監視(4)通信システム管理の過程における内密の監視(5)エージェント、密告者、諜報員など内密の人的情報源の使用(6)暗号化資料へのアクセスを指す。

裁かれたプリズム

スノーデン容疑者が持ちだしたファイルの中には、NSAと米連邦捜査局(FBI)がヤフーやグーグルなどの大手ネット企業9社から個人データを収集するプログラム「プリズム」のスライドが含まれていた。

07年9月以降、マイクロソフト、ヤフー、グーグル、フェイスブック、ユーチューブ、スカイプ、アップルなどの順で「プリズム」に組み込まれ、さまざまなデータを収集する仕組みが描かれていた。

NSAは「アップストリーム監視」と呼ばれる手法を使って、米大陸両側のサンフランシスコとニューヨーク沿岸で光ファイバーの海底ケーブルからデータを吸い上げていた。

審判所はプリズムやアップストリーム監視のプログラムが開始された07年から昨年12月にかけて、違法な状態が続いていたと指摘した。

NSAを凌駕するGCHQ

一方、英内務省の安全保障・テロ対策局長は審判所にGCHQの情報収集プロジェクト「テムポラ」について確認も否定もできないとする弁護側資料を提出している。

テムポラは北米から大西洋を通って英国、欧州へとつながる光ファイバーケーブルから情報を収集するプログラム。GCHQは200本以上の光ファイバーケーブルから盗聴し、毎日6億回の通話を処理できる能力を持つ。

1日に抜き取っていたデータは英国中の図書館の本をすべて合わせた情報量の192倍、21ペタバイト以上。通信や通話の中身は3日間、メタデータは30日間保存され、NSA職員も自由にアクセスできた。

資料の中で、GCHQは「ファイブ・アイズの中で英国のインターネット接続量は最大」「GCHQが収集しているメタデータ量はNSAを凌駕する」と強調していた。

この日の命令について、GCHQの報道官は筆者の取材に「調査権限審判所は情報共有の歴史的な法的枠組みの小さな一部について政府の主張を退けたに過ぎない」と話した。

その上で「GCHQの性質上、活動の秘密は保たれなければならない。私たちの活動とそれを支える法律と政策の強固な枠組みについて国民の理解を深めるため、政府と協力している。これからも周知徹底を図る」と説明した。

スパイの反論

08年から昨年10月までGCHQ長官を務めたロバン氏は退任スピーチでこう語っている。

今日、世界中で行われているすべての通信、電子メール、テキスト、画像のうち、ほんの少しのパーセントが私たちのセンサーにとらえられている

昨秋に退任したGCHQのロバン長官(当時)Copyright(C)GCHQ
昨秋に退任したGCHQのロバン長官(当時)Copyright(C)GCHQ

「われわれの努力が取り消され、敵を有利にし、われわれの尊厳に疑念が唱えられるとき、われわれはフラストレーションを感じるかもしれない」

「しかし、報道の自由にフラストレーションを感じているわけではない。われわれは報道の自由がある社会を守るためにきっちり自分たちの務めを果たす

国民の安全を守ってきたスパイの自負がにじむ。がしかし、今回の審判所命令で英国の情報活動は大きな制約を受ける。「ファイブ・アイズ同盟」への影響も避けられない。

さて、日本は

日本ではイスラム過激派組織「イスラム国」にフリージャーナリストの後藤健二さんと、湯川遥奈さんが殺害され、テロ対策の強化が迫られている。

日本には英国のMI6、MI5、GCHQに匹敵する強力な情報機関は存在しない。プライバシー保護か、国民の安全かを議論する前に、情報収集の枠組みをどう構築するかを考えなければなるまい。

(おわり)

参考図書:「見えない世界戦争:『サイバー戦』最新報告」(新潮新書)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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