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格差の解消なくして成長なし 米中間選挙オバマ敗北から学ぶこと

木村正人在英国際ジャーナリスト

最大の敗因は格差

米国で実施された中間選挙の結果、野党・共和党は上下両院ともに過半数を獲得し、オバマ大統領の民主党は惨敗を喫した。任期2年を残しているが、オバマ大統領はレームダック(死に体)だ。

オバマ大統領の2期目の折り返し地点でもある中間選挙の争点は、外交と格差。

オバマ外交は、シリア内戦への介入をためらい、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」の台頭を招いてしまった。膨大な犠牲を払って達成したイラクの民主化まで揺らぎ、結局は「イスラム国」空爆を余儀なくされた。

エボラ出血熱についても人国禁止・強制隔離か、人権かをめぐる、どっちつかずの対応が批判された。

しかし、最大の敗因は何と言っても格差だ。オバマケア(医療保険改革法)の旗を振り、医療の平等を実現しようとしたオバマ大統領だが、世界金融危機後の量的緩和で格差拡大を加速させ、支持層の離反を招いた。

これが命取りになった。

日本では日銀の「黒田バズーカ2」で円安・株高に沸くが、実質賃金の低下や格差拡大の問題に安倍政権が真剣に取り組まなければ、オバマ大統領と同じ轍を踏むことになる。

米国の格差は過去100年で最高水準

米連邦準備理事会(FRB)のイエレン議長は先月中旬、ボストンでの講演で、米国における格差拡大に重大な懸念を示している。

「ここ数十年の間に格差の拡大は19世紀以来最大となっている。いくつかの推定では、所得と富の格差は過去100年で最高水準に近づいている」

イエレン議長は講演でFRBの6千世帯調査によるデータを次々と示している。

トップ5%世帯の平均所得は1989年から2013年にかけて38%も増えたのに、残り95%世帯では10%未満の伸びにとどまった。

トップ5%世帯の所得が増えているのに残り95%はほぼ横ばい(FRBのHPより)
トップ5%世帯の所得が増えているのに残り95%はほぼ横ばい(FRBのHPより)

資産トップ5%世帯は1989年には54%の富を独占していたが、2010年には61%まで上昇、13年にはさらに63%に上がった。平均資産は1989年の360万ドルから2013年には680万ドルに膨れ上がっている。

これに対して資産ボトム50%世帯(6200万世帯)は1989年には富の3%、2013年には1%を保有。資産の平均はその間に50%も下がり、1万1千ドル。ボトム50%の4分の1は資産ゼロか、借金を抱えているという。

こうした世帯でも以前は、資産は順調に増えていたが、2008年の世界金融危機で急激に減少に転じたという。

しかし、朗報もある。過去2年間にわたる住宅価格の回復が資産ボトム50%世帯の富を回復させているというのだ。

日銀のバランスシートはGDPの70%に

中央銀行の量的緩和は「資産長者、所得貧乏(capital rich, income poor)」の傾向を加速させる。FRBの量的緩和のおかげで、米株価は史上最高値を更新。失業率は2009年10月の10%から14年9月には5.9%まで低下した。

しかし、平均時給は08年12月の21.98ドルから14年9月の24.53ドルに上昇しただけ。マネタリーベース(資金供給量)を2.4倍も増やしたのに平均時給は11.6%の伸びにとどまった。

「黒田バスーカ2」で12年末には138兆円だったマネタリーベースは15年末には350兆円と2.5倍に膨れ上がる。国内総生産(GDP)の7割という未知の領域に突入するわけだ。

ちなみにこれがどれだけすごいかと言えば、日清・日露戦争当時でも日銀はバランスシートをGDPで27~28%程度までしか膨らませていない。普通は日銀が国債を購入してバランスシートを膨らませると財政規律が緩むと言われるが、日本の場合、すでに財政規律はなきに等しい。

経常収支の黒字だけが日本経済の頼みの綱だったが、それも「黒田バズーカ2」で風前の灯火になっている。

15カ月連続で下がる実質賃金

日本では名目賃金は上昇しても実質賃金は下がり続けている。厚生労働省が5日発表した速報によると、9月の現金給与総額は前年比0.8%増の26万6595円となり、7カ月連続で増加したが、物価の変動を考慮した実質賃金は前年比2.9%減と15カ月連続でマイナスとなった。

(筆者作成)
(筆者作成)

アベノミクス礼賛派は円安や株高、失業率低下という成果だけを強調し、懐疑派はもはや出口を失った黒田バズーカ2の副作用や実質賃金の低下をやり玉に上げる。しかし、一番大切なのは成長の原動力となる構造改革だ。

教育こそ最高の格差対策

イエレン議長は講演の中で、いくつかの格差対策を挙げている。

社会格差が教育格差を固定化させないように、教育への早期介入の必要性を説いている。子供の心と頭が柔軟なうちに教育の「機会の平等」を実現することが重要だ。

さらに大学教育の強化。教育の「入り口」と「出口」に資金投入してイノベーションを可能にする人材を育てる。成長の原動力になるのは橋や道路、鉄道、空港といったインフラではなく、ヒトである。

さらにイエレン議長は起業のための環境整備を促している。

日本がFRBの量的緩和とオバマ大統領の敗北から学ぶことがあるとしたら、「黒田バズーカ2」は安倍政権が未来のための構造改革を進めてこそ初めて存在意義を持つということだ。

日本の若者たちが未来に希望を抱いて家庭を持ち、次の世代を育てる。そして教育の「入り口」と「出口」に公共投資を集中して起業しやすいビジネス環境を整える。

安倍首相はそろそろ首相官邸に株価チャートを掲げる愚かさを自覚して、実質賃金、貧困率、結婚数、出生数といった生活指数を重んじる政治に転換しなければならない。

資本主義がもたらす行き過ぎた格差は機会の平等を損ねる恐れがある。努力と技術、運に基づかない固定化された格差は成長を妨げる。格差の解消なくして成長なしである。

FRBの量的緩和に加えて、シェールガス革命とシリコンバレーの驚異的なイノベーションという追い風を受けたオバマ大統領でさえ、格差の前に沈んだ。安倍首相はオバマ大統領の陥穽を他山の石として、中長期的な構造改革にしっかり取り組んでほしい。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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