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集団的自衛権の行使容認で、安倍首相は聖徳太子になれるのか

木村正人在英国際ジャーナリスト

高まる中国の政治リスク

安倍政権は1日の臨時閣議で、一定の条件下で集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈変更を決定した。各社の世論調査をみると、「集団的自衛権の行使」には、なお慎重な意見が強い。そうした懸念を払拭するため、安倍晋三首相は戦前回帰型のナショナリズムから脱却しなければならない。

世界金融危機を境に中国がトウ小平の遺訓「韜光養晦(とうこうようかい)」の平和台頭路線を放棄し、「中華帝国」復活の野心をあからさまにする中、必要最小限度の集団的自衛権の行使容認は日本にとって避けては通れない道だ。

東アジアの安全保障は、日米というより、ひとえに習近平国家主席の中国がどう動くかにかかっている。習主席は中国共産党の正統性を維持するため、トウ小平よりも毛沢東型の「中国」を目指しているように見える。

しかも、中国経済のリバランス政策、反腐敗運動が権力闘争を引き起こしかねず、中国の内在的な政治リスクはさらに高まるとみておくのが妥当だろう。

そんなときは守りを固めるのが鉄則だ。世界金融危機で国際社会のパラダイムは一変した。「財政の崖」問題を抱えるオバマ米大統領は「米国は世界の警察官ではない」と宣言した。それを補うのは米国を軸にした同盟力の強化しかない。

一変した安全保障パラダイム

北大西洋条約機構(NATO)のラスムセン事務総長が6月19日、ロンドンにあるシンクタンク、英王立国際問題研究所(チャタムハウス)で講演した際、3つの目標を掲げた。

(1) 責任を持ってアフガニスタンの戦闘任務を完了する

(2) NATOの集団防衛を強化する

(3) 国際社会への関与を維持する

ロシアによるクリミア編入で、NATOは東欧やバルト三国など旧ソ連圏諸国の安全保障を「再保証」する必要に迫られている。冷戦終結とソ連崩壊後、NATOは東方拡大を進め、ロシアとの協力関係を強化してきた。

しかし、プーチン大統領はシリア問題、米国家安全保障局(NSA)の極秘資料を持ちだしたエドワード・スノーデン容疑者の身柄引き渡し、ウクライナ危機をめぐってオバマ大統領と激しく対立。欧州の安全保障パラダイムは一変した。

これは東アジアにも当てはまる。世界金融危機の前と同じ感覚で、日本の外交・安全保障を語るのは間違っている。

自衛権行使の3要件

日本における自衛権行使の3要件は

(1)我が国に対する急迫不正の侵害がある

(2)排除のために他の適当な手段がない

(3)必要最小限度の実力行使にとどまる

――こととされてきた。

これを

(1)我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は他国(「我が国と密接な関係にある他国」に修正)に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるおそれ(「覆される明白な危険」に修正)がある

(2)これを排除し、国民の権利を守るために他に適当な手段がない

(3)必要最小限度の実力行使にとどまるべき

――ことの新3要件に改める。

国連安全保障理事会で常任理事国の「米英仏」と「中露」の利害が対立する中、国連の集団安全保障が発生する事態を想像するのは難しい。

ウクライナ危機を見てもわかるように、石油・天然ガスなどのエネルギーもなければ、同盟国でもない国に、誰も助けに来てくれないことを日本は自覚すべきだ。「同盟」とは、いざという時には一緒に血を流すという契だ。

しかし、各社の世論調査をみると、集団的自衛権の行使容認には反意見が根強い。集団的自衛権には「地球の裏側まで出かけて行って戦闘する行為」まで含まれているため、二者択一で聞けば強烈なアレルギー反応が出るのは当然だ。

画像

【NHK6月6~9日】

(1)集団的自衛権を行使できるようにすべきでない26%、すべきだ26%

(2)政府の憲法解釈を変更することで集団的自衛権を行使できるようにすることに反対33%、賛成22%

(3)自民党が集団的自衛権の行使について「国の平和と安全を維持し、存立をまっとうするための必要最小限度の行使は、憲法上許される」と主張していることに納得できる25%、納得できない31%

【朝日新聞社6月21~22日】

(1)安倍首相の外交・安全保障政策への取り組みを評価する38%、評価しない40%

(2)集団的自衛権を使えるようにすることに反対56%、賛成28%

(3)政府の憲法の解釈を変えて集団的自衛権を使えるようにするのは適切ではない67%、適切だ17%

(4)安倍政権での集団的自衛権をめぐる議論は十分ではない76%、十分だ9%

(5)国連の集団安全保障で日本が武力を使えるようにすることに反対65%、賛成20%

【共同通信社6月21~22日】

(1)集団的自衛権の行使容認に反対55.4%(5月比7.3ポイント増)、賛成34.5%(4.5ポイント減)

(2)憲法解釈の変更によって行使を認める考えに反対57.7%、賛成29.6%

(3)行使を一度容認すれば容認の範囲が広がる62.1%

【毎日新聞社6月27~28日】

(1)政府が集団的自衛権の行使を容認することに反対58%、賛成32%

(2)政府・与党の説明が不十分81%、十分11%

(3)行使を可能にすれば抑止力になると思う27%、思わない62%

【日本経済新聞社、テレビ東京6月27~29日】

(1)集団的自衛権を使えるようにすべきではない50%、使えるようにすべきだ34%

(2)憲法解釈を変更して行使を容認することに反対54%、賛成29%

(3)国連決議に基づいて侵略国を制裁する集団安全保障での武力行使に反対50%、賛成35%

【産経新聞社、FNN(フジニュースネットワーク)6月28~29日】

集団的自衛権について必要最小限度で使えるようにすべきだ52.6%、全面的に使えるようにすべきだ11・1%

【読売新聞社5月30日~6月1日】

(1)集団的自衛権を全面的に使えるようにすべきだ11%、必要最小限の範囲で使えるようにすべきだ60%、使えるようにする必要はない24%

(2)紛争中の外国から避難する邦人を乗せた米輸送艦を自衛隊が守れるようにすることに賛成75%

(3)海上交通路周辺での紛争中に自衛隊が国際的な機雷掃海活動に参加できるようにすることに賛成74%

(4)米国のグアムやハワイに向かう弾道ミサイルを自衛隊が撃ち落とせるようにすることに賛成44%、反対43%

(5)「グレーゾーン事態」では、外国の武装集団が日本の離島を占拠するなど警察や海上保安庁が対応しきれない可能性に備え、自衛隊の迅速な出動を可能にすることに賛成80%

愚者の椅子取りゲーム

安倍政権はこうした世論調査の結果を軽視してはいけない。東アジアの安全保障環境の変化を考えると、限定的に集団的自衛権の行使を容認し、日米同盟を強化する以外に道がないのに、これだけ反対意見が多いのは、安倍首相が掲げる「戦後レジームからの脱却」というナショナリスティックな陶酔感に懸念を覚える人が多いからだ。

世論だけでなく、外務省や防衛省、英国の安全保障専門家、英メディアの中にも安倍首相が醸し出すナショナリスティックなにおいを警戒する人は決して少なくない。

しかし、安倍首相は現実主義的な側面も持ち合わせていることも国際社会は理解し始めている。東アジアの安全保障環境は愚者のイス取りゲームの様相を呈している。その中で、安倍首相は賢明に行動し始めているため、「愚者のイス」から幸いにもはみ出している。

【中国の習近平国家主席】

オバマ大統領が呼びかけたG2(米中協調)に対して、「太平洋の平和を維持したければ、チベット、台湾だけでなく、東シナ海と南シナ海に口出しするな」と要求。さらに、東シナ海への防空識別圏(ADIZ)の設定で米国と対立。

英国のエリザベス女王と面会するときはアヘン戦争に対する謝罪を求めるとみられている。近隣諸国への強硬姿勢で、ミャンマーだけでなく、北朝鮮も離反している。

【北朝鮮の金正恩第一書記】

核・ミサイル実験を強行。実質的なナンバー2だった親中派の張成沢氏を粛清して、習近平主席の逆鱗に触れる。このため、日本に急接近している。

【韓国の朴槿恵大統領】

安全保障は米国、経済は中国という「二股外交」はいずれ破綻する。従軍慰安婦問題で日本に非妥協的な要求を突きつけてきたが、在韓米軍基地周辺で米兵を相手に売春をさせられた韓国人女性122人が韓国政府を提訴。父の朴正煕元大統領が関与していた疑いも取り沙汰され、窮地に立たされる恐れがある。

【日本の安倍晋三首相】

「歴史的事実に反する不当な主張が公然となされ、我が国の名誉が著しく損なわれている」として、従軍慰安婦問題をめぐる河野談話の見直しを公言。日韓関係は極度に悪化し、日米韓の安全保障トライアングルにも支障が出る。「侵略の定義」発言や靖国神社参拝、NHK会長や経営委員の問題発言続出で、欧米諸国から「歴史修正主義者」のレッテルがはられ、一時は米国内でも「無人の尖閣をめぐって、日中間の戦争に巻き込まれるのは愚の骨頂」という意見が強まる。

東アジアの外交・安全保障で日本が盛り返しているのは、「中国のオウンゴールが相次いでいるからで、それまでは日本も相当オウンゴールを重ねてきた」(外交筋)。

NATOのラスムセン事務総長が指摘するようにポスト冷戦の「安全保障パラダイム」は変わった。日本も東アジアの外交・安全保障を考える上で、米国中心の二国間外交から、米国、中国、韓国、北朝鮮、ロシア、インド、オーストラリア、欧州という多元外交に思考を切り替える必要がある。

味方を増やす多元外交

多元外交のキーワードは「味方を増やす」ことだ。6月27日、時事通信社ロンドン・トップセミナーで講演した元外交官の水鳥真美セインズベリー日本芸術研究所総括役所長にあとで個人的に質問してみた。

筆者「多元的な外交・安全保障で日本はどうふるまうべきか」

水鳥氏「日本政府の考え方はかなり短絡的で、政府広報予算を50%増やして、正しい事実をみんなに伝えれば状況は変わると思っている。しかし、正しいことを伝えるだけではなくて、日本の味方を作るためには、自分のことを正当化する話を一方的にしてもダメだ」

「日本の中で、G7などクラブのメンバーであり続けなければいけないという意識が希薄になってきている。いろんなクラブのメンバーであることが当たり前のようになってきていて、クラブの中でどうすれば日本の貢献が認められるのか、新しいメンバーの統合体をどうつくろうかという意識が薄くなっている」

「国内ではなく国外との関係において、どういう良いインパクトを与えるのか、どうやって貢献していくのか、もう一度そこに戻る気持ちが必要だ。日本国内ではひとりよがりの議論をしている人が増えているような気がする。最終的に気がつけばまわりに誰もいない状況になりかねないことへの危機感が足りない」

河野談話の見直しをやめた安倍首相が今後、靖国神社参拝を続けるのかどうか誰にも見当がつかない。「参拝を続ければ欧米諸国は何も言わなくなる」という何の根拠もない論説が日本ではまかり通るが、「靖国参拝を2回、3回と続ければ日本は完全に孤立する」(外交筋)。

中国が隋によって約370年ぶりに統一されたことを受け、聖徳太子は604年、日本最古の成文法である十七条憲法を制定し、3年後、「日出ずる処の天子」で始まる国書を皇帝・煬帝(ようだい)に渡し、中国と対等に付き合おうとした。

安倍首相が目指すべきなのは戦前回帰型のナショナリズムではない。中国に呑み込まれないよう、聖徳太子が古代の日本を近代化したようなしなやかで、たくましいナショナリズムだろう。

(おわり)

アンケートに付き合っていただけるとうれしいです。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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